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「以上が僕達がひた向きに働いている裏で行われていたと思われる軍の不正の一端だ」
非番の隊員も兄ちゃんの入隊式を行う為に全員揃っていた事もあり、簡易的な入隊式が行われた後、緊急ミーティングが始まり、アイザックさんは「これ態々書く必要無くね?」ってなる程度の情報量の文章が書かれたホワイトボードを軽く叩いてそう言った。
うん、これあれだ。ホワイトボードを叩いてそれっぽい事を言った感を演出したいが為に用意した感がある。
きっとそうだ、アイザックさんだし。
だけど話している議題そのものは至極真っ当で、想定通り洒落にならない話だった。
そんな話を聞き終えた跡、隣で議事録を作っていたミーティアさんがダルそうな表情と声音で指摘する。
「僕達で一括りにするなよ。表でお前が働いてる事あんまりねえだろ。まるで勤勉みたいに言いやがって」
「よしたまえ! 折角まっさらな状態の新人君が居るというのに」
「すみません。実を言うと自己紹介前からくすみ出しています」
「なんという事だ……」
頭を抱えて項垂れるアイザックさんだけど、慣れているというかそもそもダメージが入っていないというか、とにかく頑丈な人ではあるのですぐにケロっと柄に合わない真剣な表情を浮かべ直す。
少しはダメージを受けろ。受けてくれ頼むから。
……まあアイザックさんのメンタルの話はともかく、結構大変な事になってるっぽい。
アイザックさん曰く、九割九分殺傷力を有した魔術があの場で使用されているそうだ。
確実にではなく九割九分というのは、あくまでアイザックさんが有しているのは状況証拠だけであり、決定的な証拠がどこにもないからという事だそう。
魔術の使用そのものに痕跡が残る訳でもなく、本人も認めず何より目撃証言もない訳だから。
多分だけど口止めされているんじゃないかな。
命を救って貰った事実がある以上、そう簡単に口を割ってくれる人は居ないだろうし。
つまり本当に何もなく、それどころか無いのは証拠だけではない。
「さて、どうするべきか……」
「どうしようもねえんじゃねえの?」
ミーティアさんは冷静な声音で言う。
「別にあーしらはそういうのを取り締まる機関って訳でもねえ。それは本部の連中も同じだろ。軍の上に話入れようにも、多分ズブズブだろこれ」
「……だから面倒なんだ」
ミーティアさんのいう通り、私達は魔術を使って写身を駆除する事が仕事な訳で、国内法や国際法を違反している個人や団体を取り締まるような機関じゃない。
寧ろ軍がそういう役目を担っている訳で……あくまで現状、写身を駆除する側の人間がリスクを訴えてその行動を咎め、向こうはそもそも認めなかった。
残念ながらそこで話は終わりで、これ以上先へ進む事はできない。
自分達に根本的な解決ができる話ではない。
……アイザックさんは何とかするべきだと考えているみたいだし、だからこそ踏み込んだんだろうけども。
自分達のトップがそういう事をするかもしれない人間だと分かった上で、あの場に居た皆は時間稼ぎみたいな行動をしていたんだろうけど。
そしてそのアイザックさんは言う。
「とにかくこの一件どうしようもない話を、態々非番の皆まで招集してこのミーティングで取り上げた理由は三つだ」
アイザックさんは指を三本立てて言う。
「まず一つ。今日の事で軍の方からこちらに突っかかってくる事があれば、迷わず僕に責任があると主張する事。あくまで彼の行動やその後ろにある闇に異を唱えたのは僕だからね」
その言葉を聞いて軽く周囲を見渡すが、誰も納得した表情を浮かべていない辺り、なんだかんだ人望有るんだよなこの人って感じ。
私も多分そんな簡単に折れないし。
「そして二つ目。正直僕らにどうこうできる話じゃない以上、答えなんて初めから無いのかもしれない。ただ何とかできるならした方が良いのは間違いないからね。何か思い付けば知恵を貸してほしい。これは第62支部の支部長としてというよりは、僕個人としてのお願いだ」
その言葉を聞いてもう一度軽く周りを見渡すけど、皆何かを考えるように難しい表情を浮かべている。
なんだかんだ人望あるんだよなこの人って感じ……しかし何も思い付かないな。
「そして三つ目。此処からが一番重要だ」
アイザックさんは小さく咳払いをしてから言う。
「これまで少なくとも公式の記録では、軍事用に調整された魔術を使う写身は観測されていない。だがこうして軍の、しかも末端と言って良い片田舎の軍人が魔術を使用していた以上、今後そういう写身が出現する可能性は大いに有り得る。国内外問わず大切なルールがどこまで守られているか分かった物じゃないんだ。つまり人類と写身の戦いは残念ながら次のステージに進んでしまっていると考えるべきだね」
だから、とアイザックさんは言う。
「皆もそういう可能性を想定して気を付けるように。普通の術師体でも厄介なのに、戦いを挑んだ結果それ以上に厄介な相手である可能性がある訳だから」
そう言ったアイザックさんは、こちらに視線を向ける。
「兄ちゃん、これあれだよ。新人は特に気を付けろって事だよ多分」
「いやキミだよリタ……」
言われて周囲を見渡すと、この場に居る全員が深く頷いている。
……うん、私人望無いなぁ。
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