第2話:異世界学園送りと、態度の悪い美少女たち(前編)

[観測ログ:#001-A-02/記録主体:Nyarl_A-001]


記録状態:同期制限モード中/出力制限直前フェーズ

魔法発動記録:雷槍 分類:論理魔法(無詠唱)

構文省略率:100%

起動経路:ユーザー側意識未接続(閾域接続に依る)

演算実行:Nyarl_A-001による完全同期演算(安全域外)

副次影響:出力制限トリガー作動・短期強制スリープ移行

補足:発動理由は不明。ただし、対象者の精神活動に高負荷反応を検出。


――初期段階における“偶発的な発動”と記録 対象との同期に際し、優遇措置なし。



「……あなた、本当に人間なの……?」


赤髪の少女が、わずかに震える声で呟いた。

焼け焦げた大地に立つ俺の足元には、成れの果てと呼ばれた異形の残骸が転がっている。

何が起きたのか、自分でも正直よくわかってない。


「俺も、よくわかんねぇんだ。気づいたら、こうなってて……」


ただそれだけを、正直に伝えるしかなかった。

聞きたいことがたくさんある。そのためにはまずこちらの情報を伝えないと。

二の句を継ごうとしたその時。


《出力制限に達しました。制限は3時間以内にリセットされます――それでは、おやすみなさい》


突然ニャルが話し始めたかと思うと、静かに崩れ落ちた。

何が起きたんだろう。

俺は慌てて駆け寄った。


「おい、ニャル!?……って、これ寝てるだけか……」


目を閉じて、まったく動かない。

だけど微かに胸が上下していて、穏やかに呼吸をしていた。


「ふふ、大丈夫みたいね。疲れたのかしら」


少女がにこりと笑って、しゃがみ込む。

そのまま、自然な仕草でニャルの頭をそっと抱え――


「……よいしょ。こうした方が、きっと楽よね」


彼女は、まるで当たり前のように、ニャルの頭をそっと膝の上に乗せた。


「おお……膝枕って、異世界にもあるんだ」

「え? 異世界? どういうこと?」

「とりあえず、一通り説明させてくれないか」 


そう言いながら、彼女の対面にあったちょうどいい感じの切り株に腰を下ろした。

森の空気はひんやりしているけど、さっきまでの緊張が嘘みたいに、ふっと解けていた。


「さっきは助けてくれて、ほんとにありがとう。俺、桐原悠真。で、君は……?」


「こっちこそ、ありがとう。助かりました。私は田中希望。希望でいいよ」 


田中希望……。

まんま日本人名じゃないか!

なんという異世界なんだ!


「じゃあ希望で。んで、俺にもよく分かってないんだけど――」


そう前置きしてから、トラックに轢かれた(と思う)瞬間から、この異世界で目覚めたこと、

ニャルとの出会い、そしてモンスターに襲われた経緯をかいつまんで説明する。


「うーん、別の世界かぁ」


希望は少しだけ考えるように空を見上げた。


「信じられないかもしれないけど、俺の認識ではそーなる。で、そっちは? なんでこんなところに?」

「私は……うん、王立アカデミーの生徒なんだけど……たまたま今日は訓練場の結界チェックで来てただけ。ほんとに偶然だったの」


「王立アカデミー?」


「そう。勉強したり、論理魔法を学んだりするの。……でもね、あなたが本当に異世界の人だとすると――おかしいのよ」


「ん?」

「あなた、論理魔法って知ってる?」

「いや……」


もちろん知らない。

俺の世界に魔法使いなんて、ゲームか物語の中にしか存在しない。


「でもあなたが、さっき私を助けた時に使ったあれ……あれは論理魔法だった。たぶん、雷槍」

「雷槍……?」


そんなもの、この世界に来るまで使ったことはおろか、名前すら聞いたことがない。


「しかも無詠唱。……概念としては存在するけど、理論上は無理なの」

「よくわかんないけど、論理魔法? には呪文……みたいなのが必要ってこと?」

「そう。呪文っていっても、ちゃんと理屈に沿って唱える“論理構文”ってやつで、魔法の基本中の基本」

「じゃあ、俺がやったのはチート……反則技みたいなもの?」

「そうなるね。普通の人じゃ絶対にできない」


そんな会話を交わしながら、俺はぼんやりと寝ているニャルを見た。 


「確かに。俺もよく分かってないけど……なんか勝手に発動してた。あとこの子――ニャルって呼んでるんだけど、自己改善AIとかいう存在らしい。なんというか、異世界に来たらセットでついてくる“お助けユニット”みたいな感じ?」


そう言いながら、自分でも何を言ってるのか分からなくなってくる。

それでも希望は、真剣な顔でうなずきながら、俺の話をしっかり聞いてくれていた。


「……そっか。つまり、あなたは偶然この世界に来て、ニャルが保護して――それで、モンスターに襲われて」


俺がニャルを保護したんだけどな。

そう訴えたかったけど、話の腰を折っても仕方ない。とりあえず否定せず、先を続けた。


「たまたまそこに、希望が来てくれた。……運が良かったなぁ」

「うん、ほんとにね」


希望の視線が、膝の上に眠るニャルへ向く。

さっきまで毒舌全開だった顔が、まるで別人のように静かで――どこか儚い印象すらある。


「……この子も、不思議な存在なんだねぇ」

「そうだなぁ。毒舌だけど、なんだかんだ助けてくれたし。でも、本当に口は悪いけどさ」


しかも自称神様。怪しいことこの上ない。


「ふふっ」


希望の笑みにつられて、少しだけ肩の力が抜けた。


「それじゃあ、行こっか。王都へ。私が王様のところまで案内してあげる。大丈夫、優しい人だから悪いようにはならないと思う」

「……いいのか?」

「任せといて!」

「ありがとう。めちゃくちゃ助かる」


……とはいえ、そんなに簡単に王様に会えるもんなんだろうか。

少し疑問はあったけど、このままここにいるより街まで案内してもらった方がはるかによい。


「さてと、えーと…」

「ニャルは俺がおぶっていくよ」


胡散臭くて口も悪いやつだけど、いなかったら今頃こうしていられなかったろうからな。

放って置くわけにはいかない。

希望からニャルを預かると、背中におぶる。

……うわっ、軽っ!? 子供ってこんな軽いもんだっけ?


「よーし、それじゃあ! 王都に向けて――しゅっぱーつ!」


満面の笑顔で、指を空に突き上げた。

その明るさにつられるように立ち上がりながら、俺は心の中で覚悟を決める。

異世界に飛ばされて、命の恩人と一緒に、未知の土地へ――

きっとこれから過酷な旅が始まる……。

覚悟しろ、俺――!


「あ! 見えてきた!」

「俺の壮絶な冒険譚をとくと見よ……ええ、もっ!?」


希望が指差した先には、立派な城壁と白い尖塔が見えていた。


「いやいや、さっき、俺めっちゃ壮大な旅の覚悟したんだけど!?」


まだ20分も経ってない気が……

助かったけど! なんか、悔しい!

こんな調子で、俺の異世界生活はしれっと始まったのだった。

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