時うどんがやってくる。

増田朋美

時うどんがやってくる。

秋が近づいてきて、そろそろ涼しくなってきたなぁと思われるころであった。そんな中どこかでは、風邪が流行っているとか、そんなことが叫ばれているが、杉ちゃんはバカは風邪を引かないと言って平気な顔をしていた。

そんな中、製鉄所を利用している女性が、鼻水がひどいため、内科に行くことになった。幸い、製鉄所の周りは、病院が多いため、医療関係には困らなかった。なぜか、山の方に、病院を作りたがる人が多いらしい。

結局、彼女の診断結果はたんなる夏風邪で、薬を飲めば大丈夫ということであった。

「ほんとにごめんなさいね。ただの風邪ごときで、杉ちゃんまで連れてきてしまって。」

女性は、そう言うのであるが、

「いやあ、大丈夫だ。こういうところで、寂しくなるのは当たり前だからな。付き添いがいた方が、いいんだよ。」

と、杉ちゃんは、でかい声でそう答えるのであった。

杉ちゃんたちが、病院で会計を待っていると、1人の、着物姿の男性が、病院に入ってきた。誰だろうとおもうけど、杉ちゃんが思わず、

「あれ、どっかで見たことある!」

と言ってしまうのである。一緒にいた女性も思わず、

「気楽亭和正師匠ですよね?毎週土曜日にテレビで拝見しています!」

と、言ってしまったほどである。

「いやいや、こういうところでは、竹下和正と行ってください。」

と、その人は言った。

「でも、あたしにしてみれば、気楽亭和正師匠ですよ、あたし真打披露からずっと拝見しています。この間、テレビで時うどんを拝見しました。よくやる演目ですが、とてもたのしかったです。」

女性が正直に感想を言うと、

「そうですか。時うどんを聞いてくださったんですね。あれはもうやれないですけど。」

と、和正師匠は言った。

「なんでもうやれないの?」

杉ちゃんがすぐ言った。

「なんか理由でもあるんかな?」

「ええ、実は、時うどんは、もう古いとテレビ曲の方から言われてしまいましてね。テレビ側でも、古典の落語はあまりやってほしくないようで。それで、やらないことにしたんです。」

と、和正師匠はいう。

「そうなんだ、とっても面白かったのに。なんだか、残念だね。」

「まあ、これも、時代の流れだから仕方ないと言いますが、古典は、いま全然人気がありません。仕方ないことです。」

和正師匠はそういうのであった。それと同時に杉ちゃんのスマートフォンがなる。

「はいはい、もしもし、ああ、由紀子さん?はあ、そうなんか。まあ、とりあえず薬飲ませて、寝かして置くしかないよなあ。すぐもどるから、心配しなくていいよ。」

杉ちゃんはそういってスマートフォンを切った。

「水穂さんがね、またやったんだって。まあ、咳はでるし、血はでるし、困ったもんやね。」

「まあ、いつものパターンか。でも、お辛いでしょうね。あたしが風邪を引いただけでこんなにつらいのに。水穂さんはずっとねてなくちゃならないわけだから。」

杉ちゃんと女性はそういいあった。

「お前さんさ。」

不意に杉ちゃんがいう。

「可能であればでいいんだが、水穂さんに時うどん聞かせてくれないかな?きっとずっとねていてつらいと思うからさ。ちょっとらくにしてやりたいのよ。」

「こんな有名人にやってもらえるかしら?」

女性はそういうが、

「だれか、不自由な方がいるのですね。いいですよ。やりましょう。住所が何か教えてくだされば、行きますよ。」

と、和正師匠は言った。

「じゃあ来てくれる?」

杉ちゃんがそういうと女性が製鉄所の住所をわたした。

それから、数日がたって。

「こんにちは。気楽亭和正です。こちらに水穂さんという方はいらっしゃいますか?」

気楽亭和正師匠が、製鉄所にやってきた。製鉄所で、杉ちゃんたちは、水穂さんの世話をしていたところであったが、

「ああいいよ入れ。」

杉ちゃんに言われて、和正師匠はなかにはいった。

「水穂さんという方は?」

「こいつだよ。」

杉ちゃんに言われて、和正師匠は、その有様に、びっくりしたようだ。水穂さんは、咳き込みながら、由紀子に口元を拭いてもらっていた。

「随分、大変な方ですね。」

思わず、和正師匠は言ってしまう。

「そんなわけたから、水穂さんをたのしくしてやってくれ。たのむよ。」

杉ちゃんに言われて、和正師匠は、水穂さんに心からたのしんで欲しいと思ったらしく、水穂さんの前にすわり、時うどんを語り始めた。

「ひいふうみいよ、今何時や?」

やっぱり噺家というだけあって、大変に語り方が上手だった。水穂さんは、さいごのところで、にこやかに笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時うどんがやってくる。 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る