2
…………拳銃!?
「退くんだリタ!」
状況が飲み込めないでいる私に鬼気迫る声でそう叫んだアイザックさんは、反射的に退いた私と位置を入れ変わり、その手の拳銃を蹴り飛ばす。
「……何……を……ッ!」
「それはこっちの台詞だなんて事を言うつもりはない! やろうとした事は分かってる……分かっているんだ……ッ!」
「……ッ」
ホーキンス大尉の行動を見て、アイザックさんの言葉を聞いて。
ようやく彼らが隠した対策の中身が理解できた。
写身は元となった人間から生命力を吸い上げる事でこの世界に存在する。
つまり最悪なやり方のひとつではあるけれど、どれだけ強い写身でも元となった人間が死んでしまえばやがて自然消滅するんだ。
「分かっているなら……銃を……ッ!」
ホーキンス大尉は声を絞り出す。
「あの時使った小規模な力……だけじゃない。もっと大規模な力だって私は……使える! そんな力を使われたら……世界のどこかで人が死ぬぞ!」
「……」
「更に身元が……割れれば……国際問題だ! その前に……ッ」
「だから分かっているんだそんな事も……ッ」
アイザックさんは聞いたことが無いような苦しそうな声音でそう言った。
「……ッ」
そして私は何も言えない。何をすべきなのかも分からない。
ホーキンス大尉の言う通り、このままじゃ写身が甚大な被害を齎しかねない。
この世界の何処に現れたかすら分からない以上、その規模の想定すらもできないんだ。
もしもこの状況でそんなリスクを最小限に抑える方法があるのだとすれば。
そう考えていると、自然とアイザックさんに蹴り飛ばされた拳銃に視線が向いてしまう。
……いや、ふざけんな。駄目に決まってんじゃんそんなの。
経緯はどうであれ、写身なんていう世界の異物なんかの為に人が死ぬなんてのは絶対に駄目だ。
でも……じゃあどうしたら……ッ!
そうやって、私を含めこの場の誰も答えを出せないた……その時だった。
「すみません! さっきスーツの人が入っていきましたけど滅魂師の人ですか!?」
店の中に慌てた様子の、聞き慣れた声が響き渡った。
「さ、サキ!?」
「りっちゃん!? って事はやっぱり皆さん滅魂師だ!」
店の中に入って来たのはまさかのサキだった。もしかしたら店の手伝いにでも来ていたのかもしれない。
そんな事より……その表情から、確実に良くない事が起きたんだという事が察せてしまう。
「……ッ! に、兄ちゃんホーキンスさんの事お願い!」
「お願いっつったって……」
困惑する兄ちゃんと入れ替わるようにサキの方に駆け寄ると、そんな私を手招きするように、外へと出たサキはこの近くの林道の方面を指さす。
「見て! あれ!」
「一体何が……は?」
そうして飛び込んできた光景を見て、そんな間の抜けた声しか出てこなかった。
それだけ理解に苦しむ光景が、私の視界に飛び込んできたんだ。
「何あの馬鹿デカイの……」
一キロ程離れた所に位置した林道に、全長四十メートル近い馬鹿デカイ人型の何かが居る。
岩……というより機械。
鉄の塊とでも言うべきなのかもしれない。
当然さっきまではあんな理解不能な物は、そこには無かった。
「はえ? え? 何あれ!? サキあれ何!?」
「わたしに聞かれても分かんないよ! どっちかっていうとりっちゃん達の専門分野じゃないの!? ピカって凄い光ったと思ったらいつの間にか出てきてたし、あれ魔術だよね!」
「い、いきなり出て来たんなら魔術なんだろうけど……」
でも誰が何の為に……いや、術師体? でも術師体だとして、元となった滅魂師はあんなの作ってどうやって写身を駆除するつもりだんたんだ……いや、ちょっと待って!
……本当に写身を相手にする為の術式?
一気に血の気が引いて行くのが分かった。
「……ッ!」
私は再び店の中に戻って言う。
「兄ちゃんかアイザックさん! その人担いで外出て!」
「この人を? ちょっと待てまさか……お、俺が担ぎます。二人は先外へ。店主さんも避難する準備を!」
兄ちゃんも、そしてアイザックさんもミーティアさんもそれぞれこちらの状況を察してくれたみたいで、各々迅速に動き出す。
そして再び一緒に外に出て礼のデカブツを指さすと、まず先に出て来た二人が反応を示す。
「なんだアレ……でけえ……ッ」
「これは……大尉、単刀直入に尋ねるけど、あれはあなたの術式で間違いないかい?」
「…………ああ。九割九分、その筈だ。あんな碌でも無い物、そう何人も背負っていてたまるか」
兄ちゃんに担がれて外に出て来たホーキンス大尉は力ない視線でデカブツを一瞥した後、静かな声音と共にそう頷いた。
確定だ。あれにはホーキンス大尉の写身が関わっている。
つまり現状絶妙に人気の無い所に出現してくれたとはいえ、天文学的な確率を潜り抜け最悪な写身が私の地元に出現してしまったという事になる。
「……」
だけどアレが町で暴れたらと考えて血の気が引いて行くのと同時に、不思議な位に気が楽になっていく感覚もあった。
「だったらアレ倒せば全部丸く収まるね」
倒れたホーキンス大尉の前で地獄の様な空気が流れていたのは、最悪な手段以外に解決策が無かったからだ。
だけど今回、天文学的な確率を潜り抜け、写身は私達のすぐ近くに現れてくれた。
そりゃ気分も楽になるよ。
写身なんていう救いようの無い加害者の好きにさせずに済ませられるかもしれないから。
「……よし」
とにかく何も取りこぼさない為にも。何も与えない為にも。
一分一秒でも早くホーキンス大尉の写身を駆除する。
そう考え、強化魔術を発動した時だった。
「待つんだリタ!」
アイザックさんに腕を強く掴まれる。
振り向くと酷く焦った表情でこちらに視線を向けている。
「今何をするつもりだった!」
「何って、あんなのが出てきてるんですから一刻を争いますよねこの状況」
そして多分、今は好機だ。
「それに今、どういう訳か写身に動きが無い。叩くなら今ですよ」
写身にまともな知性は無い。
非常に攻撃的で、その場で無差別に暴れまわる。
だけどあの写身はそうじゃない。
多分暴れまわる一環であのデカイのを作り出したんだと思うけど、そこからのアクションが無いんだ。
ただ巨大な図体でその場に立っているだけ。
「……そこの娘の言う通りかもしれん」
私の言葉に賛同するようにホーキンス大尉は言葉を絞り出す。
「私の任務は……帝都で作られた魔術を、試運転する……テスターだ。だが……あんな目立つ術式のテストは……この片田舎でも、どうやっても秘密裏に試運転できる訳が無い。だから頭を抱えていた……訳だが。あれが結果……だ」
苦笑いを浮かべながら、彼は言う。
「どうやら欠陥だ……ああなったら解除も手探り……それを……元となった私も……経験、していない事を……知性の無い、写身に……すぐにできるか? 今のアレは……檻だ」
「だそうですよ、アイザックさん」
だから離してくれという気持ちが伝わるように軽く腕を動かすけど、それでもその手は離れない。
そして離さないまま、ミーティアさんに指示を出す。
「ミーティア、今すぐ支部に連絡を。現状を通達後、軍用魔術を使う術師体を相手にする覚悟がある者だけという条件を必ず付けた上で、非番の者も含め動かせる人員を全員こちらに回してくれ。可能な限り総力戦だ」
「おう。あ、私は大丈夫だからな!」
「ありがとう。ロイは?」
「滅魂師として引ける訳無いでしょうこんなの」
「……そうか。まだ一か月の新人を参加させるのは気が引けるが、キミはリタと同じくウチの主力だ。助かるよ」
そんな風に悠長に兄ちゃんにも意思確認を行うアイザックさんに私は問いかける。
「他の皆が来るまで待機するつもりですか?」
「まさか。実際好機なのだろう。術師本人もそう言っているみたいだからね。皆を呼んだのは二の矢、援軍だよ……リスクはあるがまずは僕らでアレを叩く」
アイザックさんはホーキンス大尉に言う。
「迷わず自害という選択を取ろうとしたキミが今進む事を好機だと言ったんだ。滅魂師の魔術でも勝算がある。そうだろう?」
「……一か月前の術師体を倒せたのなら、な」
「そうか」
アイザックさんはその言葉に頷くが、やはり私の腕を掴んだままだ。
あの時、多分色々な事を考慮しなければ私一人でも倒せた写身の話が挙がっているのに。
……と、明確にその一か月前の事を思い返して、その手の意味を理解できた。
すぐに飛び出そうとした私の判断が間違いだったとは思わないけど……アイザックさんの言いたいであろう事も理解できた。
「この手を離さないのって、せめてミーティアさんを待てって事で良いですかね?」
あの時私が一人で飛び出した理由は二つだ。
一つはそもそも皆と別行動だった事。
二つ目は主席とはいえ入隊式すら済ませていない兄ちゃんを、術師体相手に戦わせたくなかったから。
だけど今はアイザックさんも居て、ラーメン屋の電話を借りに入ったミーティアさんも多分すぐに帰ってきて。
そして兄ちゃんは優秀だからこの一か月で更に成長している。
背中を預けられる。
……うん、この前皆に心配されまくったばかりにしては前のめり過ぎた。
反省しよう。
「私一人で突っ込むんじゃなく、この四人で行くぞって。そういう事ですよね」
「……」
「……アイザックさん?」
多分私は正しい答えを出せた筈だ。
そして多分アイザックさんなら、今の私がもう一人で突っ込んで行かないだろうって事も分かってくれる筈だ。
だけど手が解かれる事は無く……表情は険しく、沈黙も重い。
そして間を空けてから、アイザックさんはその重い口を開いた。
「いや、あの術師体への初動対応は僕とミーティア。そしてロイ。この三人で行う」
「……は?」
言っている事の意味が分からなかった。
確かにこの人は意味の分からない事、滅茶苦茶な事をよく口にして主にミーティアさんにシバかれてる。
だけど真面目な時、本当に大事な時の発言は、普段からそうしろよと笑ってしまう位に真面目な事を言うんだ。
だけど今回ばかりは本気で意味が分からない。
「リタ。キミにはそこのキミの友達と大尉。それとラーメン屋のマスターを連れて此処から離れて貰う。そして大尉が誤った事をしないよう見張っていて欲しい」
「いや、いやいやいやちょっと待ってください!」
私は思わずアイザックさんを睨め付け、怒気の混ざった言葉を吐き出す。
「自惚れかもしれないですけど、私62支部で一番強いですよね!」
「ああ、自惚れじゃないさ」
アイザックさんは、その手と矛盾するような肯定の言葉を私に掛ける。
「僕が知る限りリタ程才能溢れた滅魂師なんてマコっちゃんぐらい。そして人一倍努力だってしているんだ。もし62支部じゃなくマコっちゃんの所へ行っていれば今頃最年少で中等辺りになっていてもおかしくない逸材だよ。だからウチだけじゃなく、滅魂師全体でみてもキミは相当な上澄みだ」
「だったら!」
だからこそ。
「私が行かないのはおかしいでしょ! 寧ろ率先して前へ出るべきだって!」
「……」
アイザックさんは何も答えない。
その手の力も緩まない。
ただ一切意思が揺るいでいない事は、目を見れば明らかだった。
「あの、これはリタの兄としてではなく一人の滅魂師の意見として聞いてください」
考えが読めないのは兄ちゃんも同じなようで、どこか複雑な表情を浮かべながらアイザックさんに言う。
「今は少しでも大きな戦力が要ります。そしてリタへ指示した事は俺達三人の誰だってできる事です。リタにしかできない事を頼んでいるならまだしも、それはあまりに合理性に欠ける」
「それでもだ」
アイザックさんは険しい表情で、それでも強い意思の籠った声音で告げる。
「リタをこの戦闘には参加させない。後続の部隊に参加する事も許可しない」
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