Ep.03 仮契約
第10話
銃口から白煙が立ち上り、爆発音が轟くよりも前に弾丸が向かってくるのが、クリスには見えた。
信じられないほど、ゆっくりと飛んで迫ってくる弾丸――。
視覚にとらえることはできても抗うことの出来ない運命の様に、身体は言うことを聞かない。
弾丸の軌道から、相手が狙ったのはおそらく額の中央部――眉間であった。
当たれば即死――。
死ぬ前に衝撃を感じたとしても、ほんの一瞬のことだ。
クリスは諦めかけて目を閉じようとしていた。
しかし――。
キュュッ!!
風きり音を残し、左頬を掠めて弾丸は後方に飛び去った。
クリスは閉じかけた瞳を、パッと見開いた。
けれども、助かった……と安堵するだけの猶予を、相手は与えてはくれなかった。
一呼吸の間もなく、そして外したことを悔いることもなく、銃士は持っていた
間合いを詰めるようにクリスに近づいてくる。と同時に、腰のホルスターから
――まずい!
すぐさま体勢を立て直すと、きびすを返してクリスは全速力で駆け出した。
けれども、駆け出した方向が最悪であることに気がついた。
足の向いた先は、マリアージュ家の
この先に行くのは危険だ――。
頭では分かっているが、背後にいる相手がその行動を見逃すはずがない。
そのため引き返すという選択肢は選ぶことができなかった。
たとえ、この先が袋小路になっていようと、今は相手との距離を取ることが、この場合は最善とまでは言わなくても最良のはずだった。
クリスは走りながら考える。
ショートバレルのマスケット銃はロングバレルよりも精度が劣る。ならば、同距離かそれ以上に距離を取れば命中確率が下がり、それに比例して生存確率は上がるはず。
あの銃士は、先ほどは15メートルの地点から……。
——あれ?
15メートルの距離から……?
あの距離を――外した?
言い知れない不安が込み上げてきた。
一般的にマスケット銃と呼ばれる銃は、銃身にライフリングが施されていない滑腔銃だ。さらに使用する弾丸は
ライフリングが施条されていない銃身から発射される弾丸に回転はほぼ生じない。
さらに
この二つの要因によって、マスケット銃は弾道にブレが生じやすく、命中精度はあまり高くないとされている。
けれども、この命中精度云々というのは、あくまで
15メートルという比較的短い距離からの、しかもロングバレルを両腕でしっかりと支えた安定した姿勢による射撃では、狙いを外す方が稀有である。
それを外した……というのか?
クリスの脳裏に、銃士が微かに笑っていたのを思い出した。
アイツ……わざと外しやがった――。
と言うことは、詰め寄ってきた狙いは――。
やられた……。
銃士の策にまんまと嵌められた。
奴は射撃の腕前に相当の自信を持っている。
精度の低いシヨートバレルであろうと、命中させられるほどの……。
だからこそ、あえてロングバレルを使用して、あそこで外したんだ。
獲物を追い込むために――。
確実に殺せる場所に――。
おそらくはこの霊園全体は、領地ではないのだ……。
塋域のみが——
そして……殺しを正当化できる場所でもあるのだ。
クリスは自分の不注意さを嘆いた。
それでも今は距離を取って、相手の出方を待つしかなかった。
◇◇◇
銃士姿のその者は、追いかけようとはせずに立ち止まったまま、クリスの走る後ろ姿を見つめていた。
ショートバレルのマスケット銃をホルスターにしまうと、ポケットから通信端末を取り出して何処かと連絡を取り合い始めた。
「ルー、あんたの言う通り、追い込んでやったぜ。
―――ああ。シャルは寄越さなくて良い。アレはあたしの獲物だ。―――心配するな。あたしがやられるはずが無いだろ」
唇をペロリと舐め、ニヤリと笑みを浮かべると通信端末を切った。
ロングバレルのマスケット銃を拾い上げると、マリアージュの
◇◇◇
やはり……この先に逃げ場がないことを知っているようだな。
クリスは後ろを振り返って、そう確信した。
銃士が追ってくる気配はない――。
これから追い詰めた獲物をどう料理するか、今ごろゆっくり考えていることだろう。
だからと言って、こっちが黙って調理されてやる筋合いはないが……。
果たして俺が向かっている先に起死回生の機会があるのか……。
クリスは薔薇に覆われた窮屈な回廊をひた走る。
すると―――。
回廊の先に、テニスコートにして2面分くらいの庭園が広がって現れた。
立ち止まって魅入ってしまうほど、綺麗な庭園だった。
その庭園の奥には、白亜の大理石で造られた荘厳な建造物が鎮座していた。
まるで神話の中に登場する華麗な
(ん? あそこにいるのは……もしかして?)
クリスティーナと思しき人物の後姿が庭園の中央付近を歩いているのが見えた。
彼女が向かっている先は、その華麗な
御殿の正面には中に入るための扉はなかった。
正面の位置で彼女は立ち止まり、クリスの到着を待っているかのようだった。
手を伸ばせば届く距離まで彼女に近づくと、彼女の前に突如として光り輝くゲートが現れた。
彼女はその中へと消えていく。
それに続くかたちで、クリスもゲートを潜ることにした。
眩い光に包まれた先は、どうやら
その空間は薄暗く、目が慣れるまでに少し時間を要した。
目が慣れてくると、クリスは辺りを見回した。
内部の壁がほんのりと淡い光を放っている。その明かりによって御殿内部の構造が、徐々に視認できるようになった。
空間自体はそれほど広くはない。
50㎡程だろうか……。圧迫感を感じないのは、天井が高いからだろう。
天井まで明かりが届いていないが、おそらく5メートル以上はありそうである。
その空間内に、腰の位置ほどの高さの石柱がずらりと等間隔に並べられていた。
それは、まるで墓碑のように思えた――。
おそらくはそうなのだろう……。
その一つ、中央から左に寄った位置にある石柱の前に、クリスが追いかけてきた少女が佇んでいた。そして、祈りを捧げるかのように両手を胸の前で組んでいた。
クリスは少女の元へと近づいていく。
彼女に触れようと手を伸ばす。
すると――。
彼女は不意に、パッと姿を消し去ってしまったのだ。
……え?
鮮明に視界に捉えていた彼女が、幻のごとく消えていなくなってしまったのだ。
そして少女が消えたと同時に、記憶もまた……クリスから消えようとしていた。
心臓の鼓動だけが、やけに大きく耳に残っていた。
あれ……?
俺はどうして……ここに――。
今そこにいた……誰かが……いたような?
霊園に侵入して、銃士姿の何者かに命を狙われたことまでは覚えている。
けれども、ここに来たその理由も目的も、そしてクリスティーナと呼んでいた彼女の存在さえも、クリスは忘れ去ろうとしていた。
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