第4話 エナの笑顔

 俺たちの通うエラーテル魔術学院は、帝都の中央区にある。

 くだんの猫カフェもどきも、徒歩で向かえるくらいの距離だった。


「たしか、この辺だったはず……お、あった」


 ぶら下がったネコ型の看板に、『喫茶ニャンヒー』という文字。

 原作のエナルートで、主人公がエナとの初デートに選んだ場所――それが、この喫茶店だ。


「じゃ、エナ。入ろっか」


「う、うんっ」


 結局……エナは道中、ずっと俺の制服の裾を摘まみっぱなしだった。 

 隣を並び歩くわけではなく、俺の背中に隠れるようにして彼女は着いてきた。これじゃあまるでエナ自身が小動物みたいだな、と俺は思う。


 そんなことを考えながら、喫茶店のドアを押し開く。

 からんころん、とベルが鳴り響き、


「いらっしゃいませーっ! 一名様です?」


 青髪ショートカットの、いかにも快活そうな少女に接客される。

 ……この店員は、『マギアカ』内では立ち絵すら用意されてなかったはずだ。エナほどじゃないにしろ、なかなかの美少女といえるルックスである。


「ん? 一名様?」

 

 ワンテンポ遅れて、疑問に思う。

 ちらり、と後ろを見る――エナは俺の後ろにぴったりと張り付いて、完全に隠れてしまっていたらしい。

 彼女のサイドテールがぴょこっと動く。それに気づいた店員の少女が、どことなく微笑ましげな表情を浮かべて、


「ふふ、失礼しましたっ。二名様ですね?」


「は、はい」


「ではでは、ご案内しますねっ。こちらのお席にどうぞっ!」


 店内では、十匹くらいの猫たちの姿がてとてとと走り回っていた。俺たちのほかに客はいないらしく、ぞろぞろと俺とエナの様子を伺いにやってくる。

 と、テーブル席へと向かう最中、俺の背中にくっついたままのエナが、


「わあ……っ、か、かわいい……」


 そんなふうに、思わずといった様子で感嘆していた。

 お前のほうが可愛いよと言いたくなったが、ここは我慢。


「では、ご注文がお決まりになりましたらお呼びくださいねっ。店内のネコさんたちとは、ご自由に触れ合っていただいて構いませんからっ!」


 それではごゆっくり! ……と言い残して、たたたっと青髪の少女はカウンター内へと戻っていった。

 円形のテーブルの向こう側。エナはきらきらと瞳を輝かせ、うろちょろする猫たちを目線で追っかけている。


「えへ、えへへ、えへへへへっ……」


 でろん、と頬をとろけさせるエナ。

 ふだんの健気で儚げな彼女からはあまり想像できない、恍惚とした可愛らしい表情だった。


「エナはほんとに、猫が好きなんだな」


 そう聞く――と、エナは肩をびくりと震わせてしまう。


「ぁ……っ、ご、ごめんな、さ……っ」


「ん、どうして謝るんだ?」


「だ、って。……あたしなんかが、こんな、楽しそうにしちゃ……だめ、だよね……?」


 怯えるような上目遣いを向けられて、俺は。


「……エナが、どうしてそんなふうに考えちゃうのかは、俺にはわからないけど」


 深呼吸をして、沸き立つ怒りを閉じ込めてから。

 彼女の瞳をまっすぐに見つめ返して、言葉を続ける。


「だけど少なくとも、俺は、エナには笑っててほしいって思ってるよ」


「ぇ……っ、な、なん、で……?」


「そういうものだから、かな。俺は――エナみたいな優しいひとこそ、幸せに生きてほしいって思ってるんだ」


 言ってから……なんて恥ずかしいことを口にしてしまったんだ、と猛省する。

 シルトとエナは、昨日までは会話らしい会話すらしてこなかった仲なのだ。なのに、いきなりこんなこと。気色が悪いと思われたって仕方がない発言だ。

 だけど、エナは。


「そ、っか――えへへ、そうなんだっ。やっぱり優しいね、シルトくんは」


 にへらっ、と。

 嬉しそうに頬を赤らめて、くだけた笑顔を浮かべてくれた。

 あぁ……ヤバいな、これは。

 見惚れるなというほうが無理な話だった。そのくらい、今のエナの笑みは魅力的だった。

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