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「すまない、取り込み中だったものでね」


『いえ、居留守を使われなかっただけで充分ですよ』


「流石に相手がキミと分かっていれば、そんな事はしないさマコっちゃん」


 支部の事務所にて電話を変わったアイザックは、通話先の男であるトウマ・コリクソン特等を馴染みのある呼び名で呼ぶ。


『俺じゃなくても居留守なんてしないでくださいよ……あとその呼び方止めろって言ってますよね』


「こうして話すのは随分久しぶりだからね。すっかり忘れてしまったさそんな事」


『最初から覚える気無いでしょあなたの場合……』


 呆れたように溜息を吐くトウマに対し、アイザックは嫌味ったらしく言う。


「そういうキミこそ僕の部下になる子達にとんでもない蔑称を教えていたそうじゃあないか。なんだい、太陽沈まぬ昼行燈って」


『あー……えっと、そうですね……ほら、アレですよアレ……』


 階級に似合わず物凄く焦った様子を見せた彼は、やがて辛うじてだがフォローを始める。


『ほ、ほら、昼間の行燈もこう……ぐっと持ち上げて、敵の背後からガンってぶん殴ればそれなりにダメージ入りますよ』


「その場合の僕って大変な事になってる気がするんだけど……パワープレイが過ぎるね流石に」


 苦笑いを浮かべてアイザックがそう返答すると、彼は一拍空けてから真面目な声音で言う。


『でも実際、あなたは自分の立場が滅茶苦茶になるようなパワープレイの果てにそこにいる。あなたが好き放題暴れまわった結果、俺や皆もノーマークで今の立ち位置に立っています。適当に絞り出した言い訳とはいえ、それなりに的を得ているとは思いますよ』


「最後のが無ければ結構それっぽく纏まってたんだけどね。馬鹿正直な奴め」


 と、久しぶりのそんなやり取りで互いに挨拶を済ませた所で、本題に入る事にする。

 最も優秀な元部下に最大限の警戒をしながら。


「で、どうしたんだい? 実は少々取り込み中でね、申し訳ないが手短に済ませたいんだけど」


『では単刀直入に』


 トウマは小さく咳払いをしてからアイザックに告げる。


『そっちで今日、滅魂師のレギュレーションから外れた魔術が発動した。間違い無いですね』


「……ああ。でも何故マコっちゃんが知っているのかな?」


『知っている事自体は不思議じゃないでしょう』


 トウマはどこか深刻な声音で言う。


『あなたが起こした大波など何も無かったかのように、今も相変わらず上層部は腐り切り、挙句の果てに最近では軍と癒着しきっている。そして特等の俺も今や実質的に滅魂局上層部の一角です。嫌でも情報は入ってきますよ』


「だろうね。頼むから染まらないでくれよ」


『大丈夫ですよ。寧ろ俺達が染める側なんで』


「……頼もしいよ」


 そう呟きながら、数時間前の自分の言葉が脳裏を過る。


《噂じゃ某国では秘密裏に軍事用の大魔術を使う部隊の配備を進めているそうじゃないか》


 さて、某国とは一体どこの国の事を刺しているのか。

 少なくともホーキンス大尉の様な末端は正確な情報を把握していない。

 恐らく自分が掴んでいる情報とはまた別件の話だろう。


 ……いつだって自分が踏み込んでしまう問題は、碌な有効策も打てないような難題ばかりだ。

 そんな案件に自分が感情的になってしまったばかりに、62支部の皆にも半端に関わらせてしまって申し訳ないと思う。


 とにかくトウマは結果的にそれの関係者なのだから、情報はダイレクトに伝わる訳だ。

 ……それよりも、問題は伝わった後の話だ。


「それで、それがどうしたんだい。出現した写身は僕達の方で駆除した訳だが……それに何か問題でも?」


『問題にしようとしている人達が居るんです』


「なんだって?」


『今回の件、田舎町とはいえそれなりの目撃情報があります。そして事が事ですからね。軍の上層部としては今回の一件に軍が関与しているとなると不都合な訳です』


「……つまり、ボクらをスケープゴートにしようとしてる訳だね、軍の皆さんは」


 魔術の専門家である滅魂師があの巨大な何かを出現させ、それを出現させられる程の力を、違法な魔術を習得した滅魂師が証拠隠滅の為に破壊した。

 恐らくそういう筋書きにしたい訳だ。

 今回、事の発端となったのが帝国軍所属のホーキンス大尉である事を知る人物は限りなく少ないが念には念を入れ帝国軍の関与を否定し、加えて他国の軍人の写身であるという余計な火種に成りかねない筋書きも用意したくなかった。

 故に都合良く、滅魂局の末端の暴走という形で事の収拾を図る。

 恐らくはそんな所だろう。上層部と軍の癒着を考えればきっとそうなる。


『ほんと、真剣な話をしている時は頭がキレる。いつもそうしてくださいって、そっちでも言われてませんか』


「言われてるね。物凄く言われた上でシバかれてる」


『ははは、あなたも変わらなければ、あなたの周りも大概変わらない。きっと悪くない職場だ』


「で、マコっちゃん。そうやって軽口を挟んでくるという事は、その辺りをどうにかする手筈は出来ていると思って良いのかな?」


『ええ。流石です、アイザックさん』


 そしてトウマは言う。


『これから準備して俺がそちらに向かいます』


「……成程。それは心強い」


『説明しなくても話を分かっていただけて助かりますよ』


 トウマはノーマークで腐りきった上層部に顔を連ねている。故に志願出来たのだろう。今回の一件を収める担当者として。


『とにかくそっちに行って、なんかうまい事やります』


「……随分とふわふわしているじゃないか」


『そりゃまだ何も考えていませんからね。やり方は汽車で駅弁でも食べながら考えますよ。ああ、でも最悪何も思いつかなかったら頼らせてもらいますから』


「特等が准等に頼るなよ……まあ、最悪そうなったらね」


 だが恐らくそうはならないだろう。

 本人は何も思いついていないとは言っているが、本当に何の考えも無いのなら彼の場合こんなに軽口は叩かない。きっとそれなりにプランは固まっている。

 改めて本当に優秀だと思う。実際そう伝えた通り心強い。

 ……あくまで軍用魔術の一件に関して言えばだが。


『ところでアイザックさん。そちらの皆さんは怪我とか負ったりしてないですかね? 何せ軍用魔術を止めるには軍用魔術という構図が出来上がる位には出力が大きく違う訳ですから』


「怪我人は約一名。キミも覚えているかもしれないがリタ・ヴェルメリアだ。彼女が左腕を粉砕骨折してしまっている。それ位、なんて言ってはいけないとは思うが、それで済んでいるよ」


『そうか、あの子がいれば軍用魔術が相手でも……って大丈夫なんですか!? 粉砕骨折!?』


「命に別状は無いけどね、だけどちょっと心身共に無理をさせてしまった訳だから……少し休んで貰う事になってる」


『そう、ですか……分かりました。そっち行ったついでに俺もお見舞いに行きます』


「いや、今は滅魂師だとか写身だとか、そういうのとは少し遠ざけたくてね。あの子の代わりに気持ちだけ受け取っておくよ」


 事、リタ・ヴェルメリアの件については逆に強く警戒しなければならない。

 トウマ・コリクソンという滅魂師が非常に優秀であるからこそ。

 彼の人柄を知っているからこそ。


『そう……ですか。まあアイザックさんがそう言うなら、実際その方が良いんでしょうね。だったらそっちにお任せします』


 アイザックは一拍開けてから言う。


『リタ・ヴェルメリアは優秀なだけでなく、とても強く尊い意思を持った立派な滅魂師です。志し半ばで潰すような事にはならないように、見守ってやってください』


「分かってるさ。流石に今のキミよりもずっとね」


 分かっていてこのざまなのだけれど。

 この状況を回避できなかったのだけれど。

 背もたれに寄りかかり、天井を見上げながらそう考えるアイザックにトウマは言う。


『……じゃあ手短にとの事なんで俺はこれで。明日の昼には着くように動きますよ』


「分かった。その時は迎えを出す。というか僕が行く」


『……アイザックさんが来るんですか? あなたの運転怖いんですけど』


「失礼な! 僕は理不尽な一時停止違反位でしか捕まった記憶が無いけどね!」


『冗談ですよ。じゃあ明日はよろしくお願いします。それでは』


 そんな言葉を残して久々の元部下との通話は終わる。


「な、なんか端から聞いてる感じ、少しやべー事になってる感じっすか?」


「そうだね。それなりにやべー事になってるよ」


 そして現部下の問いに答えながら立ち上がった。


「そんな訳でそのやべー事のリスクを少しでも抑える為に、ちょっと出掛けてくるよ」


「どちらへ?」


「ちょっとホーキンス大尉に会ってくる。会わせて貰えるかは分からないけどね」


 そして彼は動き出す。

 何事も無ければそれで良いが、何事かが会った時に対処できるように。

 これ以上自分の目の前で展開されている事態が最悪な方向に進んでしまわぬように。

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