第5話 猫VSエナ

 その後、俺はカフェオレ、エナはオレンジジュースを注文した。

 幸いというか、なんというか……残念ながら、俺に友達はいない。親の仕送りのほとんどを貯金していたから、財布にはかなり余裕があった。嬉しいような悲しいような、複雑な気分である。


「それではすぐお作りしますのでっ、どうぞご自由にネコさんたちと遊んじゃってくださいっ!」


 そんな店員の少女の言葉に反応したのか、あるいはただの気まぐれか。

 茶色い体毛の猫が一匹、にゃあん、と喉を鳴らす。

 そのまま、その猫が……すりすり、と俺のふくらはぎに顔を擦りつけてきた。


「お、おぉ……っ!」


 エナのためにと思って訪れた猫カフェだったが、なるほど、たしかに可愛いなと思う。

 じつは俺は犬派なのだが、こうして見ると、なかなか猫も悪くないじゃないか。

 と、そんな俺の様子を見ていた店員が、


「ふふっ。その子、茶吉さんって言うんです! 甘え上手でかわいいですよね~っ!」


「そ、そうか。茶吉っていうのか、お前」


 つぶらな瞳でこちらを見てくる茶吉を、俺は思わず抱き上げていた。

 ふにゃあん。茶吉が、なんとも間の抜けた鳴き声を漏らす。

 すると、何事なのだと思ったのか、さらに三匹の猫たちが俺の近くに寄ってくる。灰色の体毛をした一匹は、ぴょんっと大きくジャンプをして俺の膝の上に飛び乗ってきた。


「うおっ……!? な、なんか俺、めっちゃモテモテなんだけど……っ!」


 にゃあん、ごろごろ。うにゃうにゃーん。

 茶吉を抱きかかえたまま猫たちに囲まれて、嬉しいといえば嬉しいのだが、このままじゃ身動きが取れないな。

 と――助けを求めようと思って、エナのほうを見ると。


「…………、うぅ……」


 悲しみに満ちた目線。

 エナの近くには、なぜかまったく猫たちが集まってきていなかった。……そういえば原作でも、こういう展開になった記憶がある。どういうわけかエナは、あまり小動物に好かれない体質みたいなのだ。


「エ、エナ。ほら……茶吉、撫でるか?」


「え? い、いいの……?」


「もちろん。こいつ、人懐っこいみたいだしな」


 抱きかかえた茶吉を、そっとテーブルの上に座らせた。

 茶吉は「?」と不思議そうに、俺とエナを交互に見比べている。

 しばらくして……エナはごくんと固唾を呑み込んで、ゆっくりと茶吉に手を伸ばし、


「――――ふしゃあっ!!」


「ひやぁっ!?」


 突然の、茶吉の威嚇。

 エナはびくんと肩を跳ねさせて驚いたあと、その目をうるっと潤ませて、


「……うぅ。なんで、あたしだけ……」


「ほ、ほらっ! 猫は気まぐれな性格だって言うだろ?」


「でもっ……シルトくんは、そんなにいっぱい……」


「うっ……」


 切ないが、何も言い返せない。

 ふと気づけば俺は……十匹くらいの猫たちに飛び乗られたり、しがみつかれたり、ぶら下がられたりしていた。キャットタワーにでもなった気分だ。

 

「もしかして……あたし、猫ちゃんたちにも嫌われてる、のかな……」


 そんなはずない――と言葉で言ってやるのは簡単だが、今は状況が状況だ。下手な慰めは、むしろ傷口に塩を塗ることになってしまうかもしれない。

 と、そこで俺は猫たちに纏わりつかれたまま、


「あの、すみません。猫じゃらし、レンタルできます?」


 さっきのメニュー表の隅っこに、たしか、そういうのがあったはず。

 すると店員の少女はにこっと笑顔を浮かべて、すぐに猫じゃらしを持ってきてくれた。

 その後、俺はすっかり意気消沈してしまったエナへと視線を向けてから、そのまま今度は壁のほうを見やる。


「ほら、エナ。あそこに一匹、寂しそうにしてるヤツがいるだろ?」


「……う、うん」


「あいつと、それで遊んできてやってくれないか? 見てのとおり、俺は手いっぱいで」


 にゃあにゃあ、と俺の腕でぶらぶらと遊ぶ猫たち。……重い。これ、絶対に明日は筋肉痛だな。

 やがてエナは、机の上の猫じゃらしを手にとって、


「わ、わかった。遊んでくる、ね?」


 店の隅っこに、ぽつんと佇む白色の猫。

 エナはそっと立ち上がり、慎重な足取りでその一匹のそばに近づく。


「……ね、ネコちゃん。怖くない、怖くないよ……?」


 緊張しきった声と表情。……なんだか、俺まで緊張してくるな。

 その白猫は、エナを警戒している様子だったが――エナが猫じゃらしを揺らすと、


「ふにゃっ」


「きゃっ……ふふっ。これ、気になるの?」


 猫じゃらしに、白猫は興味を持ってくれたらしい。

 必殺(?)の猫パンチが、猫じゃらしにヒットする。

 エナの表情に、ぱあっと嬉しそうな笑顔が灯った――すぐに彼女は、猫じゃらしを左右にふりふりと動かしはじめる。白猫はにゃあにゃあと鳴きながら、何度もパンチを繰り出していた。


「えへへっ。ネコちゃん、楽しい?」


「んにゃ」


「ふふ、そっか。じゃあ、お姉ちゃんがもっと遊んであげるからね?」


 にこにこと笑うエナと、無我夢中で猫じゃらしと戯れる白猫。

 なんとも微笑ましい光景だった。いつまでも永遠に見ていられる気がする。


「はい、猫ちゃん。ほら、にゃん、にゃん、にゃーんっ」


「――――ふしゃあっ!!」


「あっ……ご、ごめんねっ? あたし――きゃっ……ちょっと、だめっ! あ、あたしは猫じゃらしじゃないからっ! あっ、そんなとこ、触っちゃ――」


 ……くそう。俺もネコになりてぇな。

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