一章

 私に支給されたのはクリスタルと共に生活するための新しい部屋、家具、金、何冊かの参考本であった。部屋に入るとそこはいつも過ごしているメイドの共同部屋より広く、まるで貴族の一人部屋のようだった。

初見は凄いと声を漏らしたものの冷静になってみるとこんなに広くなくてもいいと思う。家具と家具の間が広いのでいちいち歩かなければいけないのが面倒くさい。参考書を読もうと手に取り、これまた広いベッドに行くまでの所要時間、約五秒。五秒を笑うやつは五秒で泣く。共同部屋にいた時は机からベッドまで一秒もかからなかった。まだ移動して数日しか経っていないが、早くもホームシック気味である。環境に慣れるため主人に五日ほど暇を貰ったので同僚にも会えてないのだ。


「おなかすいた…さすがに籠りきりだったしな」


 現在休日四日目の昼、数日ご飯を抜いてクリスタルのお世話方法を手探りで探していたためか、大きな独り言も出るようにもなった。

そして今、元凶であるクリスタルは私の隣に居る。動かしてもないのに。

つい最近わかったことではあるが、このクリスタル、動くのである。自分で。

主人の持ってきたものである以上何かはあるとは思っていたがさすがに驚いた。


「あなたも一緒にご飯食べに行きますか?」


なんて冗談を言ってみる。反応はないようだ。知ってた。

 久しぶりに扉に手をかける。あ、これ結構重い。少し格闘していると、横にクリスタルがピタリとついてきた。途端、腕に力がこもる感覚がする。グ、と少し力をいれて扉を再び押してみると先ほどの格闘は何だったのかというほど簡単に開いた。

おそらくクリスタルのおかげであろう現象にポカンとしながらもお礼を言い、調理部屋に向かう。


「本当についてくるんですかクリスタルさん」


是、というように隣を陣取るクリスタル。もしかして私、庇護対象だと思われてたりして。

そんな事があってたまるかというように首を振り、両頬を叩く。きっと感じないような小さな疲れがたまっているのだ。多分。

歩いていくと、顔見知りである数人の使用人とすれ違い、言葉をかけられる。どうやら私は心配されていたらしい。確かに、考えてみれば同僚が急に主人に呼び出されて、そのあとなんの音沙汰もなしに姿が見えなくなったら私だって心配する。そんな当たり前のことを考えつきもしなかった自分に少し失望しながらも罪悪感を抱く。流石は木偶の坊と呼ばれるだけの事はある。

そういえば、親友はどうしているだろうか。私、アイツに何も伝えてない。

気づかなかったほうが幸せだったかもしれない事実に胃を痛めつつ、ひたすらに調理部屋へ赴く。


「すみませーん!誰かいますか!」


到着した調理部屋に向かい声を張る。

すると、奥から大きな声と共に馴染みのある顔が出てきた。


「誰か”いらっしゃいますか”でしょう?もう!どこに行ってたのよ!」

「アスレタ!?」

「君の親友であるはずのアスレタさんですよ!今までどこにいたの!?とっても心配したんだから!」


やっぱり彼女には気苦労をかけさせてしまったらしい。心が痛む。


「ちょっと…主様からクリスタルさん?のお世話を任されて…?」


そういうと、彼女は眉をしかめたまま怒涛の勢いでクリスタルさんについて言及してきた。誰だといわれても今私の隣に居るのですが。おそらく最初私が視認できなかったように何か魔法か術でもかけられているのだろう。

こうなった彼女を止めるすべはないので正直に質問に答えていく。しばらくするとアスレタは大きなため息をつき、主人への不満をこぼした。


「あの奴隷コレクター、またコレクション増やしたの?それをウルがお世話?本当に大丈夫?変なことやらされてない?」

「大丈夫だよ、ありがとう。ところで主様の事奴隷コレクターっていうのやめない?」

「事実じゃない。私たちも買われたの、覚えてないの?」

「まあまあ」

「はあ…困ったらいつでも相談してね。で、何食べたい?おなかすいてるんでしょう?つくりましょうか」

「いいの?おねがいしたいな」

「もちろん!」


数分後、私の目の前にはオムレツとポタージュが鎮座し、吸い込まれるように無くなるのであった。





 アスレタの料理を堪能した後、クリスタルと一緒に自室に戻り、読み進めている参考本を手に取る。広げたページは丁度この国のこと。


 帝国サンスティア、四種族が共生している国。

主に術や上級魔法を使う妖精族、中、下級魔法を使う魔族、魔法が使える者は少ないが身体能力の高い獣人族、寿命が短く文明が進むのが早い人族が存在している。

そんな異種族交流が日常の一部になっているこの国では奴隷制度や人身売買などを認めておらず、厳しく取り締まっている。

そんな国の伯爵家当主である主人だが、頻繁に奴隷オークションに出向いている。私を含めたこの屋敷の使用人はほぼ全員そこで買われた人族の血が強く出ている元奴隷である。

今は名目上使用人という立場だが、主人は王都に近い別の屋敷に定住しているのでなかなか返ってこないこと、ここの使用人は大体全員がこの屋敷で起床から就寝まで行っていることから、実態はただのコレクションであるのではないかというのが私たち使用人の共通認識。いつか主人のこの悪事がバレた時には、恐らく私たちも衣食住が出来なくなるので一生バレないでいて欲しい。

 読みふけっているうちに現在ド深夜。気がつくとクリスタルもベッドに乗りあがっており、よく耳をすますとベッドがミシミシという悲鳴をあげているようだ。待って流石にこんなにお高そうな広くて大きいベッド壊して弁償しなきゃいけなくなったりでもしたら私が路頭に迷ってしまう。

慌てて降りるよう言うと、少しの間の後に降りてくれた。心なしかもう寝ろと仰っているような気がする。

何故か圧を感じるので寝る支度をすることにした。明日は連休最終日だ。クリスタルとの生活にもお世話にも慣れたような気がするので上々だろう。


「ふわぁ…」


全ての支度を終えベッドに入ると、強烈な眠気が襲ってきた。瞼が重い。


「おやすみ、クリスタルさん」


そういえば、みんなクリスタルのことがみえてなかったみたいだなあ。まほうでもかかってるのかな。

けっきょく、なかにいるのはなんなのだろう。

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