「旅路」
小松智未
第一部「序章」
―鄯善国,本名楼蘭王治扜泥城去陽関千六百里。戸千五百七十口万四千一百勝兵二千九百十二人―
(鄯善国はもとの名を楼蘭という。王は扜泥城に治し,陽関を去ること千六百里,長安を去ること六千百里。人口は一万四千百,勝兵が二千九百十二人)『漢書』巻九十六西域伝より抜粋
1981年 中国、民豊県。タクラマカン砂漠の東 東経89°北緯40°。日本と中国の学術調査隊が考古学調査に訪れた。
乾いた風がきめの細かい砂をふわりと巻き上げる。小谷はじわりとわき出る額の汗をぬぐった。一通りの作業を終え、夜営の準備を始めようとした時のことだった。
「先生、こちらにいらしてください。」
吹きだまってできた小高い丘の方から隊員の興奮した声が聞こえる。ゼミに所属する大学院生だ。やれやれ、と小谷はため息をついた。足にまとわりつく砂のおかげで、少しの距離を移動するだけでも大仕事だ。
「先生、これを見ていただきたいんです。」
丘を登りきって一息つく間もなく、隊員が手招きでせかす。視線の先には砂からほんの少し顔をのぞかせた木の板が見える。
「また木簡文書かね?」
「いえ、違うようです。」
確かに、木簡にしてはすこぶる大きいようだ。掘り出してみると全長は一メートル以上ある。五センチほどの厚みの板の両端をつとのように合わせ、中には布にくるまれた何かがまるで板に守られるかのように包まれている。乾いた土地柄のおかげで、周りの板も、布もきわめて保存状態が良い。草木染めの赤い色を当時のままに残し荒い折り目の質感もそのままだ。
「何でしょうか、これは。」
何かはわからないが、世紀の大発見のような気がした。小谷は震える手で恐る恐る、中の布をはがす。
「これは…。」
幾重にもくるまれた布の中からは、髪の長い、女のミイラが現れた。
「…美しい。」
「まるで、眠っているみたいだ。」
高い鼻筋、長く黒々としたまつ毛。身に付けた毛皮の質感や、装身具から、比較的身分の高い人物と見てとれる。
「…楼蘭の王女かもしれないな。」
かつて彼女が見たであろうこの景色を、小谷は吹き下りる風と共に見下ろした。
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