第11話 

「俺は……どうして……ここにいるんだ?」


 くらりと頭が回る感覚に襲われた。

 突然の立ちくらみに、クリスはよろめいた。

 目の前にあった石柱に左手を伸ばし、倒れかけた身体を支える。


 すると、左手を置いた石柱上部が輝き始めたのだ。


 その石柱は上部全体が、液晶ディスプレイのように発光していた。

『Marlene』の文字が表面に浮かび上がる。


「マレーネ……?」と、クリスは呟いた。

 その名前に、クリスは心当たりはなかった。


『音声確認……』

 言葉に反応したかのように、石柱のディスプレイの文字が変わっていく。


(この石柱……俺の言葉に反応したのか?)


『……OK。続いて……データ送信に移行します』の文字が浮かび上がる。

 と同時に、石柱が動き始める。

 ゴゴゴゴ……と地面が揺れだして石柱が迫り上がってきた。


(何が起きているんだ? データ送信?)


 石柱に文字が現れたタイミングで、まるで同期しているかのように、クリスの左手薬指に嵌めている指輪が輝き出したのだ。


 さらに――目の前が突如として眩い光に覆われ、視界がホワイトアウトした。


 あまりの眩さに瞼を閉じたが、どういう訳かまったく効果がなかった。

『データ送信中……』という文字が瞼を閉じているにも関わらず、目の前に表示されている。


 どうなっている……?

 もしかして……脳内に直接……送られている映像なのか?


 クリスはふと五日前に、テトレー屋敷にて指輪を嵌めた時の事を思い出す。


 指輪を嵌めろ――と、伯爵に言われた。

 あの時は、爵位カードを目の前にチラつかせられて、クリスはそれを断ることはできなかった。

 指輪を嵌めた直後に、今と同じように指輪が輝きを放ったのだ。


 そして薬指に締め付けられる感覚が走った。指輪から青白く輝く何かがモゾモゾと蠢きながら、左手の薬指から左手の甲へと移動していくのが見てとれた。右手で必死に押さえつけてみたが、まったく効果はなかった。為す術もなく左腕から頸部そして頭部への侵入を許してしまった。


(もしかして、この指輪は、脳内に何かのデバイスを埋め込むための道具だったのか?)


 今更であるが、クリスはそう確信した。


『データ送信完了』

『――通信異常なし』

 文字ではなく、音声が聞こえてくる。


『――アクセス完了』の文字が現れるのと同時に、今度は音声も流れる。


 眼前に浮かぶ文字が消えていき、音声も聞こえなくなる。

 静寂に包まれ、そして……目の前の眩さも次第に収まっていく。


 クリスはゆっくりと目を開けて、身体を見回してみる。

 身体的に何かが起こったという感じはしなかった。

 左手薬指を見つめると、指輪の発光も収まっていた。


(今のはいったい――?)


 何が起きたのか分からなかった。

 目の前にある迫り上がった石柱に、くり抜かれた様な小物を収納するスペースがあいていた。

 そのスペースの中を覗き込むと、中に片手のみの指なしのグローブが帛紗ふくさの上に置かれていた。


(ん? ……なんだ、コレ?)


 片手のみの指なしグローブをクリスが手にすると、視界にザザッと瞬間的にブロックノイズが走る。

 そして――どこからともなく声が聞こえてくる。


『おお! 誰かが仮契約に成功したらしいのぉ』

 幼い少女の声がはっきり耳元で聞こえてきた。


「誰だ? 何処にいるんだ?」

 声が聞こえてきた方に振り返るが、誰もいない。


 すると突然、目の前に神々しい光を放ちながら少女が姿を現した。

 金色の髪に大きな瞳はブルー、そして端整で彫りの深い顔立ちは彫刻を思わせる美少女だった。


『ん? すでに登録されておるじゃと? 変更しろじゃと……。これではわらわが二号さんみたいではないか』

 目の前の少女は舌打ちをすると――。

『ちょいと待っておれよ』と言い放つ。


 すると、目の前にいる少女の髪の色が、次々と切り替わっていく。


『なるほど、髪は黒髪が好みか……。長さは……やはり安定のロングか――やらしいのぉ』


 続いて瞳の大きさと色が切り替わっていく。


 クリスは右手を伸ばしてみる。しかし目の前に立っている少女は手の届く距離にいるはずなのに触れることはできなかった。

 クリスの右腕は、少女の身体を突き抜けて虚空をさまようだけであった。


『そう困惑するでない。精度に狂いが生じる』

 少女がジロリとクリスを睨め付ける。


「な……何が……どうなっている?」


『至極簡単な事じゃ。仮契約を交わした際に、ぬしの脳に通信デバイスを埋め込んだのじゃ』

 恐ろしいことをサラッと言う。


 やはり……この指輪が体内に得体の知れない何かを潜り込ませたということか?

 指輪を介して情報を受信しているのか?


「そっち側から映像の情報を、俺の大脳の視覚野に直接送り込んでいるのか……?」


『お、理解が早いのぉ。まあ、そんなところじゃ。仮契約をしてくれたぬしへのささやかな特典じゃよ。ぬしの瞳孔の動きと視線から、本能的に好むタイプを割り出しておるところじゃ。楽しみに待っておれ』


 その説明から察するに、一方的な受信ではなく双方向受信かよ。

 俺が見ている情報を、相手側も受け取っているのか……。


 目の前の少女の姿が頭の部位パーツから順々に変化していく。

 瞳の色が次々切り替わり、黄玉トパーズに似た澄んだ黄色で止まる。顔の輪郭も西洋風から東洋風へと少しずつ切り替わっていく。

 さらには頬骨や肌の色といったところまで細かく切り替わっていく。


『ほぉ……ぬしは東洋風の美少女が好みのようじゃのぉ。身長もあまり高いのが好みではないようじゃ。そうなってくると頭も少し大きくして、七・五頭身――これでどうじゃ?』


 クリスは目の前に現れた少女を見つめる。

 すると少女もクリスと視線を合わせて、にこりと微笑んだ。

 実体ではないと理解はしているが、妙にこそばゆくなり視線を背けてしまう。


『お? 照れておるな……。ほれ、どうじゃ? この衣装。最新の学生服らしいぞ』


「分かった……分かったから―――」


 短い丈のスカートから延びるすらりとした脚線にどうしても目が行ってしまう。

 こちらに近づいてくる少女を前に、実体ではないという認識にも関わらず、クリスは動揺してしまう。


 声は幼い女の子、しゃべり口調は年老いた女性、姿形が十代後半という、ちぐはぐな組み合わせが、彼女への扱い方に混乱を招いてしまう。


(……照れてる?)


 彼女の言葉からすると――どこか別の場所からも見ているのか?

 冷静さを取り戻し、クリスはキョロキョロと辺りを見回す。

 その姿を見て、少女は見透かすようにふふと笑う。


『無駄じゃ。わらわの真の姿を見ることは、今は叶わぬ。天界におるからのぉ』


「冥界の間違いじゃないのか?」と小さく呟くと、『聞こえておるぞ』と返事がある。

「それなら、俺の質問に答えてくれないか?」


 少女はその場で腕を組むと、ふむと小さく頷いた。

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