第12話 

『よかろう。ぬしの立場で考えれば、動揺するのも致し方のないことじゃ』


 そう言うと、少女は他の石柱を足場にして、マレーネと表示された石柱の上に飛び乗り、腰掛けた。

 ちょうど彼女の太腿がクリスの目の位置にくる高さだった。


 クリスはどうしても、彼女の太腿に視線が釘付けになってしまう。

 少女の方もそれをわかっている様子で、わざわざクリスの目の前で足を組みかえる。


『それで……ぬしは、わらわに何が訊きたいのじゃ?』


 太腿に視線が移っていたクリスは顔を上げて、少女を見つめる。

 少女はにんまりとした笑みを浮かべて、クリスを観察するように見つめていた。

 クリスは少し恥ずかしくなり、視線を逸らしつつ少女に訊ねてみた。


「仮契約をしたと言ったが、仮契約とはこの指輪のことか?」

 指輪を少女に見せる。


『ん? ぬしは何も知らずに、わらわと仮契約をしたと申すのか?』

 目の前の少女は驚いた表情をする。


「ああ。何も知らない。お前には悪いが」

『はっきり言うのぉ。まあ、良い。知らぬのならば教えてやる。ぬしは指輪を嵌めたことによって、わらわと婚約をした』


 ——え? ……婚約?


 理解が追いつかなかった。


「誰と婚約したって―――?」

わらわに決まっておるであろう』


 目の前の少女が、石柱から飛び降りてクリスに抱きつく。

 感触は伝わってこないが、なんともリアルな映像と耳元の息遣いに、クリスは飛び退いてしまう。


「いやいや――ちょっと待てよ。目の前にいるコレはお前じゃないだろ?」と、少女を指さして、辺りを見回す。


 少女はムッとした表情に変わり、『コレとは何じゃ! コレとは――』頬を膨らませてプイッと顔を背ける。


「わ、悪かった。そ……その……何というか――突然のことで……つい――」と、口ごもるクリス。

 それを横目で見ながらツンとしていた少女であったが、すぐに機嫌が直る。


『まあ、良い。わらわにとっても初めての婚約じゃからのぉ。今回は大目に見てやろぉ』と、上からの物言いに変わる。


(婚約って……そう何度もするものではないだろ?)


『まあ、故あって縁あって、わらわにとってぬしは特別な存在となったわけじゃ。おかげでぬしの見るものや聞くものは、わらわもすべて知ることが出来る様になったわけじゃ―――』


 それはこちらの同意もなく、通信デバイスを無理やり脳内に埋め込んだからですよね?

 と、クリスは心の中で突っ込む。


『さてと……ぬしの名は何と申すのじゃ?』と、少女が訊ねてくる。


 特別な存在とは聞いて呆れる。

「契約の前に、名前は聞いておくものだろう?」


『無駄じゃ。聞いたところで、指輪を嵌めた途端に死人が続出してしまうのじゃ。指輪からナノマシンを直接神経節に流し込んで、脳内へと向かわせるのじゃが——』少女は首を傾げる。『その過程でどういうワケか、皆死んでしまう』


「いや……それが原因だろ?」


『そうなのかのぉ。確かに……思い返してみれば、運良く生き残ったにせよ、精神がおかしくなる奴ばかりで、使い物にならなかったのぉ。じゃから、仮契約にしていつでも破棄できるようにしておるのじゃ』


 とんでもない契約だと、クリスは思った。


『で――ぬしの名はなんと申すのじゃ?』


 訊ねられたので、人が良いのか、クリスは名を名乗った。


『クリストファーか。良い名じゃのぉ』


 今度はクリスの方が、少女に名前を訊ねる。

「お前の名前はなんて言うんだ?」ずっとお前と言うのもおかしいし……。


『ん? わらわか? さあ……分からぬ』と言いながら、少女は首を傾げる。


「分からないって――冗談だろ?」


『本当なのじゃ。じゃから、ぬしの好きに呼ぶと良い』

 少女はケラケラと笑う。


 はぐらかしているのかと思ったが、どうやら、そう言うわけではなさそうだった。

 クリスは石柱上部のディスプレイに表示された名前を思い出す。


「それなら……マレーネ――はどうだ? そこの石柱に表示されていたぞ」


『ならばそれがわらわの名前なのじゃろう。マレーネ――ふむ……悪くないのぉ』


「ならマレーネで決まりだな。俺のことはクリスでいいよ」


『クリストファーの愛称呼びか――。ふむ、それも悪くないのぉ』


「そいつは良かった」


『クリス――ぬしは意外に男前じゃのぉ』

 黄玉トパーズのような瞳に見つめられると、幻だと分かっていても顔が赤くなってしまう。


「ちょ……引っ付くな。そんなことをしている場合じゃないんだ」


『照れておるのか? 可愛いのぉ』とニンマリとした笑みを溢しながら、抱きついてくる。


 仕方なく、目の前の幻影の行動に耐えるしかなかった。

 脳内に直接送られてくる映像なだけあって妙に現実的で生々しかった。


ぬしが婚約をしてくれなければ、わらわは暗闇の中に独り閉じ込められていたままじゃからのぉ。感謝しておるぞ、クリス』


 感謝されるのは悪くはないが……状況が状況だ。

「感謝されてもしばらくすれば、俺も天に召されてしまうよ」

 クリスはシニカルな笑みを浮かべる。


『なんじゃ? 何か危険な状況なのか?』


「ああ。ここに来る道すがらな……」

 クリスはここに辿り着くまでのことを説明する。


『なるほどのぉ……。確かに危険な状況じゃのぉ』


 クリスは名案を思いつき、マレーネに頼んでみることにした。

「だからさ。しばらくの間、ここにかくまってくれないか?」


 するとマレーネは申し訳ない表情を見せる。

わらわはそうしてやりたいのじゃが、おそらくそれは叶わぬと思うぞ』


「叶わぬというのは?」


ぬしはまだ仮契約の状態じゃからのぉ。この塋域においては、異物という扱いになるのじゃ。だから、もうそろそろ――』


 少女が言いかけるや否や、クリスは眩い光に包まれる。

 次の瞬間、クリスは御殿みあらかの外にいた。


『ほらのぉ。わらわの言うた通りじゃろぉ』


 クリスは庭園の入り口に視線を移すと、何者かがまさに庭園に入ってくるところだった。

 急いで、クリスは御殿みあらかの物陰に隠れる。

「おい、腰抜け!」と、遠くから若い女性の声が聞こえてくる。


『なんじゃ? 今聞こえたのは、女子おなごの声の様な……』


「いつまで隠れているつもりだ! 祈りの時間は十分に与えたはずだぜ!」

 確かに……男っぽい言い回しだが、声は若い女性だ。


『まさかとは思うが、ぬしが追われている原因は痴情のもつれではあるまいな?』

 隣にいる婚約者マレーネが、クリスをジト目で見つめてくる。


「おいおい……婚約者を疑って、そういう目で見てくるなよ」


 クリスは気まずくなり、仕方なく建屋の壁越しから観察する様に覗いてみる。

 見間違うはずもなく、先ほどの銃士の服装をした人物が立っていた。


 ロングバレルのマスケット銃を肩に背負い、両腰のホルスターには、ショートバレルのマスケット銃とリボルバー式の拳銃が下げられている。

 外見は銃士であったが、体格をよく見てみると、紅毛の長い髪を三つ編みに束ねた少女がそこには居た。


 まさか自分と同い年くらいの少女だとは思いもしなかった。


「ほら、あそこに居る銃士に殺されそうなんだよ」


『どれどれ? わらわも確かめてみるかのぉ……』

 マレーネもクリスと同じように、壁越しから相手の姿をのぞき見た。

『ほぉ……彼女奴あやつは、グランディールの三銃士の一人、メルローズの娘の様じゃのぉ』

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