第5話 ギルドのママ登場 修正
結局、慶吾は街の大きな武具屋で装備を揃えた。
剣、簡易鎧、深緑のマント、そして丸盾。
派手さのかけらもない、実用本位の品々だが、慶吾は手に取った瞬間から妙な馴染みを感じていた。
「よし……これでいい」
装備に腕を通しながら呟く慶吾の姿に、リリエッタはくすりと微笑む。
「勇者殿は本当に落ち着いた色合いがお好きですのね。……ええ、とても似合っておりますわ」
リリエッタに褒められ、慶吾は視線を外した。
二人はそのまま冒険者ギルドへ歩いていく。
昼時の街路は賑やかで、冒険者たちの喧噪がギルド方向から流れてきた。
重厚な扉を押し開けると――
ドスドスドスドスッ!!
まるで建物全体が震えるような足音が、奥からこちらへ迫ってくる。
慶吾は反射的に一歩下がった。
「来ましたわね……」
リリエッタが小さく笑った瞬間。
「あらまぁ〜〜ん♡♡ リリエッタちゃ〜〜ん!!」
ギルド奥から、眩しいほどの光沢を放つボディコンミニワンピとハイヒール、そして分厚い筋肉の壁が歩いてきた。
その大きな腕をばっと広げ——
「お嬢〜〜!! 会いたかったわぁ!!」
「きゃっ……レリー、相変わらず力強いですわ!」
ハイヒールが“カツン”と音を鳴らすたびに床が軋み、抱きしめられるリリエッタは完全に埋もれている。
慶吾は呆然とその光景を見つめた。
「……あの……こちらが、ギルド長さんで……?」
リリエッタがようやく解放されると、筋肉の巨体はくるりと慶吾の方へ向き直った。
「そうよぉ♡アタシがギルド長のレリー! で、その可愛い子が……うふ♡勇者ちゃんね?」
言い終える前から、レリーの手が慶吾の肩に乗る。距離が近い。
「お父様からねぇ、聞いてるのよ。“ちょっと暗いけどイケメンだから優しくしてやれ”って♡」
「どんな紹介してんだよあの公爵……!」
レリーは慶吾の顔を覗き込み、目を丸くした。
「やだぁ♡ 本当にイケメンじゃない♡お肌ツヤッツヤ〜! ちょっと触っていい?」
「触るな!!」
しかし伸びてきた指は止まらず、慶吾の頬すれすれまで迫ってくる。
「ねぇ勇者ちゃん……貞操観念って、しっかりしてる方? アタシ、ちょっと手が早いのよ♡」
「いや距離!! 距離感どこ行った!?」
リリエッタは扇子を口元に当て、優雅に笑う。
「まぁ♡勇者殿、結婚式の予定がお決まりになりましたら、すぐにお父様に──」
「決まらねぇし決めねぇ!!」
レリーの手が肩から腰へ滑りかけた瞬間——
「やめろおおおおおお!!」
慶吾は全力で後退し、ギルド扉まで一気に距離を取った。
見物していた冒険者たちから笑いが起きる。
「ふふ♡勇者殿、初日から貞操防衛とはお見事ですわ」
「守らせるな!!」
────────────────────
「さぁ〜♡勇者ちゃん、落ち着いたところでね? 冒険者登録をしましょうか♡」
レリーは何事もなかったかのようにカウンターをバンッと叩いた。
「登録って、名前書くだけじゃ……?」
「もちろん、書くだけで済むわけないじゃない♡」
レリーはキラリと目を輝かせる。
「ギルドの規定で“身体測定”が義務なの♡」
「聞いてねぇぞそんなの!!」
「勇者殿♡」
リリエッタは微笑むが、その目はどこか楽しげだ。
「この国では筋力・体格を初日に測りますの。……まぁ、レリー流は少々奔放ですけれど♡」
「奔放どころじゃないだろ!」
「はい腕出して〜♡」
すでにレリーはメジャーを構えていた。
腕を掴まれた瞬間—明らかに“測る”以外の感触がした。
「今揉んだだろ!!」
「触覚による精密測定よ♡信頼性バツグンなの♡」
「その測り方やめろ!!」
受付嬢たちは肩を震わせ、笑いをこらえきれない様子。
「次は胸囲とウエストね〜♡」
「絶対必要ないよなそれ!!」
「あるの♡体のバランスはとても大事♡」
レリーはまるで高級仕立て屋のようにメジャーを滑らせるが、明らかに手つきが柔らかすぎた。
「ふふ♡いい体してるじゃないの〜。Bランクくらいね♡」
「筋肉をランク付けすんな!!」
リリエッタは優雅に笑う。
「お父様の言っていた通り……レリーの好みにドストライクですのね♡」
「お嬢も助けてくれよ!!」
「今の慶吾様、とても楽しそうで─」
「楽しんでねぇ!!」
その後も、
身長測定のたびに背後から抱きつかれ、
握力測定では手を重ねられ
視線テストではレリーのウィンクに耐えさせられ
最終的に、慶吾は机に突っ伏した。
「……もう登録……いいです……」
「は〜い♡ 終わりよ〜♡」
レリーは満足げにカードを差し出す。
「特別に“Aランク”にしておいたわ♡ ……アタシのハート、撃ち抜かれたから♡」
「俺の尊厳返せぇ!!」
ギルド中がどっと沸いた。
リリエッタは扇子を揺らし、上品に笑う。
「ふふ♡ 勇者殿、初日から大人気でいらっしゃいますわ」
「……人気にならなくていい……もう誰にも……」
灰色人生を歩む社畜だった俺は、異世界で便利屋勇者をさせられるようです。 猫柳 星 @NEKO_YANAGI_SEI
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