第9話
「見つけましたよ!」
どこからともなく、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
ジャスティンはあたりを見回す。すると霊園墓地の赤煉瓦の塀の上から、近づいてくる人影が見えた。
その人影は、こちらに向かって高く跳躍すると、ジャスティンよりも後方に宙返りを決めて着地する。
シュタッ!
振り返ると、そこにはメイド服姿の見知った若い女性がいた。
――マルセイユだった。
「クリストファー・テトレー! 貴方をこの場で拘束します!」
マルセイユは登場するなり、少年に右腕を突き出して指差した。
おいおい! どうしてマルセイユがここにいるんだ?
ジャスティンの思考が追いつく前に、マルセイユは少年に攻撃を仕掛けていた。
マルセイユは距離を詰めて、掴みからの投げを試みるが、その動きを読んでいるかのように少年は躱していく。
「マルセイユ! 気をつけろ! そいつはリグを着込んでいるぞ!」
「それくらい、分かって――」言いかけて、マルセイユの動きがピタと止まる。そして首だけをジャスティンの方へと向けた。「え? なんで?! どうしてジャスティン様がここに?」
その隙を少年は見逃さなかった。
とっさに踵を返すと走り出し、霊園墓地の塀をひと蹴りして、軽々と塀に飛び乗ると、墓地の中へと飛び降りた。
「あ! 待て――」
追いかけようとするマルセイユを、ジャスティンは呼び止めた。
「どうして止めるんですか?」ジャスティン様のせいですからね。
マルセイユは口を尖らせて不服そうな表情を見せる。
「その理由は説明するが……。その前に情報共有が先だ」
「情報共有?」
「そうだ。お前はどうしてここにいるんだ? 指定した待ち合わせ場所ではないはずだが……」
すると、マルセイユは猫の情報網を駆使して、昨日からテトレー伯爵の養子であるクリストファー・テトレーの足取りを追っていたとジャスティンに告げた。
「昨夜の21時くらいから、何処に向かっているのかを確かめるために尾行を続けていました。そしたら今朝方、ジャスティン様から初めてメールが届きまして……」
「メールを返信している間に見失ったと……?」
マルセイユは、恥ずかしそうにコクリと首肯いた。
野良猫だったら、相当のやらかしだが……。
まあ、こいつは――家猫だ。
家猫は主人の警護が主任務。
とはいえ……尾行は猫の基本中の基本のはず。
携帯端末の使い方が不慣れだったことを考慮したとしても……。
見失うほど、何に熱中していたんだ?
ああ……なるほど……。
「にゃん……だな?」
ジャスティンはジロリとマルセイユを睨みつける。
「にゃん?」と、マルセイユは首を傾げる。
「不慣れな携帯端末の操作で、にゃんと入力するのに時間が掛かって、見失ったんだろ?」
すると、マルセイユが笑う。
「そんなワケないですよ」イヤだなぁ……ジャスティン様は。
はずれた……だと―――?
「じゃあ、どうして見失ったんだ?」
「え~♡ ほら、これですよ……」ゴソゴソと携帯端末を取り出すと、その画面をジャスティンに向ける。「ほらほら、ハートの種類がこんなに多くて……。にゃんの後にぃ……どのハートをつけた方がいいのかを―――」
嬉しそうに話を始めるマルセイユに、ジャスティンはもういいとばかりに片手を突き出して制止させた。
怒るのもバカバカしくなってきた。
一回大きく深呼吸をする。
「良かったな……マルセイユ。ハートを付けなくて―――」
マルセイユは不思議そうに、ジャスティンを見つめる。
「ハートを付けてメールを送り返してきたら、俺はお前にハート型のリボンを付けて屋敷猫のところに送り返していたよ」ちょうど馬車も待たせておいたからな。
「え? もしかして……ジャスティン様……怒っていますか?」
マルセイユがフルフルと怯えた表情を見せる。
マルセイユのその表情を見ただけで、ジャスティンは溜飲が降りた。
「いや――腹が減って、気が立っていただけだ……。待ち合わせのレストランに行こうぜ。馬車も待たせているし」
ジャスティンは踵を返して、待たせている馬車の方向に歩き出した。
「え…? でも――あの少年は?」
「追わなくていい。ここは国立霊園墓地だが、国有地ではないんだ」
ジャスティンの言葉に、マルセイユは立ち止まり、赤煉瓦の塀を見つめる。ジャスティンも仕方なく立ち止まる。
「俺も先ほどまで失念していた。その塀の向こう側は、たしか
ジャスティンはそう言うと、歩き始める。
「国立霊園墓地……?」マルセイユもふと何かを思い出したように呟いた。「確か……マリシア様と……メリシア様の……」
マルセイユも寂しそうに黙り込むと、その赤煉瓦の塀に向かって、深々と頭を下げるのだった。
◇◇◇
霊園墓地に思わぬ形で侵入したクリスは物陰に隠れて、しばらくの間、じっと周囲の様子を伺っていた。
霊園内は、時が止まっているかのように静まりかえっていた。
そよそよと風がそよぎ、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
人の気配は……なかった―――。
もしかして……ここは領地内なのか?
だとしたら、あのメイド服の女が侵入してこないのも説明がつく。
とは言え、あのメイド……いったい何者だったんだ?
俺の名前を知っていた。
しかも爵位を手にした後のフルネームを……。
クリスは、少し考えてみたが結論が出そうにないので、思考を中断させた。
もう一度、あたりを見回すと、ようやくクリスティーナの後姿が見え始めてきた。
彼女は霊園の正面入り口から伸びた石畳を歩いていた。
クリスもあたりを警戒しつつも、彼女についていくことにした。
すると――今までと明らかに異なる薔薇で囲まれた区画が目の前に見えてきた。
もしかして……この先が皇女神マリアージュの塋域なのか?
手入れが充分すぎるほど行き届いた薔薇の園の前で、クリスは立ち止まる。
彼女はすたすたと薔薇園の奥へと消えていったが、クリスは躊躇ってしまった。
おそらくこの奥は絶対不可侵の領域――マリアージュ家の墓碑があるに違いない。
入ったのがバレたら、タダでは済まない。
いや……すでに領地内に侵入しているのだから、今でも殺されても文句は言えない状況だ。だったらここで躊躇っても仕方ない。
クリスが塋域に向かって、踏み出そうとした、その時だった――。
背後から、突き刺さるくらい強烈な殺気が走った。
周囲に人の気配はなかった――。
まったくしなかった――。
物音も足音も――。
安心しきっていたクリスは、完全に無防備で、そして完全に無警戒だった。
それ故に、無意識に条件反射のごとく必要以上の防衛本能が働いてしまった。
不覚にも振り返るという、おそらく最悪の行動をとっていた。
——まずい!
後悔してもすでに身体は動いていた。
自分の生死は、相手に委ねられる格好になっていた。
アドレナリンの分泌が急激に高まり、スローモーションのように映って見える。
横目に殺気の持ち主の姿が、少しずつ少しずつ視界に入ってきた。
時代にそぐわない
羽のついたムスクテールハット。ジュストコールと呼ばれる上衣。乗馬用のズボンであるキュロット。そして…膝丈まである乗馬用のブーツ。
それは紛れもなく、グランディール王国時代の国王直属の銃士隊の正装であった。
この聖地を警護している守護霊のように、クリスには映って見えていた。
聖地を荒らした自分に対し、領律に則った罰を与えるということなのだろう。
引き金には、すでに指がかけられていた。
帽子の影で顔は視認できないが、銃士の口元が僅かに綻んだ。
次の瞬間――。
引き金が絞られ、撃鉄が作動すると同時に銃口から白煙が立ち上った。
クリスは死を覚悟した――。
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