二章

 鳥のさえずりが聞こえる。

目に映るのはいつも通りの平和な朝、平凡な一日を送るはずだったあの日の光景。

ふと、画面が切り替わる。眼前には轟々と家を呑み込んで行く炎。必死に捜すけれど父と母はどこにも居なくて、いや、きっと居たのであろうが、二人はもう呑み込まれていた。

全てを燃やす赤から逃げている時、数人の男が私を捕まえた。鼻に伸ばされた男の手は赤黒く染まっていて、生臭い鉄の匂いが鼻を襲った。

突如、視界が真っ白に染まる。ついさっきまでは絶え間のない苦痛が襲ってきていたのに、今は何かに包まれているような、暖かい感覚がする。

強ばっていた身体も力が抜け、へたりこんでしまった。ついでに今の服装を確認すると、いつもの寝間着が目に映る。そうか、これは夢か。

試しに頬を抓るが痛くないし、声も出ず音も聞こえない。


パキッ


前言撤回。音が聞こえた。

聞こえた、と言うよりも響いた、という方が正しいのだろうか。私はそろそろ目覚めるだろう、意識が薄くなる感覚がした。


「ふあ…おはよう」


 目を開けると日はすっかり昇っており、丁度お昼頃だろうか。徹夜しすぎた気がする。

それにしても今更どうしてあんな夢を見たのだろう。あれは私の過去だ。奴隷商人に捕まった時のもの。

あの白い空間も不思議である。最後に聞こえた音は何だったのだろうか。

とりあえずご飯でも食べに行こう。そう思いクリスタルの方を見た。


「ん?」


いつもより何かが変わっているような気がする。違和感がすごい。

近くに行き、優しく触れてみると、大きなヒビが入っていることがわかった。

え!?


「ヒビ!?嘘でしょ割れてる!」


不味い、非常に不味い。

なるほど夢の最後に聞いた音はクリスタルが割れる音か気づかない方が幸せだった!これはあれだ、良くて監督不行届で解雇、悪くてそれに加えて弁償のやつだ。不味い、そんなお金など私の手元にはない。給料は貰っているし貯めてはいるが、こんなさも高価ですよと言ったようなクリスタルを弁償できるわけが無い。おわった、さようなら私の人生。

何にしろ死ぬ未来が確定したのでクリスタルと一緒にご飯を食べに行く。最期の晩餐ってか。昼だけど。


「やっほーウル!って酷い顔色じゃない!大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、アスレタは強く生きるんだよ…」

「何事?怖いわ」


 そんな軽口を叩きながら昼ご飯を完食し、部屋に戻る。クリスタルが魔法かなんかで他人に見えないようにしてあって助かった。少しの延命にしかならないけれど。

逃げるか?夜逃げしちゃうか?行く場所がないし一人で生きていける自信が無い。少なくとも現在人口が二番目に少なく、低種族である人族の特徴がとても出ているというだけで奴隷商人や差別偏見等々に苦しめられるのだ。詰みである。一番人口が少なく高種族である妖精族と何が違うというのだ。寿命か?術か?チクショウ。

思案を繰り返している内に外が暗くなっていた。どうせ明日死ぬならふかふかなベッドを思う存分堪能するのも許されるはず。今までバカデカいこのベッドをほぼ読書用にしか使っていなかったことを悔やみ始めた。大体は朝まで読んでるか寝落ちててふかふか具合を充分に堪能する暇が無かったね。


「おやすみ、クリスタル。私が居なくなっても達者で…」


ヒビ入った時点でとは思うがね、乾いた笑いしか出てこない。クリスタルのお世話の引き継ぎもしなきゃかな…明日でいいか。もしかしたら引き継げるまで生かして頂ける可能性とかも…ありませんよねわかります。

ふかふかを堪能していると睡魔がドッと襲ってきた。クリスタルはなにか、ベッドの周りをフヨフヨと漂っている。何事?

睡魔と格闘しながら一連の行動を観察しているとクリスタルの中心の方に一瞬、黄金が見えた。


「待って待って。君、こっち来れる?触るよ」


そう言うとクリスタルはピタッと止まり、こちらへ近づいてきてくれる。私もベッドの端に寄ってクリスタルに顔を近づける。

今度はハッキリと、微かに金色の何かを確認できた。それのなんと美しいことだろう。少し経つとその色は消えてしまったが、最期に気づけてよかった。


「綺麗な色…クリスタルのキラキラも好きだけれど、金色はもっと好きだなあ」


くあ、と欠伸が出る。そろそろ眠気に抗うのも限界だ。

ベッドの端でそのまま横になると、すぐに意識を落としてしまうのであった。



 それは、真っ白な夢の中で微睡んでいた時のこと。

ピシッとまた嫌な音が鳴り響き、私は慌てて目を覚ました。おはよう世界、さよなら人生。

問題のクリスタルを見ると、大きなヒビが増えていた。このままだとあと数日も持たずに割れてしまいそうだ。私は今日が命日なので関係ないんですけれども。

クリスタルの横で主人の元へ報告に伺うためにメイド服に着替える。クリスタルに性別ってあるのかな、男だったら責任取ってくれないかな。現実逃避もそこそこに気持ちは処刑台に向かう死刑囚である。目は死んだ。

 クリスタルと初めて出会った日のような気持ちで支度を済ませると、コン、と三回部屋の扉がノックされた。


「ウル、私だ」

「主様!?どうぞお入りください!」


まさかの登場に動揺を隠せない。断頭台のロープがブチブチとちぎれて行くような感覚と胃に穴があく様な感覚が一気に襲いかかってくる。

というか良いのか伯爵様。大体メイドがそっちに伺う側では無いのだろうか。

佇まいを直し、扉が開かれるのを待つ。心の準備がまだ出来てない。扉、突然壊れないかな。建付けが突然悪くなったりして開かないようにならないかな。という願いも虚しく扉は開いていく。慈悲は無い。

部屋に入ってきた主人はまず私を見、次にクリスタルを見た。このヒビであれば最早遠くから見ても気づくレベルだろう。私に出来ることは全力で謝罪をした上で主人からのお達しを待つのみ。


「申し訳ございません!大切なクリスタルにヒビが入ってしまいました。これは私の監督不行届の至らぬ所にございます。どんな処分でも受け入れます、申し訳ございませんでした!」

「いや…そうだな。頭を上げなさい」


そう言われ頭をあげて主人の顔を見ると、想定とは異なり全く無表情で、逆に明るいような雰囲気を出していた。何故?

私が困惑の海に漂っている間に、主人はクリスタルに近づいていた。


「ここまで来たら力ずくで解いた方が早いな。ウル、何かあったらいけない。離れていなさい」

「はい…?」


 私が距離を取ったあと、主人は手を伸ばし、何かをクリスタルに込めている。数分後だっただろうか、クリスタルは屋敷中に響くくらいに大きな音を立て、粉々に割れた。

そして、私は、


「おはよぉ…」


クリスタルの中から出てきた男の持つ、黄金の瞳と目が合った。

その瞬間、双方が固まる。それに気がついた主人は私の方を見て叫んだ。


「ウル!コレの目を見るな!!」

「あ、そうだったねぇ…外に出るのなんて久しぶりで忘れてたよぉ」


見るなと言われましても。何か隠されているのだろうか?美しすぎて正気を無くす魅了の魔法がかかっているとか?それならもう手遅れです申し訳ございません!


「ご無事ですか主様、ウル!!」


いつの間にかアスレタ含む数人の使用人が部屋の前まで来ていたようだ。クリスタルの粉砕音に警戒体制を敷いたのだろう。


そして、そんな彼らも黄金と目が合ってしまった。



「ヒッ…」


メイドの一人が息を飲む。魅了されてしまったかと主人の方を見ると、彼らにも先程の言葉を叫んでいた。

やはり何かの魔法がかかっているのだろう。そんな考え事をしていると、アスレタが包丁を構えながら叫んだ。


「このっ…化け物!!ウルと主様から離れなさい!!」

「アスレタ…?」


何かがおかしい、化け物?あのクリスタル男の事だろうか?だがアスレタは初対面の種族にそんなことを言うはずがない。親友の私が言うんだから間違いない。

周りの使用人を観察すると、皆アスレタの言ったことに何ら疑問や違和感を抱いていない様だった。


「あぁ、ごめんねぇ。すぐ閉じるからねぇ」

「落ち着きなさい!!私たちは大丈夫ですから、皆は各々の仕事に戻りなさい」


本当に、どうして化け物、なんてそんなことを言うのだろうか。


「綺麗な黄金の瞳じゃない。私は好きだよ」


場が静まり返り、皆ポカンとしている。特にクリスタル男と主人。そんな中、やっちまったとは思いながらもクリスタル男の元へ向かう。


「こんにちは、私はウル。クリスタルの奥で光ってた黄金は、君の瞳だったのね。とっても綺麗」


彼は目を見開き、私を凝視する。

そして、おずおずと言ったように口を開いた。


「君、なんとも思わないのぉ?そんな事あるぅ?うん、うーん、うん。そっかぁ、そうだねぇ

僕はシュヴェール。こんにちはぁ!」


握手を交わし、後ろを振り向く。


「アスレタも、皆も心配?してくれてありがとう!私も主様も大丈夫だよ、はいはい出てった出てった!」


このまま皆が居ると話がややこしくなりそうなので半ば強引に部屋の外へ押し出す。後で詰められるのは確定だろうが、今はそれどころじゃない。

実際、クリスタルから急に人が出てきて若干私もパニックなのだ。なんで私、あのタイミングで目が綺麗って言ったんだろう。絶対今じゃなかった。

主人は私を信じられないような物を見るような目で見ているしどうしたものか。そう考えあぐねていると、身体を急回転させられた。


「ウル、いつまでそっぽ向いてるのぉ?」

「ちょっとまっててくださいクリスタルさん」

「シュヴェールって言ってるでしょぉ?ルゥって呼んでねぇ」

「待てシュヴェール!お前まさか」

「それを見越してこの子を配置した訳じゃないのぉ?尚更運命だねぇ?」


ついていけない会話に目を白黒させる。が、一つわかったことがある。

これ、処罰神回避したのでは?

クリスタルを粉々にしたのは主人自身だし、そもそもあれを粉々にして男を出すのが目的だったみたいだし?安堵で倒れそうになりながらも主人の手前ギリギリ踏みとどまる。

シュヴェールさんことルゥは目を閉じていて、糸目のような感じになっている。あの主人と言い合いできる人材って本当に何者なんだろう。外見で気になるところといえば、明らかに人族のモノじゃない耳とターコイズブルーより少し緑色寄りのフワフワの御髪だろうか?あ、下の方で一つに結んでる。


「…ということで、ウルを貰ってもいいでしょぉ?だめぇ?」

「えっ」

「はぁ…お前は昔と変わらないな。まあいいだろう。が、少し話し合う時間が必要だ」

「すみません私を置いていかないで欲しいです待って」

「わかったよぉ…で、ウルの真名はぁ?」


ルゥの発言に主人がツッコむという無限ループが生まれている。どうしようかこの混沌。

ところで貰うって何?確かに着替えてた時に男なら責任取って欲しいとは思ったけど本当に取られるとは思ってないよ私。

主人は大きなため息を一つつき、ルゥの結ばれた髪をひっ掴んで黙らせる。


「すまない、ウル。色々と意味がわからないだろう。シュヴェール、求愛も兼ねて説明してやりなさい」

「はぁい」


まてまてそれはそうだが求愛とはなんぞや。本当に私貰われる感じ?

ルゥはそんな事を気にもとめずに説明し始める。説明は有難いですけれども…チクショウこれが妖精族との価値観の違い…


「まずねぇ、僕の眼には厄介な術がかかってるのねぇ。昔どっかの妖精に恨まれたんだぁ。なんでかは忘れたけど

で、その術のおかげで僕と目を合わせると皆僕の事が嫌いになっちゃうんだぁ。それで厄介な奴らに嫌われちゃって、クリスタルに封印されてたんだけどぉ…」

「そのクリスタルこそウル、君に任せたものだ。君なら一番コレの影響を受けにくいと思っての人選だったが、まさか術を無効化するとは…」

「妖精族の術を無効化できるのは純粋な人族だけ。魔族とか獣人族とかはモロ食らっちゃうから少しでも血が混ざってたらあの使用人さんみたいになるんだよぉ。だからこそ僕は諦めて封印されたけどさぁ」


確かに、ただでさえ数が少ない人族の中の純粋な人族を見つけるのは至難の業だろう。そんなときに私が現れたというわけか。先程ルゥが言ってた通り運命かもしれない。


「僕、もう他人と目を合わせられないのかぁって諦めてたんだけどぉ…ねぇ、ウル?やっぱり僕と番にならない?」

「番に関してだが、我々妖精族と人族では寿命や価値観がかなり異なる。その問題で苦しむのはこちらも君もだ、よく考えてくれ」

「ね、永い永い生涯を僕らは送るけどぉ、妖精族が番にする異性の人数は一人なんだよぉ。僕はキミを愛すと約束するよぉ。だめ?」


この会話の中で価値観が色々ズレているのは身をもって痛感している。そしてさては微妙に愛が重いなルゥ!?


「とりあえずですが、まずお友達から始めさせてください!話はそこからです!!」



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