第4話 勇者、武具を買いに行く。
公爵は机の引き出しから、重そうな革袋を取り出した。
「―勇者殿、必要であろう。武具代だ」
どさりと置かれた袋から、金貨がじゃらりとこぼれ出す。
「おお……! 助かります!」
慶吾は思わず両手を合わせた。
だが安堵も束の間、公爵は次々と袋を積み上げていく。
「剣だけでなく、鎧も必要であろう」
「いや、まあ……」
「盾も買うがよい」
「持てるかな俺!?」
「靴も大事だ。滑って転んで死なれては困る」
「靴代!?」
さらに公爵は真顔で言った。
「……あと、もし道中で“見た目が冴えぬ”と言われたら面倒だ。美容院代も渡しておこう」
「必要ねぇだろそんなの!」
机の上はあっという間に金貨の山。
横でリリエッタは優雅に頷き、袋をすいすい抱え込んでいく。
「ありがたく使わせていただきますわ、お父さま♪」
「よし。勇者殿には特別に“おやつ代”もつけよう」
「小学生か俺は!?」
慶吾は頭を抱えた。
(いや、もらえるのはありがたいけどさ……これじゃ俺、異世界勇者ってより“遠足に送り出される子供”じゃねぇか!)
「では、これらはすべてわたくしが責任を持って管理いたしますわ」
リリエッタは当然のように金貨の山を抱え込み、膝の上で小気味よく袋を整列させた。
「いやいや待て、普通勇者に渡すんじゃねぇの!?」
「勇者殿は戦いに集中していただければよろしいのです。お金の管理は“淑女のたしなみ”。わたくしにお任せくださいませ」
「いや絶対ろくなことに使わねぇだろ!」
慶吾が抗議するも、公爵は満足げに頷くだけ。
「さすが我が娘だ。勇者殿は安心して戦えばよい」
(……完全に俺より信用されてる!?)
使用人たちは後ろでこそこそ囁き合う。
「……またお嬢さまのお小遣いが増えましたな」
「前回も“ケーキ代”で消えましたのに……」
「ですが公爵さまが笑顔でお許しになるのですから、我々は何も……」
リリエッタは涼しい顔で袋をひとつ抱き上げ、ぱちんと紐を結ぶ。
「では、まずは必要な品を揃えに参りましょう。……もちろん、私の好みのお店から♪」
こうして二人が向かったのは、武具店ではなく――
入口からしてピンクの外装、窓越しにキラキラ輝くユニコーン像が飾られた、やたらメルヘンな店だった。
慶吾は看板を見上げ、言葉を失う。
(……“ユニコーンと虹の雑貨店”? どう見ても武具屋じゃねぇ……!)
リリエッタはご満悦に胸を張る。
「勇者殿の装備も、せっかくなら可愛らしくなければ♪」
────────────────────
店の扉を押し開けると、カランカランと鈴の音が鳴り、甘ったるい花の香りが広がった。
壁にはユニコーンのぬいぐるみ、棚には虹色の宝石がずらり。とてもじゃないが武具屋の雰囲気ではない。
「いらっしゃいませ~! 本日は“勇者さま応援フェア”ですよ♪」
小柄な店員がにこやかに迎える。頭にはユニコーンの角カチューシャを装着済みだ。
「……応援フェアって何売る気だよ」
慶吾は小声でぼやいた。
一方リリエッタは瞳を輝かせ、棚に駆け寄る。
「まあ、見てください勇者殿!この盾、素晴らしいですわ!」
慶吾の目に映ったのは――真っピンクに塗られ、中央にハート型のエンブレムが輝く丸盾だった。
「……いや、戦場で使ったら敵が笑って剣を振れなくなるやつだろこれ」
「立派な戦術ではなくて?」
リリエッタは悪びれもせず微笑む。
「戦術っていうか羞恥プレイだろ!」
さらにリリエッタは別の棚から鎧を取り出した。
それは虹色に光沢を放つ、ユニコーンの羽根を模した肩飾り付きの鎧。
「ふふっ、勇者殿にはこれがぴったり♪」
「ぴったりっていうか俺が着たら“遊園地のマスコット”だろ!」
「でも、光を反射して目くらましになりますわよ?」
「いや目くらましされるのは俺の社会的評価だよ!!」
店員はにこにこと説明を添える。
「こちらは最新作の《ラブリースマイルシリーズ》でして、戦場を華やかに彩ること間違いなしです!」
「戦場は華やかにしなくていいから!」
しかしリリエッタは財布─いや、公爵から預かった金袋をすでに手にしていた。
「では、この盾と鎧をまずは―」
「買うなぁぁぁぁ!」
────────────────────
リリエッタは今度は棚の奥に並んでいた魔道具に目をとめた。
黒曜石のように輝く杖、刃の部分に青白い魔力が走る剣、宝石が埋め込まれた指輪―どれも見た目は一流の冒険譚に出てきそうな代物だ。
「おおっ……! これぞ冒険の必需品!」
慶吾は思わず前のめりになる。
ようやく“まともにカッコイイ”装備に出会えたのだ。
「店員さん、これってどう使うんです?」
店員はにっこり微笑み、実演してみせた。
黒曜石の杖を掲げ、澄んだ声で詠唱する。
「らぶりー♡ハッピー♡シュガーポップキャンディ♡☆」
次の瞬間、杖の先から虹色の光弾が飛び出し、壁の的を木っ端みじんに吹き飛ばした。
「……」
慶吾は目を見開いた。
威力は確かに本物だ。だが詠唱のせいで格好良さがすべて吹き飛んでいる。
「……い、いや強いのは分かったよ!? でも、戦場でこれ叫ぶのか俺!?」
「勇者殿にはお似合いですわ♡」
リリエッタは手を叩いて笑顔を浮かべる。
「似合わねぇよ! 俺のイメージ崩壊だよ!」
別の剣も手に取ると、説明書にはこうあった。
――発動呪文──
《きらきら☆にゃんにゃん☆まじかるストライク》
「……ふざけてんのか、この世界の魔道具職人」
リリエッタはすっかり楽しそうに頬を染めていた。
「でも勇者殿、敵は威力で倒せますもの。呪文の恥ずかしさは気合で乗り越えればよろしいのですわ!」
「いや、“気合”でどうにかなる問題じゃねぇから!」
───
慶吾は剣や杖だけでなく、指輪やペンダントにも目をやった。どれも魔力がほとばしるように輝いている。
「こ、これなんかもすごそうだな……!」
青い宝石の指輪を指にはめてみる。
店員が説明する。
「発動の呪文は《キュア♡らぶりー♡ミラクルきゅん♡》です」
「……」
慶吾の脳内で、戦場のイメージが浮かんだ。敵の前に立ち、満身創痍で血を吐きながら――
『キュア♡らぶりー♡ミラクルきゅん♡ッ!』
……絶対に味方が笑って戦意喪失する未来しか見えない。
「……俺、これ使った瞬間に死より恥ずかしい思いするよな」
リリエッタはうっとりと両手を組み、「可愛らしくてよろしいではありませんの♡」と真顔で言った。
さらに奥には重厚な盾が飾られていた。表面には聖獣の意匠、神々しい光を放っている。
「これは勇者殿にぴったりです!」
とリリエッタが背中を押す。
慶吾は期待を胸に掲げ、発動呪文を確認した。
─《ごきげん☆ぴょんぴょん☆バニースマイル♡》
「いや絶対守れねぇだろこれ!? 守る前に俺の尊厳が崩壊するわ!」
極めつけは魔法書。革表紙に金の装飾、重厚な雰囲気が漂っている。
「これぞ大魔導士の書……!」
手に取った慶吾の目は輝いた。
だが最初のページに書かれていた呪文は――
《スーパーメルヘン♡プリンセス☆キラリン流星群♡》
慶吾は無言で本を閉じた。
「……もういい。俺、この世界で強くなる前に心が死ぬ」
リリエッタはにっこり笑い、さらっと言い放った。
「大丈夫ですわ勇者殿。戦場で叫べば、敵も味方も皆、幸せな気分になれるはずです」
「……いや、敵は倒すんだろ!? 幸せにしてどうすんだよ!?」
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