3

「……」


 確信した。

 アイザックさんの真意は読めないけど、この人はこの非合理な選択を変える事は絶対に無い。

 何がどうなっても、私をこの戦いに参加させないつもりだ。

 …………だとしたらこれ以上話しても無駄だと思う。

 私は全力で、アイザックさんの拘束を振り払った。


「……ッ!」


 簡単だ。

 その気になればやれる。


「先に行ってます。サキはお爺ちゃん連れて此処から早く逃げて」


「ちょ、りっちゃん!」


「リタ!」


 サキと兄ちゃんが呼びかける声を聞きながら踵を返し、写身の出現ポイントに向かって全力で走り出した。

 これで良い……これで良い!

 私が突っ走って皆が付いてくる。結果四対一。これが今考えられるベストな選択だ!

 あんな得体の知れない化物に三人だけで戦わせる訳にはいかないんだ!


「待つんだリタ!」


 アイザックさんの声が後方から聞こえ、走りながらそちらに一瞬視線を向ける。

 想定通り合流したミーティアさんを含めた三人で私を追ってきていた。

 その距離が縮まる事は無い。

 単純な移動速度も私が一番速いから当然だ。

 寧ろ開く。

 多分追い付かれると止められそうだから、此処はこのまま少し距離を離そう。

 それからあの写身に先制攻撃を叩き込んで、状況を少しでも優位にしてから合流。それでいく。


 そんな風に脳内でシミュレーションを行いながら、しばらく走り写身との距離を詰めていく。

 幸いあのデカブツはまだ動かない。

 依然立ち尽くしたままだ。

 その場でこちらを遠距離から迎撃してくる事もない。

 まさしく檻だね。

 ……可能ならその檻ごと破壊する。


「あれで行くか」


 そう呟きながら、普段よく使っている魔術弾とは別種の術式を構築する。

 より高威力の魔術弾。

 着弾地点で炸裂し強力な衝撃波を発生させる術式。

 実践で使うのは初だ。


 なにせ破壊力は高いものの、術式の構築までに時間が掛かる上に弾速が遅い。

 固い相手はもれなく速いので、実質的に強固な結界を破壊する位の用途しかないコイツの使い所がきっと此処だ。

 動かないデカブツをこれで叩く。

 可能ならば写身ごとぶち抜く。

 その為にも強化魔術と魔術弾の術式を構築するのと並行して新たに魔術を発動。


 姿を隠した写身を発見する為の探知魔術。

 これの反応が有った所が、ぶち抜くポイントだ。


「……見付けた」


 反応が有ったのは遥か上空。

 あのデカブツの頭頂部。

 あそこに写身が入っている。

 いや、乗っているって言った方が正しいのかもしれないけど。

 まあ細かい事はどうでも良いよ。とにかく上だ。


 そして残り百メートル程まで距離を詰めた私は、全力で跳び上がると同時に正面に結界で足場を展開。

 それを蹴り進みながら急接近しつつ、デカブツの顔面の高さまで到達した。

 距離5メートル。右手を突き出し……最大出力で術式を発動。


「ぶち抜け!」


 次の瞬間、放った魔術弾はデカブツに向けて飛んでいき着弾。

 そして次の瞬間には轟音と共に激しい衝撃波が発せられる。


「……ッ!」


 その衝撃の余波に煽られように、少し後方に飛ばされながらデカブツを注視する。

 さて成果は。


「……及第点ッ!」


 正真正銘私の最大出力の一撃をぶち込んで、デカブツの頭部には大穴が空き、中身が曝け出された。

 椅子に座り、両手でそれぞれレバーを握ったホーキンス大尉の写身が。

 ……なんだか分からないけど、あれでこのデカブツ動かすつもりだったのかな?


 だけど多分その仕様が功を制した事は分かる。

 写身は自身の武器としてこのデカブツを出現させた筈で、頭の中で本能的にこの武器を使ってやれる事を理解できている訳だ。

 そんな状態で理解している事と現実にズレがある。

 そのズレが術式の解除や別の術式での脱出という選択肢を、知能指数の低い写身から奪い取った。

 まあ出て来るまでには時間の問題だっただろうけど……少なくとも、私の到着までは持った。


「……此処からだ」


 そう、此処から。

 写身は肉眼で私を捉えた。それが多分コイツの行動パターンに影響を齎す。

 此処からは従来通りの写身との戦闘方式だ。

 ……まだ皆がこっちに来るまで少し掛かる。

 その間に倒しきるなんて高望みは今回はしない。

 全身全霊を持って削――、


「……ッ!?」


 思考が遮られ、咄嗟に構えた両腕に激痛が走った。

 瞬間移動と錯覚する程一瞬で距離を詰められ、獣の様な荒々しいモーションで右拳を振るわれた。

 それだけの速度……一か月前の術師体を上回る速度を叩き出す肉体から放たれる拳は、鋭く重く、受け止めた腕が鈍く軋む。


 そしてそのまま勢いを乗せられたように物凄い勢いで弾き飛ばされ……次の瞬間には背中への激痛。

 例えるならば、壁に体当たりでもかましたような衝撃。


「なん……ッ」


 壁の様な物に、一瞬だけ視線を移す。


「……結界?」


 私の背に……というより私の背を縁にして、いつの間にか半径五十メートル程の黒いドーム状の結界が展開されていた。

 外の景色が見えない程の極黒。

 いつの間にかデカブツが消滅している事を考えると、デカブツを作っていた分のリソースをこっちに回して来たっぽい。

 ……私に追撃を加える為だけに。


 いや、多分違う。

 失敗作の術式とかいうイレギュラーに縛られでもしてなければ、戦闘の組み立て方なんかは元の人間にある程度依存する。

 だとしたらある筈だ、何か……。


「兄ちゃんたちか……ッ!」


 遅れてこっちに向かっていた三人の存在を察知し、私と分断したんだ。

 この戦闘を一対一に持ち込む為に。

 分析を終えた瞬間頭上に結界を作り、掌で押して急落下。 接近してきた写身の拳を躱す。


「……最悪だ」


 その最中、思わずそんな言葉が零れる……強烈な悪寒と共に。

 この状況は不幸中の幸いと言って良い筈だ。

 もしも三人がこの写身と接触し同じような事が起きていたら、この洒落にならない速度と力を持った写身と暫くの間三人で戦わせる事になっていた。

 皆の力を見くびっている訳じゃないけどそれは駄目だ。


 だからこの状況に陥ったのが私なのは、考えられるパターンの中で比較的マシな部類。

 それでも悪寒がするのは、そのマシな部類である筈のこの状況を最悪と捉えているからだ。


 一発、いや実質二発喰らって、これまでの人生の中で一番命の危険を感じている。

 まず間違いなく、これ以上怪我を負わずに帰るなんて腑抜けた考えが通用しない事が直感的に理解できてしまう。

 でも、だからこそ。


「歯ぁ食いしばれ私!」


 ネガティブな感情を頑張って抑え込み、少しでも状況を好転させる事に脳のリソースを使う。

 死なない為にも。

 写身なんかに負けない為にも。

 少しでも心配を掛けさせない為にも。

 今は無理矢理にでも前向きに思考を回せ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る