第一部1章「旅立ち」

「ウッパーラ様、これでは少し袖が短くありませんか?」

「そんなことないわ。よく似合っているわよ。」

ウッパーラは侍女たちの物々しいでたちを満足そうに眺めた。自身も年頃の娘に似つかわしくなく、長い衣の袖を肩までまくりあげている。

「実際に弓を打ってみればわかるわ。長い袖は邪魔で仕方がないもの。さあ、あなたも弓を持って。構え方はこう。」

物騒になった、とウッパーラは思う。護衛の数は半減し、かつて賑やかだった城の中は今はひっそりと静まり返っている。公にはされていないが皆、戦に駆り出されたのだろう。

「いざというときは私たち女で城を守らなくてはならないのよ。今から備えておかなくては。用意、…打て」

ウッパーラの掛け声で侍女たちは一斉に矢を放つが、数尺ほど先の的に当たったものは一つとしてなく、そのほとんどはてんでばらばらな方向へ飛んで力なく落ちた。

「情けないわね。」

ウッパーラが大きなため息をついた時だった。

「ウッパーラ様、何をなさっているのです?」

背後から慌てふためいた声が響く。声の主はウッパーラが手にした弓を見ると卒倒しそうな顔色で言った。

「皇女ともあろうお方がなんということを。怪我でもなさったらどうなさるおつもりです。」

「大げさね、女官長。来るべき戦に備えて弓の稽古をしていただけよ。男の人たちは皆戦地へ赴いている。女には女の役目があるはずよ。」

「めっそうもございません。こんなところを大王陛下がご覧になれば管理不行き届きで私の首が飛んでしまいますわ。今すぐおやめ下さいませ。」

王の忠実な家臣は今度は厳しい顔で侍女たちに向き直る。

「お前達が付いていながらなんということ。おとがめは覚悟の上でしょうね?」

「やめて。私がみんなを連れてきたのよ。」

「そうであれば尚更でございます。ウッパーラ様。この者たちに咎めが行く前に城へお戻り下さいませ。」

「わかったわよ。」

「さあお前たち、さっさとそこを片づけておしまい。」

年老いた庭師が女官長に近づいてそっと囁く。

「お前さんも、姫様のおてんばには苦労させられるな。」

そう言いながら庭師の表情はどこか温かい。孫娘を見守る好々爺といったところだ。

「笑い事じゃないわよ。あれでふた月もあとにはもう十五歳だっていうんだから。」

「そうかりかりしなさんな。いいじゃないか、愛嬌があって。侍女たちもわしらも、みんなあの姫が好きだ。お前さんだってそうだろう?本当は姫の好きなようにさせてやりたいんじゃないのか?」

女官長はぷりぷりと足早に去っていく姫の後ろ姿を見ながら大きなため息をつく。

「そうなんだけどね。それでも近い将来、あの姫がこの国を背負って立つことになる。私はそれが心配で仕方ないんだよ」

言ってみても仕方ないことと知りながら、つい女官長は愚痴めいた言葉を誰に言うともなくつぶやく。

「せめて皇子か、上の姫でも…生きていてくれれば…。」

***

「ああいやになってしまうわ。女官長のわからずや。」

ウッパーラは足早に王の間へと向かう。ばさばさと足にまとわりつく衣を蹴りつけるようにして。まるでそうすれば心の中のむしゃくしゃが少しおさまるとでも言うように。同行した侍女が遅れを取っても全く意に介さない様子だ。

行き過ぎた行動をしたのは自分でもわかっている。けれど、もどかしいのだ。何もできない自分が。危機に頻するこの国を、王族として守ることもできない自分が。少しくらいわかってくれてもよいではないか、と思う。それなのにこそこそと父上に告げ口をするなんて。父上だってまたいつもの形通りのお説教をするに決まっている。お前はこの国の皇女だから、とか、年頃の娘なんだからもう少し落ち着きを持て、とか。そして自分はまた思い知るのだ。何事かを成し遂げたいと願っても、自分の身一つ、自由にすることのできない不甲斐なさを。

「お父様、只今参上いたしました。」

「女官を借り出して弓の稽古をしていたそうだな。威勢のいいことだ。」

ウッパーラは次に来る非難の言葉に備えて心ひそかに覚悟を決める。

「私に罰をお与えになりますか?」

父の眼差しは鋭かったが、裏腹に、口をついて出てきた言葉はウッパーラの予想に反したものだった。

「咎めはせぬ。…お前なりに我が国を憂えてのことだろう。」

「お父様…。」

「わかっておる。お前は何の考えもなしに愚行に走るような娘ではない。」

父はわかってくれていたのだろうか、自分の思いを。ウッパーラはこの機を、とばかりに深くかしづくと、思いのたけを伝えようと早口にまくしたてる。

「お父様…。私はこの国の力になりたいのです。私に戦に行くことはできません。けれどせめてこの国を守ることができればと…」

「ならば話が早い。」

父王はせきを切ったような娘の言葉をさえぎって有無を言わせずこう告げる。

「ウッパーラ、于闐国(うてん)へ行け。」

「于闐?」

「左様。于闐へ行き、于闐の王に嫁ぐようにと言っている。」 

「お父様、私は…。」

娘はようやくそれだけ吐きだした。その言葉の続きを紡ぐべきすべを彼女は知らなかった。

「そなたに選択の余地はない、ウッパーラ。これはもはや決まったことだ。」

父は何時になく厳しい調子でそう言った。ウッパーラにとっては青天の霹靂だった。いつものお咎めに呼ばれたと思っていたのに。なぜ婚礼の話が突然降ってわいたのか。

「先ほどリペーヤから文が届いた。先方も快く引き受けると言っておるそうだ。これ以上の機会がまたとあろうか。」

宰相のリペーヤ。彼が仕組みそうなことだ。ウッパーラはリペーヤのつめたい瞳を思い浮かべて唇をかむ。

「ですが…。」

口を挟もうとすると王の顔はさらに険しくなった。

「おまえは先刻、わが鄯善国のために尽くしたいといったではないか。それを忘れたか。」

「…。」

「おまえが于闐に嫁ぐことでこの国の平和は守られる。かの国は豊かで強大だ。このことがどんな意味をもつか、お前も知っていよう。」

父の理屈はウッパーラにもわかる。于闐はこの国より豊かで、国土も広い。確かにかの国と姻戚関係を結ぶことができれば、鄯善国にとっての後ろ盾にはなるだろう。だが…詭弁だ、とウッパーラは思う。この国の脆弱さくらい自分も知っている。鄯善国は砂漠の中に在って、水に乏しく、土地はやせほそっている。およそ、生きながらえているのが奇跡としか言いようのないこの国の唯一の価値と言えば、西と東の国を結ぶ交通の要衝であることだ。それゆえ古来「楼蘭」と呼ばれたころから東の漢と北の匈奴に両属し、両国に搾取されることで何とか国としての体裁を保ってきた。それでもいつ何時、他国に攻め入られ、その歴史を閉じるかわからない。


…おそらく、父は自分を逃がしたいのだろうと思う。于闐は砂漠の都市国家にあっては比較的大きく、安定した国で周囲の国からも手も出されにくいはず。わかってはいるが、王族として、自分にも誇りはある。国の民が戦で血を流し、飢え、苦しみの中で耐えていこうとしているのに、自分一人が国を抜け出しのうのうと平和に暮らしていくことなどできようか。

「私は…この国と命運を共にしとうございます。この国が永らえるなら、この国で老い、もしこの国が滅びるなら、その時は私もともに骨をうずめる覚悟です」

「たわけたことを申すな。」

王は途端に火のような形相になった。

「そなたは父の顔に泥を塗る気か?」

ウッパーラはこれほど激しい父の感情を目の当たりにしたことはなかった。

「この国は滅びぬ。私の眼の黒いうちは。余計な心配は無用。」

「…。」

「そなたは私の一人娘だ、今となっては。此度の婚礼は、一人の父親としてそなたの幸福を祈ってしたこと。それがこの国の幸福と重なるならそれに越したことはない。」

始め熱を帯びていた王の口調はいつの間にか少しずつ語気を弱めていった。最後に王は懇願するように言う。

「わかってくれぬか、ウッパーラ。」

避けられない、とウッパーラは思った。父が自分を思う気持ちは本当だ。いくらウッパーラに意思があろうとも、疲れ切った父親のかすれた声や、皺にくぼんだ眼差しを無下に振り払うことはできない。

「お父様の仰る通りにいたします。」

***

「小紅、私悔しいわ。」

ウッパーラは八つ当たりのようにそれだけ言うと、あとは寝台に突っ伏してばたりと手足を投げ出した。

「お行儀がよくないですよ?姫様。」

小紅と呼ばれた侍女は小気味のよい手際良さでウッパーラの靴を脱がせにかかる。

「いいお話ではありませんか。」

「何がいい話なの?于闐王との婚約であればもう、随分前から話はすすめられていたはず。ひた隠しにしておきながら今になって…。」

「国王陛下は聡明でお優しいお方。ことが確実に決まるまでは姫君の御心を乱したくないとのお気遣いでしょう。」

「お前まで父の味方をするの?」

くるまった毛布の中からウッパーラは恨めしげに小紅をにらみつける。

「姫様…」

「私の気持ちはどうなるの?お前にまでそんな風に言われたら、もう私にはわかってくれる人がいないのに。」

「アリーシャ様のことですか?」

異国から来たこの侍女は、年の近いこともあり、ウッパーラにとっては唯一気心の知れた相手だった。小紅だけが窮屈な王城での話相手であり、小紅だけが知っていた。自分が七つ年上の従兄、アリーシャを心ひそかに慕っていることを。はじめからかなわない恋だった。幼いころからウッパーラも知っていた。小国の王族というものの直感で。やがて成長すれば国益という形のないもののために、愛してもいない男のもとに嫁がされることくらい。予期していたものが予期した通りの形で身に降りかかってきただけなのに、そのことがたまらなく悔しい。わかっていながら自分の手で避けられないことが。

「アリーシャ様を思うなら、尚のこと于闐にいらっしゃるべきだと思います。」

「会ったこともない男のもとへ嫁げというの?」

「アリーシャ様は姫様よりもっとおつらい立場ですわ。古からの取りきめとはいえ、自ら質子となって遠く離れたお城にいらっしゃるのですもの。それもすべて、姫様にはおつらい思いをさせたくないというお気持ちの表れでしょう。アリーシャ様のお気持ちにこたえるためには、姫様が于闐で運と幸せになることのほかにはありませんわ。」

自分の釈然としない表情を見たのだろう、小紅は明るく笑いかけてくる。

「そんな顔をなさらないでください、姫様。」

「お前に何がわかるのよ。」

「ええ。ウッパーラ様の悲しみの深さまでは私にはわかりません。でもお供することならできますから。」

「小紅?どういう意味?」

「于闐まで、お供いたします。姫様が于闐王に嫁がれるなら、私は于闐王妃の侍女です。」


*****

ウッパーラは婚礼というものを知らなかった。物心ついてからこのかた、婚礼というものに参列する機会はなかった。彼女にも兄弟はあった。かつては。だが、姉は顔も知らない。幼いころに亡くなったという。兄も即位を目前に控えた十五歳の頃、戦に赴いたまま行方知れずだという。そんな状況で育ったから、めでたい席などなかった。婚礼の準備がこんなにあわただしいものだとも思わなかった。

「何から何までめまぐるしくて、頭が痛くなりそうよ。」

「仕方がありませんわ。婚礼は一生に一度きりのことですもの。」

「それはそうだけど。」

「おめでたいことですから、支度にいろいろとかかるのは当然ですわ。それを差し引いても結婚というのはいいものらしいですよ。」

「おまえ結婚なんてしたことないじゃないの。」

小紅はくすりといたずらっぽく笑う。

「かつて母が申しておりました。私の家も暮らしは裕福ではありませんでしたけど、それでも母はいつも穏やかに笑っていて、…笑っていられるのは、父のおかげだと。」

「そう…。お前のお母様はお父様のことが本当に好きだったのね。」

ウッパーラはふと自分の母のことを思う。そういえば女官長が、婚礼の衣裳合わせの時に言っていた。「皇后さまに生き写しで美しい」と。母のキビシャもまた、どこか遠くの国からこの国に嫁いできた。絶世の美女といわれ、朝の光のような金髪と青い目が印象的な母。けれどその瞳はいつも深い悲しみをたたえていたように思う。ウッパーラが幼いころから、臥せがちだった母は、部屋に閉じこもりきりでほとんど王城に顔を出すこともなかった。そしてその死とともに、いつの間にか母の話題は禁忌となった。そして、ちょうどそのころから戦も激しくなったような気がする。

…母は幸せだったのだろうか。

もし、政治の道具として嫁いだ母が、父に愛されることもなく、一生悲しみを背負ったままその生涯を終えたとしたら?

王族の定めとしての順番が、自分に巡ってきたにすぎないのだろうか。これは耐えてしかるべき試練なのだろうか。

…そんなのは嫌。

母のような死に方はしたくない、とウッパーラは思った。…私は幸せに生きていきたい。この国で、愛するものとともに生きられないのなら、せめて…。


***

ラージャデーヴァ王は疲れ切った体を背もたれにもたれかからせ、なおも考えにふける。

戦線はいよいよ予断を許さない。于闐までの道のりも、いつ騎馬民族や、夜盗に襲われるかわからない。そんな危険な道のりを、娘を嫁ぎに行かせるのは正しかったのだろうか。

ふと顔をあげると磨かれた水晶の姿見に自分の顔が写っている。眉間には深いしわが刻まれ、髪にも随分と白いものが目立つようになった。やつれ果てた老人のような風貌に王は苦笑する。いつの間にこんなに年をとってしまったのだろう。然るべき後継者も見つからぬままに。頼りになる部下も次々に死んでいく。かつて子は3人いた。1人は早世し、もう1人は行方知れず。これも自分の罪の代償なのだろうか。眠れないことも多い。原因不明の喀血もある。いつまで生きていられることやら。

王が何度目かのため息をつきかけた時だった。かすかに扉を叩く音がする。

「誰だ?」

「私です、お父様。」

扉を開くとそこには娘のウッパーラが寝間着のままかしづいていた。

「どうした?そんな恰好で。とにかく入りなさい。」

招き入れるなり彼の娘は、平伏して言う。

「お父様、私ももうわがままは言いません。行けというなら于闐へも行きます。だからお願いです。本当のことを教えてほしいのです。」

「…」

「お母さまのことを。」

「お前の母は病に侵され、息を引き取った。お前も知っていよう。」

「お父様、お母様はお幸せだったとお思いですか?」

「何を申す」

「お母様はいつも泣いていたわ。お父様、お父様は私をそんな目に合わせたりはしないでしょう?異国で、一人で悲しく死なせたりはしないでしょう?于闐へ行くなら、それだけは約束して?お母様のことも、お父様が悲しませたのではないでしょう?だったら教えて?どうしてお母様が泣いてばかりいたのか。」

ああ、この子はすべてを受け入れた。否、受け入れようと必死なのだ、と王は悟った。努めて明るく、快活にふるまってきたのも、おそらく母の泣き顔を、…影を背負ってきたからなのだ。

「わかった、話そう。今話せることを、すべて。」

自分が年をとれば娘は成長する。この子は、自分でそれを認めようとはしなくてもきちんと自分の立場をわきまえている。

「お前の母は、吐谷渾の人間だ。」

「吐谷渾ですって?」

吐谷渾は北の蛮族の異名を持つ遊牧騎馬民族だ。決まった土地に定住せず、季節ごとに食料を求めて一族で大移動をする。民の数は鄯善国より少ないが、武芸に長け、同族の結束力が強い。建国以来たびたび周辺各国に攻め入り、そのいくつかは滅ぼされている。鄯善国にとっても永く宿敵ともいえる相手だ。

「お前にも想像はつくだろう。両国の和平のため、キビシャは嫁いできた。だが、民の彼の国への積年の恨みは根強く、キビシャはずっと肩身の狭い思いをしてきた。」

ウッパーラは身のすくむ思いがした。国同士の関係を取り持つために婚姻関係を結ぶのはよくあることだ。この先の自分のように。それでも敵国に嫁いだとあっては、針の筵だっただろう。そんな母の苦しみに気が付かないほど、自分は幼く、愚かだったのだ。そんなウッパーラの思いを知ってか、王は続ける。

「お前が気に病むことはない。お前の母を悲しませたのは私だ。私が、彼女の立場と、民の心の間を、うまく取り持つことができなかった。妻としての彼女を粗末にしすぎた。与えられたはずの愛情を、伝えられたはずの言葉を…何一つ伝えなかった。」

「お父様…。」

「その孤独の中で彼女はさらに子供を失った。それから彼女の心労はひどくなり、毎日泣き暮らすようになった。そこから先はお前もおおよそ知っておろう。」

覚えている限り、父が母のことを語ったことはなかった。だから知らなかった。母の生い立ちも、父の想いも。滅多に感情を外に表さない父。その心にはいったいいくつの痛みが鬱積しているのだろう。

ぽつりと王はつぶやいた。

「いや、嘘をついた。」 

「えっ?」

「国のために彼女を妻に迎えたというのは嘘だ。私はただ、キビシャが欲しかったのだ。私の身勝手だ。」

父の背中が小さく見えた。

父は、誰よりも幸せにしたかった人を、誰よりも不幸にした。その負い目を誰より感じている父が、血を分けた娘である自分を異国に嫁がせようとする理由は一つしかない

「この国は、それほどまでに…」

「それは違う。」父はきっぱりと否定した。

「この国は滅びぬ。私がそうはさせぬ。とは言え、この国は小さく、弱い。お前の器ではない。お前は若い。まだ、何者でもない。于闐へ行けば、もっとたくさんのものを見、聞き、多くを得られるだろう。だから、私のもとを巣立ってゆけ、末の娘よ。広い世界を見よ。」

父が、親というものの往生際の悪さで、少しでも明るく娘を送り出そうとしているのがわかった。今の自分にできるのは、于闐に嫁いで父の負担を軽くすること。少しでもこの国の役に立つこと。そして、母のなしえなかったことをすること。

部屋を去る前、扉の前でウッパーラはもう一度父を振り返った。

「最後にひとつだけ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「于闐王は、私を愛してくれるでしょうか…父上のように。」

「若いながら徳のある、立派な王と聞く。お前のその素直さと誠実さがあれば、きっと愛してくれるだろう。」

***

「砂漠は冷える。道中体に気をつけるがよい、ウッパーラ。」

出発の日はあっという間に来てしまった。于闐との婚礼を近隣諸国に悟られないよう、夜の帳の中を秘かに出立することとなる。それでもウッパーラは父が自ら見送りにきてくれたことと、城の警護でさえ手薄な今、信頼のおける者や、近しい者をできる限り同行させてくれたことが嬉しかった。

「お父様、行ってまいります。」

「達者で、ウッパーラ。」

「お父様もお元気で。」

ウッパーラの乗った馬車は闇を縫うようにして進み、暗がりの中で無情にも父の姿はすぐに見えなくなった。そして、慣れ親しんだ王城も。馬車が城門を過ぎ、街外れの寂しい道に差し掛かってもウッパーラは泣かなかった。

砂漠はもうすぐだ。

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