三分咲き

 「わぁ! 綺麗なお花だぁ!」

と一際明るい声が赤く染まり始めた廃校舎の前庭に響く。それに応えるように「ワン!」と犬も一声鳴く。小学生くらいの少年は困ったように、

「カイのせいでこんなところまで来ちゃったよ。ここ、どこ。帰り道わかんないよ。おばけでそうだよ。」

と涙声になりながら言う。それを聞き放っておけずわたくしは声をかけることにした。

「どうしたの。大丈夫?」

と。その少年は尻もちをつき、怯え、「お、おばけだ。」と叫ぶ。少年の犬は私に向かって牙を出し、低く唸る。物陰から急に現れ、声をかけてくるなんて状況、こうなるのも当たり前だろう。それにしてもこの犬は忠犬だな。飼い主の思いを汲んですぐさま守ろうとしている、などと少しくだらないことを考えつつ、

「ごめんね。急に変な人が出てきて怖かったよね。おばけではないよ。ほら。」

と近くの大木に触れる。それでも訝しんだ表情をしている少年を見て、少し歩いてタンポポを摘み取ってみせる。これでも警戒は解けないか、と思い少年の愛犬カイへと触れた。最初カイは「何だお前は。飼い主に手を出すな。」といった表情をしていたが、ずっと撫で続けると徐々に「あぁ、コイツ安全です。ご主人様、安心してくだせえ。」と言うように尻尾を振る。それを見て少年もフッと肩の力を抜く。

「わかってもらえたかな。」

と私が聞くと、

「うん!」

と少年は大きく頷き、

「お姉ちゃんは何でこんなところにいるの。」

と問う。私は微笑みつつ、言う。

「ここの大きな木に咲くあの花を見に来たんだよ。」

「そうなんだ。僕ね、カイとお散歩してたの。それでね、気がついたらここまで来ちゃったの。」

と言う。ここから少年の質問攻めが始まった。「お姉ちゃんの好きなものは何?」、「友達は何人いる?」、「犬は好き?」などなど。さすがにこのままでは少年の帰る時間が遅くなってしまう。だが私はこの少年に好奇心を抱いてしまった。

「私のことだけじゃなくて君のことも聞きたいな。」

とそう言ってしまった。少年はそれを待っていました、というように大きく頷く。攻守交代といった形となった。私は少年と同じような質問から始める。少年は全ての質問に食い気味に答えていく。ただ、「友達は何人いるの。」と聞いたときだけは少しトーンが落ちて、「たくさん、いるよ。」と短く返した。プカプカと池に浮かぶ葉が雨に打たれ底へと沈んでいくようで私は見過ごすなんてことはできなかった。

「お友達と何かあったの。」

と問う。少年は図星を突かれ、「何でわかったの。」とポカンとしている。カイが手にすり寄ると我に返りはっとした表情をする。そして、顔をくしゃっとして、

「ヒカルくんとケンカしちゃったの。」

と肩を落とし震える声で言う。

「どうして喧嘩しちゃったの。」

「あのね、僕ね、ヒカルくんと一緒に遊びたくて、ヒカルくんが持ってたボールを取ろうとしたの。だけどね、ヒカルくん、手離さなくて、もういいやって手を離したの。そしたらね、ヒカルくん尻もちついて、僕のこと『大嫌い! もうハヤテは友達じゃない! 話しかけないで!』って…。」

そこで少年は口をつぐむ。絡まった毛糸のような思いを内に閉じ込めるように。ただ目からはそれが水となって溢れ出てきている。私がそっと頭を撫でて少しすると、

「あのね、僕、悲しいの。大嫌いって。僕、ヒカルとまた仲良くしたいよ。」

と天然のダムが決壊するように体の奥底から蓋をした思いが少年の口から飛び出す。

「君はどうしたらいいと思う。」

サァーと風が木の葉を揺らす。

「僕、謝る。けど……聞いてくれるのかな。ヒカルくん、話しかけないでって…。」

私の問いかけに不安げに答える。

「大丈夫。聞いてくれると思うよ。君が思っているように、きっとそのヒカル君も仲直りしたいと思っているよ。」

と思ったことをそのまま口にする。まだこの少年の年齢ではきっと、よくあることだろう。その時は大人がそっと相談に乗り後押しをするだけだ。曇りが晴れた顔をした少年は「うん!」と大きく返事をし、

「明日、謝ってみる。」

と言う。

「そうだね。どうなったかはまた一年後、この場所で聞かせて欲しい。待っているよ。」

「…わかった。じゃあね、お姉ちゃん。」

と一瞬頭をかしげたが元気よくカイに連れられ、駆け出す少年へ

「気をつけて、お家に帰るんだよ。」

と私は日が沈み星の海となった街へ帰る少年を見送った。あの純粋さ、眩しさはこの頃だけのものだ。歳を重ねてわかる。あの頃は清く何にも染まっていなかった。少年が一体何者になっていくのか私はここで見守ろう。叶うことならまた一年後、さらに数十年後にもまたここへ足を運び顔を見せてくれることを願う。

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