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写身が存在してはいけない醜悪な不純物だという考えは、私の中で一切変わっていない。
寧ろ今日の事でより確固足るものになったと言ってもいい。
その中でも群を抜いて醜悪な私がそう思うのだからきっとそれは間違いないないんだと思う。
兄ちゃんに手を引かれて林道を歩きながら、そんな風に兄ちゃんに甘えている自分に対してそんな想いが募っていく。
……最初に兄ちゃんに手を取って貰えた時。
私を背に守ろうとしてくれた時。
本当に、本当に嬉しかったんだ。
大好きな兄ちゃんが自分の事を肯定してくれたように感じて。
生きていて良いんだって言ってくれたような気がして。
心から安堵できたんだ。
それを受け入れて良い立場じゃないのに。
人の人生を好き放題奪っておいて、その行為が肯定なんてされていい筈がないのに。
だから私はあの手を振り払わなければならなかったんだ。
振り払ってその場から離れて、一人で死んでしまえば良かったんだ。
一人で死ななければならないんだ。
現在進行形で加害者な私は、一秒でも早く人様から奪って成立している人生を終わらせて返さなければならなかったんだ。
それに気付く事はできたのだから。
だけど……現実はこれだ。
兄ちゃんに守って貰えて、アイザックさんにも味方だと言って貰えて。
そしてそもそもミカやお父さん、お母さん。62支部の皆が全部知っていて味方してくれていた事を知って。
その事全てを心地よく思ってしまって。
まるで悲劇のヒロインみたいに振る舞いだした自分が気持ち悪くて仕方がない。
今から皆と会ったらそれが加速しそうで恐ろしい。
『少しずつ慣らしていこう……少なくとも62支部は、それができる環境だ』
それで慣れていく自分が容易に理解できてしまうから、恐ろしくて仕方がなかった。
とにかく、そんな風に。
そんな風に。そんな風に。そんな風に。
存在しちゃいけない加害者の分際で、自己中心的な思考を続ける自分が殺したい程に気持ち悪かった。
……どうせそんな事は、自分が可愛くてできやしないのに。
そして、結局その手を振り払えないまま。
握って貰った手からどこか幸福感を感じながら。
林道を出た私達は一人待つミーティアさんと合流した。
「皆はまだかい? そろそろだと思ったんだが」
「まあ糞田舎の中の更に糞田舎な地区だからな。比較的都市部寄りの支部からは距離がある。でもまあそろそろ来るだろ。伝えた情報的に法定速度なんて絶対守らねえだろうし……んな事より」
ミーティアさんは相変わらず目付きが悪くて……それでもいつもより優しげな表情を浮かべて言ってくれる。
「こうして一緒に降りてきたって事は、今更あーしが言わなくても良い事かもしれねえけどよ……あーしらはこれまでもこれからもお前の味方のつもりだ。一人で抱え込むなよ」
「……ありがとうございます」
言ってくれた言葉に対する、滲み出る本心を目の当たりにする程、嫌いじゃなかった自分がどんどん嫌いになっていく。
そしてそんな私から視線を外し、ミーティアさんはアイザックさんに問いかける。
「それで、これからどうする。応急処置はあーしらがやるとして、リタは一旦家に返すのか?」
「その事だが……リタ。すまないが今日の所は家に帰らず支部に泊まって貰う」
アイザックさんは少し言いにくそうに私に告げる。
「本来であればキミは家に帰って家族と向き合うべきだ。キミがこうして健在な以上最悪な事にはなっていないだろうが、彼女の容態も気になるだろう。だけど……今は駄目だ」
「……」
返答しない私の代わりにミーティアさんが問いかける。
「ちなみになんでだ? あーしは尚更家に返した方が良いと思うんだけど」
その問いに言葉を選ぶように間を空けてから、アイザックさんは答えた。
「……今のリタには、少々刺激が強いかもしれない。ある程度落ち着くまでは家に帰らない方がいいだろう……何かが起きた時もその方が対処しやすいと思うしね」
「何かって、リタは別に何も──」
「今キミが考えたであろう事とは逆だよ、ロイ」
アイザックさんは直接的な表現を避けてそう言うけど、何を言いのかは流石に分かる。
きっと私が自分から命を絶つような事を避ける為、みたいな事だろう。
だけどそれはきっと杞憂だ。
それができるなら、もうとっくにやってる。
きっと兄ちゃんの手を握っていない。
……ミカの為ならなんだってできるなんて考えて口にしていた言葉は全部、虚言でしかなかった事はもう証明されているんだから。
でも、その提案はありがたかった。
今ミカ達に会ったら、私はきっと被害者面を隠せないから。
落ち着いて、ちゃんと自分の感情をコントロールできるようになってから。
……それから生き続けている事を謝れるようになってからじゃないと会えない。
底抜けた優しさに甘えて生き長らえている事を謝れるようになるまでは。
ミカの人生を奪いながら生き永らえている事を謝れるようになるまでは
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