第2話 理想と現実
僕が一人哀愁を漂わせながら俯いていると、何かを叩いているような音が聞こえてくる。
カッカッカッ
ハイヒールが地面を削りながら独特の音色を奏でる。
カカカッカッカ カタタタタッタ
反響音と転調が樹木の網目のように絡み合いながら、
こだまを携えて近づいてくる。
音楽のサビが始まったのかと胸がドキドキするほどだ。
僕は怪訝そうな顔をしながら、 急いで屋上の隅に身を隠す。
ズ〜 ガタッ
老朽化で錆びついていて、いつも軋む音しか奏でない扉が、優しい音色を奏でながらすんなりと開いた。
扉が開くと同時に女性の寂しそうな声が聞こえてくる。
所々に挟まるため息がいいアクセントになっている。
僕は関心しながらこっそりと耳を澄ませる。
「私って先生向いてないんだろうな。
どんなに頑張っても子供の価値観なんて理解できないんだ…」
僕は屋上の配管から少し顔を覗かせる。
バクバクと唸る心臓を抑えながら、目を細める。
ハァハァと乱れる呼吸をなんとか整えながら音を堪える。
「宮島先生だ…
先生はなんでここにきたんだ?」
僕は少し安堵して身構えていた体をリラックスさせる。
彼女は僕のクラスの担任だ。
生徒と同じ目線に立ち、真剣に向き合いながら接する素晴らしい先生だ。
誠実で優しくて、真面目で善の塊のような人。
死んだら確実に天国に行くだろうと確信している。
ガサゴソガサゴソ
先生はおもむろにポケットを漁ると、マルボロと書かれた四角い箱のような物を取り出した。
「嘘だろ…」
僕に嫌な予感がよぎる。
カチャッ
ライターの青白く輝く眩い光が一本の細い棒を赤く燃やす。
「毎日毎日残業で給料も少ない…
周りの同僚に比べても能力も低いし、私ってなんでこんなにダメなんだろう…」
タバコの煙が空を舞いながら僕の元に届く。
排気ガスのような独特の匂いに僕は鼻を大きく広げる。
「先生タバコ吸ってたんだ…
ちょっとショックだな。」
僕はショックで背中を壁に落とす。
屋上でタバコを吸うのは禁止されているのだがそんなことはもうどうでもいい。
清楚で美しい先生がタバコを吸っていたという事実が僕にとっては耐えられない。
僕は流れてくるタバコの匂いを精一杯に嗅ぎながら、
ボーッと空を眺める。
「タバコを吸わないといけないぐらい先生も苦労してたんだな…
案外僕も先生も似た物同士なのかもな。」
僕は到底届きようがない太陽に手をかざすと、静かに笑った。
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