第16話

「ウェディングインペリアル!」


 クリスの声と共に周囲が静寂に包まれた――。


 目の前の銃士姿の少女は、彫像のように固まったまま動かなくなっていた。

 彼女の持つリボルバー式拳銃から、発射された弾丸も空中で止まっていた。


「どうなっているんだ?」


 音が響かず、くぐもった感じに聞こえる。

 クリスはあたりを見回す。

 世界が、すべてが停止しているようだった――。


 クリスは左手に嵌めているグローブが緋色に変化していることに気がついた。


わらわが時間を止めた』

 クリスの傍にいたマレーネが話し始める。

『ウェディングインペリアルは、2つの能力を有する稀有な至宝じゃ』


「能力が二つ?」


『伴侶がいてこその至宝なのじゃよ。わらわぬしがそれぞれ一つずつ能力を受け持つということじゃ』


「どういうことだ?」


『一つ目の能力は、インペリアル・グレースと呼ばれるものでのぉ。わらわにしか扱えない能力じゃ。ウェディングインペリアルが触れている物体を支配して制御コントロールすることができるのじゃ』


 クリスは自分の左手に持っている懐中時計ボレロを見つめる。

「つまり、左手で触れている至宝ボレロを制御して、時間を停止させたのか?」


『時間を停止させなければ、ぬしは射殺されていたからのぉ』


「助かったよ」

 クリスは素直に礼を言った。


『もう一つについては後で説明しようかのぉ。ここで長話する必要もなかろう?』


「ああ、そうだな」

 クリスも婚約者マレーネと同意見だった。時は止まっているが、一刻も早く塋域えいいきから立ち去りたい気分だった。


『数分ほどで時間停止を解除するように設定した。今のうちに逃げるがよい』


 クリスは持っていた懐中時計ボレロを、少女の胸ポケットに入れると、庭園を後にするのだった。



 ◇◇◇


 クリスは国立霊園墓地を抜け出すと、天空シエルトゥールの見える方角へと足を向けて走りだした。


 できるだけ遠くに――。

 そして周囲に人が多く集まるところに―――。

 という思いから、クリスは首都グランディールの中心を目指していた。


 ――数分経過後。


 すべてが制止した世界は解除され、喧騒に包まれた世界に変わる。

 振り返って、霊園を見やる。

 誰かが追ってくる気配はないが、安心はできないと思ったクリスは、しばらくの間、全速力で走り続けることにした。

 息が苦しくなってきた所で、クリスは立ち止まる。


「マレーネ、首都には詳しいか?」

 首都グランディールに疎いクリスは、婚約者マレーネに訊ねてみた。


わらわが知っている首都ではないのぉ』

 マレーネはキョロキョロと辺りを見回すが、知らない様子であった。

「仕方ない……。何処かに隠れるとするか」

 クリスはあたりを見回す。


 すると大きな施設が見える。

 公共の施設のようで、人々が吸い込まれるように中に入っていく。

 クリスもその方向へと歩いていく。


 看板が見えてくる――。

 そこには『国立グランディール第二図書館』と書かれていた。

「ちょうど良いじゃないか。休憩も兼ねて行ってみるか」

 自然と足は図書館へと向かっていた。



 国立グランディール第二図書館は、革命後に建設された比較的新しい施設であった。

 正面入り口のロビーの案内板に図書館の見取り図とパンフレットが置かれていた。

 一階正面は受付カウンターがあり、左手にエスカレーターが設置されている。右手側は階段が見える。


 とりあえず、クリスは受付の奥に見える中央吹き抜け広場に行ってみる。


 広場を取り囲む様に弧を描くように椅子が置かれ、数人の利用者たちが読書を楽しんでいる。

 中央広場起点として北側から西側には一般書籍や文芸、小説が配置され、東側は児童文学や絵本が中心のレイアウトだった。


 クリスはエスカレーターで二階に上がる。

 二階は科学、芸術、歴史といった専門書が中心で、建物の西側に芸術や地理に関する書架が並んでいる。北側には科学に関する書架、東側には歴史に関する書架が並ぶ。


 クリスは地理に関する書架から、首都グランディールに関する本を見つけると、フロアの南側に設置されている読書コーナーへと向かった。


 吹き抜けの近くにあるテーブルの上に持ってきた本を置くと、ソファにドカッと身を預ける。


 図書館内は冷房が効いていて快適だった。クリスは生き延びることが出来たという安堵感から、しばらくそのまま眠り込みたくなっていた。


ぬしよ。そんなにくつろいでいて良いのか?』

 マレーネはクリスの隣に腰掛ける。


「ああ…そうだった――」

 ようやく思い出したように、マレーネを見つめる。

「これの説明が途中だったな」クリスは、左手の指なしのグローブをマレーネに見せる。「ウェディングインペリアルの能力について教えてくれないか?」


『よかろう。2つの能力があることは憶えとるじゃろ?』


「ああ。まだ一つしか聞いていないが……。インペリアル・グレースだっけ――触れた物体を支配して制御するとか言ってたよな?」

『そうじゃ』

「改めて考えるとすごい能力だな。どういった物体に有効なんだ?」

 クリスは当然の疑問を口にする。


『触れていれば至宝はもちろんのことじゃが、機械類もいけるはずじゃ。生き物は……試したことはないのぉ。まあ、それは良い。其処にある自販機で試してみようぞ』


 そう言って、マレーネは飲料の自販機の場所へと歩いていく。クリスもソファから腰を上げてマレーネの後についていく。

ぬしよ。これに触れてみよ』


 マレーネに言われ、自販機に触れてみる。

 ピピレ……と電子音が鳴る。


『ほれ……好きな飲み物のボタンを押してみるがよい』

 言われた通りにボタンを押すと、ガコン…と、缶ジュースが取出し口に落ちてきた。

『さらに――』

 自販機からファンファーレが鳴り響く。

『強制的に当たりにすることもできる。ほれ……追加のもう一本を選ぶが良い』

 言われた通り別のボタンを押すと、再びガコンと取出し口から音がする。


「便利だな……」

『まあ、窃盗罪じゃがのぉ』

 とりあえず、二つの缶ジュースを持って、ソファに戻る。


「二つのうちの一つ、マレーネが受け持つ能力は分かった……気がする」

『まあ……それくらいの認識でよい』


「それじゃあ、もう一つの能力について教えてくれよ。二人がそれぞれに受け持つってことは、もう一つは俺が使えるんだろ?」

 クリスは缶ジュースのプルタブを開けながら、訊ねる。


『もう一つの能力は、ワングリフ――ぬしだけの物語を刻むことができる能力じゃ』

「物語? 名前からすると……一文のみのような気がするが……?」


『よく分かったのぉ』マレーネは感心したように、パチパチと手を叩く。『ぬしの推測の通りじゃ。触れたモノに一文を刻み込める。そして――それは物語になる』


「ひどく曖昧というか抽象的な物言いだな。物語っていうのは……なんだ?」

 考えてみてもよく分からない。


『深く考えすぎじゃ。一文のみの物語じゃ』

「一文のみの物語――」

『シンプルにそれだけで良い。自分の願望を実現できる能力だと認識することじゃ』イメージが大事じゃ。と付け加える。


「イメージと言われてもなあ……」


『そうじゃのぉ……。試しに其処にある本に書き込んでみよ』

 マレーネはソファ前のテーブルに置かれている、首都グランディールに関する本を指差した。

『この本に触れて、「マレーネが読めるようになる」と念じてみるがよい』


「これに……触れて?」

 婚約者マレーネの指示に従って、本の上に左手を乗せる。

『そうしたら念じれば良い。一文字ずつ刻むように、念じるのじゃ』


 刻み込むように——念じる?


 クリスは瞼を閉じて「マレーネが読めるようになる」とイメージしてみる。

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