第一部3章「護衛」

「いや、はじめに聞いていた額と全然違うじゃないか。」

シャータは声を上げる。報酬はあまりにもすくなかった。

「あんたらがいったい何をした?ただ、俺たちの後ろにぼーっとくっついて歩いていただけじゃないか」雇い主がうるさそうに顔をしかめる。積み荷を狙う物取りや、そこかしこで起こる小競り合い、戦。砂漠にはありとあらゆる危険がある。シャータと相棒のカーラは、駅から駅へと渡り歩く隊商の、いわば護衛だった。近頃では名前もそれなりに売れてきたように思う。腕利きの自分たちに喧嘩を売る輩も減ってきた。何のいさかいも起こらないのは喜ばしいことだが、雇い主の目に「何もしていない」と映るのも、また無理からぬことではある。

「そうはいっても約束は約束だ。これじゃ帰りの路銀の足しにもならないじゃないか」

「おれの知ったことか。おまえらみたいな流れ者にはこれで十分だ」

雇い主が侮蔑の表情を浮かべた時だった。

「あまり舐めた真似をしないことだな。今後もこの仕事をやっていきたいなら、だ。」

影のように押し黙っていた相棒がふいにむくりとたちあがった。

「私達の仕事は戦うだけじゃない。この近辺の野盗や物取りにはある程度話をとおしてある。逆の話を通してもいいんだぜ。お前らの後を追わせて」

「…」

「そうなれば、どれだけ稼いだとしても台無しだ。それに比べたら安いもんだと思わないか。」

「お前ら…」

「命を払うか、金を払うか、好きな方を選べ」

雇い主は黙っていくばくかの金を差し出そうとしたが、カーラは有無を言わせず財布ごと雇い主から奪い取った。

「仕事の約束は守ることだ。うまくやりたいならな。」

※※※※


帰り着いた駅で通行料を支払うと、カーラは顔なじみの番人に少しばかり礼金をはずんでやった。

「いつものだ。とっておけ」

仕事を円滑に行うためには、砂漠にはびこる野盗や物取りだけではなく、立ち寄る駅での心付けも必要だ。

「ずいぶん、羽振りがいいじゃないかカーラ。雇い主から随分上前をはねたと見える」

「ああ。馬鹿にはいい薬だ。」

「流れ者」と呼んだ雇い主の言葉通り、自分たちには決まった家はない。駅の関所にほど近い宿で、日銭を稼ぎながらわずかな荷物とともに寝泊まりをする。定期的に護衛の依頼を受けるためには、不特定多数への認知が肝要だ。同じように駅に滞在する他の護衛に先んじて依頼を受けられるよう、シャータはその名の通り、全身を白い着衣で、カーラは、黒の着衣で覆っていた。そうでなくとも、金髪に碧眼のシャータと、夜に流れる川のように一点の曇りもない黒髪に切れ長の目を持つカーラは、その長身も相まって二人並ぶとよく目立った。

「ところで、あんたたちにこれだ。」

番人は両の掌ほどの大きさの木簡を渡してきた。それは盆状の四角い板に、ぴったり嵌るように蓋をして麻紐で十字に巻いた上に封泥をした、いわば密書だった。

「これを?だれが?」

シャータは番人のかおをのぞき込む。

「さぁな。開けてみればわかるだろう。受け取ったらこれに記名を頼む」

カーラを振り返って見ると、いつもの仏頂面がかすかに憂いを帯びたように見えた。


※※※

「面倒なことになったな。」

番人から受け取った密書を開けてややしばらく黙りこくっていた相棒が、ようやく口を開いて出た言葉がそれだった。シャータはまだ中を見ていない。宿の机の片隅に剥がした封泥が小さな山のように積んである。

「なんて書いてあった?」

シャータがたずねると、拍子抜けする答えが返ってきた。

「まだ見ていない。」

「は?」

「だが、見ろ」

封泥をはがした下にある麻ひもには、蝋で封印がされている。印は花弁を広げた花の模様だった。

「王家の印だ」

シャータは思わず目を剥いた。

「王家から?僕たちみたいな用心棒風情に何の用で」

「知るか」

「じゃあ早くあけなよ。」

カーラは一向に封を切ろうとしない。

「人に恨まれる覚えはあっても、王家からお咎めをうける覚えはないぜ」

「馬鹿なこと言ってないで読んだらいいだろ」

カーラは、小刀で麻紐をふつりと切る。ふたを分けると中にはうねるような文字で数行の書付けがあった。

「子細はない。ただ、至急王城へ来るようにと。」「ますますうさん臭いな」

「あぁ。よからぬことに巻き込まれる予感しかない」

「どうする?」

「行く他はない。にげたとしてもろくな結果にはならないだろう」

「確かに。」

護衛にとっては情報収集も仕事の一環だ。砂漠の向こうにあるいくつもの国や、異民族の動向、行く先の駅の情勢や、内乱、疫病、様々な情報を得なくてはならない。一つ間違えばそれは自身と、雇い主である隊商たちすべての命にかかわるからだ。シャータはこのところ集めたさまざまな情報へと考えを巡らすが、それでも自分たちが王城へ呼び出される理由は見当たらない。気にかかるものといえば、自国である鄯善国の宿敵ともいえる、北の異民族、吐谷渾の横行が激しくなっていることくらいか。

「兎に角一度、明日にでも」と、言いかけた時、シャータは部屋の外が騒がしいことに気がついた。

「何の騒ぎだ」

カーラも腰を上げる。扉を開けるとそこには兵士とおぼしき数人の男が整列していた。一番前に立った男が言う

「カーラ殿、シャータ殿、お迎えにまいりました。」「誰だお前は」

男はその質問には答えずに言った。

「文にてお伝えをした通り、即刻王城に来ていただきたい。ご同行願います」


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