魔法少女の三者面談

魔法少女の三者面談

 

「――話はわかった」


 両手を顔の前で重ね合わせて、男は真剣に言った。郊外の住宅街。夕暮れどきの外では、小中学生のじゃれ合う声が響いている。

 明かりのついてないリビングは薄暗いが、わざわざ話を遮るほどのものではない。

 ダイニングテーブルには太縁のメガネをかけた男と、その隣には制服を着た少女、ミナミが気まずそうに俯いている。

 重々しい空気の親子二人と相対するのは――


「なら、お父様! ミナミちゃんの魔法少女を認めてあげてぷり!」


 全身ピンクの毛に包まれた、ハムスターみたいな小動物――妖精だった。


「アホかァ!」


 男の叫び。


「最近、成績が落ちたり学校抜け出したりテストすっぽかしたり――ミナミの様子がおかしいと思えば、魔法少女となって怪人と戦ってましただぁ?」


「し、信じられない話ぷりけど、本当に――」


「ウチの娘に何かあればお宅、責任取れるんですか⁉︎」


 男は身を乗り出して妖精に詰め寄る。


「昨日なんてミナミは十二時過ぎに帰ってきた! しかも全身ボロボロだ!」


「そ、それは怪人の幹部と戦ってて……」


「今年で十六の子供が! ボロボロで! 深夜に帰ってくるんですよ! どんな理由でもあっても許される事じゃない!」


「ぷりは妖精だから、このワールドのことよく知らなくて……」


「それでミナミに今日学校を休ませて、私も午後休をいただいて。いざ問い詰めてみれば、悪の怪人と戦う魔法少女になってたぁ……?」


 男は顔を両手でおおって天を仰いだ。脱力したように椅子に座って「なんだってんだよ……」と男は声を漏らす。

 申し訳なさそうに身を縮める妖精は、どうすればいいのかと狼狽している。

 しばらくの沈黙の後、男が問う。


「どうして、ミナミだったんですか……?」


「みっ、ミナミちゃんは魔法少女になる条件を満たす、数少ない戦士だったんですぷり!」


「その条件って?」


「純粋で強い想いぷり! 誰かを助けたいとか、守りたいとか、そんな気持ちがぷりぷりエネルギーを産むんだぷり!」


「それだけ……?」


「あと、ある程度筋力とか戦闘経験とかある人が望ましいんだぷりが、思いの外条件を満たせる人がいなかったぷり」


(そういえば、ミナミには空手を習わせてたんだった……)

 こんなところで裏目に出るものかと、男は肩を落とした。


「ねぇ、お父さん」


 しばらく黙って聞いていたミナミが顔を上げる。


「私、魔法少女でいたい!」


「ダメだ!」


 彼女の懇願を男は一蹴した。それでもミナミは唇を噛んで食い下がる。


「このままじゃ、世界が怪人たちの手に落ちちゃう! それだけじゃない、怪人の被害は日に日に増えてる。ニュースでやってるの、お父さんも知ってるでしょ⁉︎」


 怪人による死傷者数はみるみる間に増して、毎朝ニュースキャスターが神妙な面持ちでそれを発信している。

 怪人による治安の悪化も見逃せないものとなっているが、怪人への対抗策は未だに分からず。

 現在の日本は危機的状況にあった。


「昨日だって、私、助けられなかった。それでサエちゃんは、仲間の魔法少女は……」


 ミナミは零れ出そうな嗚咽を両手で押さえ込む。瞼の裏に映る昨日の惨劇。それを脳裏にしっかりと焼き付けて、ミナミは意を決して両目を開いた。


「今も日本のどこかで、怪人のせいで未来を奪われている人がいるんだ。怪人は魔法少女のぷにぷにパワーじゃないと倒せない!」


「ぷりぷりエネルギーだぷり」


「お母さんだって怪人に殺されたんだ! 私がやらなきゃいけないの! 二度と私みたいな人を生み出さないためにも!」


 押さえ込んでいたはずの嗚咽が漏れ出して、がなり声になりながらミナミは訴えた。

 男は仏壇の方に視線をやった。つい半年前にはこの家で過ごしていた女性が、遺影となってガラス越しに笑っている。

 母親が死んだ半年前というのは、丁度日本に怪人が上陸した時期だった。

 当時は正体不明の怪人による被害であったため、母親の死は事故として処理されている。が、こんな世の中になった今、男も彼女の死が怪人によるものだということには薄々気付いていた。

 それでも、男の意思は変わらない。


「ダメだ。それはミナミが背負うものじゃない」


「そんなの勝手に決めないでよ!」


「ぷ、ぷり、親子で喧嘩はダメぷり……」


「ぷりぷりは黙って!」


 ミナミと男の怒声が重なる。「ぷりりーだぷり……」と妖精が弱々しく抵抗するも、二人は無視。

 彼らの議論の熱は留まるところを知らない。お互い譲らずの状態で話は平行線を辿ろうとしていた、そのとき。

 ピコピコピコ、と剽軽な音がリビングに響いた。妖精のお腹が点滅していた。

 ミナミの顔からサッと血の気が引く。


「怪人が現れたぷり!」


 妖精が慌てたように叫ぶ。すぐさまミナミが張った声で聞いた。


「場所は!」


「すぐ近くだぷり!」


 妖精がそういうや否や、外の方から悲鳴が響く。

 コンクリートが崩され、ガラスが割れ、木が倒され、穏やかな生活が壊されるようすが音だけでわかった。


「いかなきゃっ!」


 そうミナミはどこからともなく魔法のステッキを取り出す。


「ダメだ!」


 ミナミの腕を掴んで男は止める。


「でも、いかなきゃ、また誰かが死んじゃうっ!」


 ついには抑えていた涙をボロボロと流してミナミは叫ぶ。


「もう、誰かが死ぬところなんて見たくないっ! 助けなきゃ、魔法少女の私じゃないと、怪人は倒せないっ、のに……」


 どうやってもミナミは男の腕は振りほどけない。それでもミナミは諦められず、声を枯らしながらその場で倒れ込む。

 そんなことをやっている内にも、外からは人々の悲鳴が聞こえてくる。

 さっきまで子供たちのしょうもない談笑が響いていた住宅街には、甲高い叫喚が空を支配し、助けを呼ぶ声が繰り返される。

 男は再び仏壇の方を見た。

 亡き妻との思い出が男の頭を駆け巡る。

 何気ない日常を壊され、大切な人を奪われたのはミナミだけではない。

 そして、自分と同じような人を増やしたくないと思うのもそうだ。

(カナエ……)

 これ以上、怪人に家族を奪われてたまるのもかと、男は全身を震わせる。

 そして、顔を上げた。


「おい、ぷにぷに妖精」


「ぷりりーだぷり」


「魔法少女になる条件は、純粋で強い思い、だったな」


「そ、そうだぷり」


「そして、ある程度筋力のある人が望ましい、と。丁度いいじゃないか」


「丁度いいって……お父様、まさか⁉︎」


 男はミナミからステッキを奪って、窓から差し込む夕日をバックに、妖精へそのステッキを突き出した。


「俺が、魔法少女になる!」


 途端、眩い光が男の全身を包みこんだ。

 ヨレヨレのワイシャツに隠れていた、屈強なボディラインがあらわとなる。

 育毛剤が塗りたくられた黒髪には赤色のリボンが添えられ、筋肉の形がくっきり浮き出ている太ももをフリフリのレースが飾る。


「魔法少女、スパークリング☆マッチョトオル!」


 ごくごく普通の会社員、タカシタ トオル。

 すね、腕、脇に茂る体毛は、その四十六年の歴史を確かに刻み込んで黒く光る。

 怪人を打ち倒す希望の魔法少女(?)、スパークリング☆マッチョトオルがここに今、爆誕したのだ!


「すぱ、え、へ……?」


 すっかり涙が引っ込んでしまったミナミ。

 対して妖精はゴクリと唾を飲み込んで、スパークリング☆マッチョトオルを恍惚と見つめていた。


「ぷり、そ、そんな! 純粋な思いは少女にしか宿らないものだとばっかり……こんな、奇跡が!」


「ミナミ、よく聞け!」


 一人と一匹を背に、ベランダから差し込む光を男は受け止める。


「誰かの命とか、家族とか、子供であるミナミが背負う必要はないんだ」


 スパークリング☆マッチョトオルがベランダの戸を勢いよく開ける。

 薄暗かったリビングに夕陽が差し込んで、どこかの家の夕飯の匂いがする。


「誰かを助けたい。自分のような人を増やしたくない。大いに結構! だが、より多くの人を救うためには力よりも知恵。勉強だ」


 ベランダの向こうに怪人が現れる。

 黒々しいヘドロのようなものをまとう化け物は、次々と家を破壊してゆく。

 スパークリング☆マッチョトオルはその剛腕を覆う白手袋に、じわりと手汗を滲ませる。

 そのステッキを、憎き怪人に向けた。


「ミナミはいつか、誰かを救うかもしれない可能性なんだよ。だから今は平穏な日常で、コツコツと勉強を積み重ねていなさい。そして――」


 ステッキの先端に嵌められたハートが、キラリと光り、


「あとは全部、大人に任せておきなさいっ――!」


 極太のビームが放たれる。

 空の雲をも貫かんとするビームは、あっという間に怪人を蒸発させた。

 住宅街に、再び平穏が取り戻される。

 誰でもない、スパークリング☆マッチョトオルによって。


「お、おと、さ……」

 

 目の前の光景が受け入れられず、呆然とするミナミ。

 そんな彼女に、スパークリング☆マッチョトオルは手をさし伸ばす。


「大丈夫だよ、ミナミ。もう誰も失わせたりなんかしないから」


「ぅ、うぁ、うあぁっ!」


 堰が切れたように泣き出すミナミを、スパークリング☆マッチョトオルは優しく抱きしめた。



 ◇



 それからというもの、男の働きかけによって、魔法少女の存在が世間に明るみとなった。

 それを受けて、政府公認の魔法少女チームが結成される。構成員が全員成人男性のそのチームは、瞬く間に怪人を根絶させ、ついでに妖精の故郷も救ってみせた。

 スパークリング☆マッチョトオルが変身することは片手で数える程しかなかったが、それでも、男は再び日本には平和が訪れたことを喜ぶのであった。



 終

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