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大丈夫……大丈夫だ!
縁の結界を蹴り、落下の軌道を変えつつ写身と距離を取りながら術式を構築する。
組んだのは衝撃波の魔術弾ではない。
アレは論外だ。あの写身にはまず当たらない。
至近距離で打ち込めばドーム状の結界を破壊する事もできるかもしれないけど、悠長に構築している時間も無ければ態々打ち込みに行ける隙があるとも思えない。
結界の破壊は皆に託す。
確信できるから。
誰かしらが何かうまい事やってくれる筈だ。
……私は目の前の写身を削りつつ、生き残る事を考えろ。
構築するのは通常の魔術弾だ。
これを最高速で叩き込めるようスタンバっとく。
それと同時に結界術も。
これで向こうの攻撃を防ぎ切れるとは思わないけど、私への攻撃の到達をほんの一瞬でも遅らせられればそれでいい。
後は……拳を握って気合を入れろ。
「来い!」
体制を整えながら着地する私の前に、こっちを追うように落下してきた写身が射出した光の球体が接近する。
写身の再生を阻害する力省かれた分、破壊力と速度にリソースが回された近中距離の魔術。
光の砲撃とでも仮に名付けておくそれは、周囲の木々を消し飛ばしながら私に接近してくる。
「……ッ!」
それに対し、結界の壁を前方に展開しつつ横に跳んだ。
次の瞬間、木々と共に私の結界は消し飛ばされ、ギリギリの所を光の球体が通過していく。
当然の如く止められない。
良くも悪くも想定した通りの現実が広がっている。
そして……攻撃を躱した後の私に追撃。
今度は写身自身が接近戦を仕掛けてくる。
獲物に襲いかかる獣のように。
あの鋭い攻撃がこれから何度もこちらに放たれるんだ。
ぞっとする。
……でもまあ、ある程度距離取られてドンドコ高威力の魔術を打ち込まれ続けるよりは良い。
何せ一番危険だけど一番勝算もある。
まず写身は姿形こそ人間そのものだけど、基本的に四足歩行の獣の様な動きを取る。
それが影響しているのか魔術的な戦闘の組み立てとは違い、訓練された軍人や滅魂師、格闘技のプレイヤーのような、しっかりとした理論で確立された徒手空拳の技能を使うことはほぼ無いと言って良い。
そして人間は獣のような戦い方で優位に立てるような人体の構造をしていない訳だ。
この二つの点で近接格闘は滅魂師に分があると言っても良い。
そしてもう一つ、私個人の話。
私は得意な魔術は結界術で、主な戦闘は近中距離からの魔術弾での迎撃。
だけど怪我したら皆に色々心配掛けるから積極的にはやらないけど……近接格闘も得意か不得意かで言えば得意だ。
武器を持たずに戦っているのは、なにも衝撃波や結界の発動の為に手を空けているからってだけじゃない。
やってやる。
「……ッ」
そして高速で何度も放たれる拳を辛うじていなしつつ躱していく。
一撃一撃は異様な速度だ。
普通の対人戦でこの速度を叩き出されたら間違いなくサンドバックにされる。
でもこれならなんとか……反撃だって!
「っらあああああああああッ!」
攻撃を掻い潜りながら、なんとか見付けた隙を突くように左拳を振るった。
次の瞬間には左手に人体を殴る不快感が伝わってきて、視界の先では殴り飛ばされた写身が地面を転がる。
追撃だ。右手でスタンバっている衝撃波を……いや、打っても外れる!
そして有効打になるかどうかも分からない。
その位に左拳の一撃が……浅い!
「……ッ!」
読み通り写身は転がりながら腕の力でその場から飛び上がり、すぐに臨戦態勢を取っていた。
「このやろぉ……」
やっぱなんとかねじ込んだジャブみたいな一撃じゃろくなダメージ入んないな……並の写身なら十分なんだけど。
だからといって、あの感じだとガチな右ストレートとかでもあんまり期待できなくない? 多分一ヶ月前の術師体と同等かそれ以上には固い事を考えると、根本的に徒手空拳だと根気のいる戦いになりそう。
……それは不味い。
何せ攻撃を回避出来ていたのも、一発打ち込めたのも辛うじてだ。
まだこっちが問題なく動けている内に。
体力が持つ内にある程度削らないとジリ貧。
だったら……辛うじて叩き込む一発で殺しきるつもりで戦え。
……術式の構築を開始する。
高威力の魔術弾を一発。左手でいつでも放てるようにスタンバる。
ほんの一瞬時間を稼ぐ結界は選択肢の中から破棄した。それはフィジカルだけでどうにかしよう。
とにかく今は、攻撃は最大の防御理論を展開する。
それを展開し、少なくとも近中距離の術式を打ち込んでくる気配を見せない写身との距離を詰めた。
離れた位置からコイツを打ち込むつもりはない。
当てられるとは思わないから。
だから衝撃波をゼロ距離でぶちこむ。
命中率を最大限に底上げするんだ。
衝撃波は比較的に着弾した方向に向けて強く発せられる性質があるとはいえ、ゼロ距離で打ち込めば反動は相当。
当然打ち込んだ方の腕は反動でイカれるだろうけど……それ以上の収穫は得られる筈だ。
当てればある程度削れる。
ある程度削れれば片腕が使い物にならなくてもきっと対処できる。
それが出来なくても安心してに兄ちゃん達にバトンタッチできる。
とにかく……ぶちこむんだ!
「行くぞおらああああああああああッ!」
もう一度やるぞ、インファイト!
そして拳を握りながら、飛びかかろうとしたその時だった。
「……ッ!?」
激しい物音と共に目の前に、既に写身が居た。
明らかにこれまでの速度よりも速い。
具体的な事は分からないけど、そういう術式を使われたんだと思う。
そしてその勢いのまま、私の頭を吹っ飛ばす軌道で蹴りが放たれる。
……これは躱せないと、直感で理解できた。
結界で勢いを殺せたら辛うじてかわせたかもしれない。
だけど当然スタンバってなんかなくて、今から構築できる余裕も無くて。
だから私にできた事は受ける場所を、頭かそれ以外かで選択する事。
防御するか諦めるかだ!
「ぐ……あ、あああああああああああッ!?」
右腕で頭を守り、写身の蹴りを受け止めた。
骨が一瞬軋んだのを感じ、へし折られたのを激痛で感じた。
多分全部終わった後に涼しい顔をして大丈夫だなんて言えない位に、人生で感じた事が無い程の苦痛が全身を駆け巡っている。
それでも……止まるな。歯を食いしばれ。
「あああああああああああああああああああああッ!」
蹴りを叩き込んで生じた隙を突くように、全力で左手を伸ばす。
ほぼ間違いなく、私の右腕は数ヵ月使い物にならない。
その状態で目の前の写身を一切削りきれていなかったら。
そんな状態でまだ兄ちゃん達が此処に来れなかったら。
その時は確実に私が負ける。
そうならない為に……死なない為に。
勝つために。
両腕が使い物にならなくなっても、此処で写身にも致命的な一撃を与える!
そして……伸ばした左手は写身に届いた。
ゼロ距離での衝撃波なんて試した事が無い。
怖くて逃げ出したい。
それでも……それでも!
「ぶっとべこの野郎おおおおおおおおッ!」
出力全開の衝撃波をゼロ距離で打ち込んだ。
次の瞬間、衝撃に煽られるように私の体が浮き、後方に飛ばされる。
それと同時に左腕に右腕以上の衝撃が走った。
分かってた、こんなのを至近距離で打ち込んだら強化魔術を使っていても粉砕骨折の一つや二つ位普通にする事くらい。
分かっていても……いったい!
「ぐ……あ……ッ!」
両腕が使い物にならなくて、受け身も取れずに地面を転がる。
それだけでも全身打撲だ。
「痛い……痛い痛い痛いッ!」
なんだこれ……痛い、痛すぎんだけどマジで……。
「ははは……でも、当てた」
打ち込んだときの記憶でも分かっている事だけど、この最悪な激痛がそれを事実として伝えてくれる。
元々魔術弾を当てて発動する衝撃波だ。
放っただけでこうなるような欠陥術式じゃない。
私の腕がこうなったという事は、つまりそういう事なんだ。
「……ははは」
自然と笑いが溢れた。
自分の身でも一部感じてより実感する。
ゼロ距離での衝撃波……馬鹿みたいな威力だ。
こんなものまともに食らって、ピンピン生きてられてたまるか。
致命傷だ致命傷。
「……ダメだ、変な慢心するな私」
私はなんとか体を起こして立ち上がる。
……少なくとも、結界はまだ張られたままなんだ。
それはつまり写身が死んでいないことを意味する訳で……油断はできない。
「さて、此処からどうす……いってえ」
少し動いただけで両腕だけじゃなく全身から激痛が走る。というか何もしていなくても痛すぎて苦しい。
どうするも何も、こんな状態で何ができるのかな。
動ける事には動ける訳だし、満身創痍の写身が出てきたら死ぬ気で蹴りでも叩き込んでみる?
……できれば、もう動けない状態だったらいいんだけど。
そういう事だったら……良いな。
そしたらホーキンス大尉には悪いけど、トドメと消し飛ばす作業は兄ちゃん達に任せよう。
そうだ、兄ちゃんに任せよう。
この一ヶ月で写身を消し飛ばす術も覚えた訳だし、経験は積める時に積んだ方が良い。丁度いいや。
そう考えていた時だった。
「ぇ……?」
目の前に、写身がいた。
片腕が吹き飛んでいて、それどころか左半身の一部が抉れている。そんな状態で、普通に考えて動ける訳が無い状態で。
どこからか距離を詰めてきた写身が……拳を構えて目の前に居た。
そこまでは、理解できた。
「ガ……ッ」
腹部に拳が叩き込まれると同時に、鈍い声が口から漏れだした。
気が付けば激痛と共に視界が揺れ、体が宙を舞う感覚に包まれ、何かにぶつかったと衝撃で認識した次の瞬間には、再び目の前に現れた写身に上半身のどこかを蹴り飛ばされた。
どこを蹴られたのかすら判断が付かない。
だけど壊れちゃいけない臓器が壊れたような感覚が全身を走った。
体を内側からぐちゃぐちゃにされたような、そんな感覚。
地面を跳ね転がりながらそんな感覚を感じていた時……空が明るくなったのが見えた。
目の前で起きていた事に理解が追い付かなくても、それが何を意味するのかは理解できた。
でもその事で……安心できたりだとか、そんな事は一切なくて。
気が遠くなるような激痛の中で、明確な自分の死が見えてしまっていた。
徐々に、徐々に鮮明に。
強く激しく単純に。
他の事が全部分からなくなる位に、ただ死にたくないという感情だけが復唱され始めた。
「──!」
誰かが何かを叫んでいるがよく聞き取れず、目の前の景色すらもうまく処理できず。
痛いのは嫌で、怖いのは嫌で、苦しいのは嫌で、どうにかして自分の命を繋ぎたくて。
そんな剥き出しになった生存本だけが、自分の中で曝け出された。
そして……まるでそれに答えるように、体から痛みが引いて行くのを感じた。
「……ッ!」
息を飲むような、声にならない声が聞こえた。
兄ちゃんの声だ。
目の前の光景も脳が正しく処理し始めた。
兄ちゃんが見た事が無い程困惑した表情で、私を見下ろしている。
そんな兄ちゃんに、自然と右手を伸ばした。
手を握って貰って安心したかったんだ。
……伸ばせていた。写身に圧し折られていた筈の右腕を。
「……ぁ?」
その光景がどうしても理解できなくて、自然とそんな間の抜けた声が漏れ出た。
だけど徐々に鮮明になっていく思考が、嫌でも私の腕に起きている事を理解させた。
「ぁ……ぇ?」
嫌でも私の全身に起きている事を理解させた。
そしてその答えそのものを、兄ちゃんが震えた声音で呟く。
「……お前、なんで怪我が治って…………これじゃまるで……」
その言葉の続きは、言われずとも脳裏を駆け巡った。
駆け巡り、とにかくそれを……否定したかった。否定しなければならなかった。
「ち、ちが……違う…………違う!」
兄ちゃんにも……何よりも、自分自身にも。
「違う違う違う違う違う!」
叫びながら、動いた右手で自然と頭を抱えた。
抱えられた。
もう動くのは分かっていた。
だけどその事実が。
自分を守るように頭を抱えたその腕が。
逆に不自然なままに治癒されない、衝撃波の魔術弾により粉砕骨折した左腕が。
酷く鋭利な刃物となった。
「ひ……っ!?」
その手を思わず自身から遠ざけるが、それで何かから逃げられるわけでも無くて。
現実が何か変わった訳でもなくて。
淡々とどこまでも追いかけてきていて。
それからどうしても逃げられなくなった今、半強制的に受け入れざるを得なくなった中。
「……ッ」
次にどうしようもなく恐ろしく思えたのは、目の前で立ち尽くす兄ちゃんだった。
此処から先の表情の変化が。
声音の変化が。
向けられる言葉が。
その全てが恐ろしくて仕方が無かった。
そう思ったら、頭の中がこの場から離れる事で一杯になって。
私は左腕を抑えてその場から無我夢中で逃げ出した。
気持ち悪いぐらいに元気一杯に動く全身を駆使して。
「……ッ! リタ!」
まだきっと何が何だか分かっていなくて、兄ちゃんが名前で呼んでくれている内に。
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