第8話 

 「おかしいな……」

 ジャスティンは首を傾げ腕時計を確認する。


 開園からもう三十分は過ぎている。扉が閉じたままなのは、どう考えてもおかしい。


 不思議に思いつつ、入り口の左側に掲示板に近寄ってみる。


 すると、掲示板に、一枚の張り紙がされていた。

 その張り紙を読んで、声が荒くなった。


「本日は休園――? 墓地が休園だと? 冗談はよしてくれ……」


 張り紙には、理由は書かれていない。


 まさか本当に墓を荒らしたのか……?


 放蕩娘メルシーが留置所に入れられているという、最悪の事態が頭を過ぎる。


 しかし、現状でそれを確認する手段がない。

 掲示板に霊園管理元の連絡先は表示されていなかった。

 休園の理由が分からない以上「墓を荒らした少女がご厄介になっていませんか?」なんて最寄りの警察署に訊けるわけもない。


 ジャスティンはもう一度、腕時計を確認する。

 もうこんな時間か――と、舌打ちをしてしまう。


放蕩娘メルシーの件が片付いていないというのに――。今度は家猫マルセイユの躾の時間が迫っているじゃないか!」


 苛立っていたジャスティンは、近くにあった街灯を思わず蹴飛ばしてしまった。


 つま先に痛みが走った。

 今日のジャスティンは朝から分刻みのスケジュールだった。

 これからマルセイユとの待ち合わせ場所に向かわなければならなかった。


 マルセイユと合流することになった経緯は、昨夜掛かってきたベノア局長からの緊急連絡の内容に起因していた。


 早い話、別の事件の担当を言い渡されたのだ。


 テトレー伯爵の事件を含めれば、すでに四件も事件を抱えている状況である。いくら領地捜査局が猫の手も借りたいほどの人手不足とはいえ、さらにもう一件の事件を抱えるには不可能と言わないまでも、若いジャスティンでも身体的に無理があった。


 やんわりと断る口実を考えながら、のらりくらりと話をしていると、局長はそれを察したのか、間髪を入れずにジャスティンが担当している三件の連続殺人事件との関係性を伝え、断りにくい状況を作り上げていた。


 局長の戦術的勝利である。


 ノスフェラトゥ連続猟奇殺人事件――と、世間から呼ばれる事件を、ジャスティンは担当させられていた。


 事件の概要はと言うと――。

 被害者が失踪の後に遺体として発見されるというありふれたものだが、遺体には少なくとも損傷が一箇所以上はあり、さらに身体の一部が持ち去られているのである。

 最大の特徴は、持ち去られる身体的部位は、同一ではないことであった。

 それ故に、犯人の動機も人物像も絞り込めない。悩ましくもあり特異性のあるところだった。


 巷では、想像上の怪物ノスフェラトゥが襲っているのではないかといった、尾ひれどころか手足まで生えて、都市伝説のように独り歩きを始めていた。


 世の注目度が上がることで、事件の早期の解決が望まれる格好になっていた。


 新参組織である領地捜査局としては、犯行が続けば続くほど、解決が長引けば長引くほど、無能組織の誹りを受けることになるのだ。


 だが本来であれば、この事件の担当は警察組織との合同で行われるべき案件なのである。

 なぜなら三件のうち、領地内で死体が発見されたのは一件のみであったのだ。しかし、被害者が三件とも貴族であったことから、領地捜査局に事件を丸投げする形で領地外で起きた他の二つの事件も引き継がれることになったのだ。


 ただ単に厄介ごとを押し付けられただけだと、ジャスティンは思っている。


 話を戻すと、局長の話では四件目の被害者も貴族様であり、領地内の屋敷の中で起きた事件であるそうだ。すでに現場検証も遺体の検視や鑑識による収集作業も終わっているそうで、明日にでも現場で引き継ぎと確認をしてもらいたいとのことだった。


 内心乗り気ではないジャスティンではあったが、ベノア局長に恩を売る絶好の機会でもあったので、目的地行くための移動手段を確保してほしいことだけは伝えて、引き受けることにした。


 そして先ほど馬車の中から、家猫マルセイユに支給された携帯端末に宛ててその旨を書き込み、時間を指定した上でグランディール郊外にある行きつけのカフェレストランで落ち合うことにしたのである。


 間も無くしてマルセイユから、『了解です……にゃん。指定のお時間にお待ちしています……にゃん』と、なんともふざけた返信が送られてきたのだ。


 あの猫……なめやがって――。


 可愛いくなったからって、にゃんにゃん言っていれば、なんでも許されると思うなよ。


 あのマルセイユには、どうやら躾が必要だ――。


 ジャスティンは指定の時間よりも早めに行って、マルセイユがやってきた時に、パンケーキでも食べながら「待ちくたびれた……にゃん」と、笑みを浮かべて嫌味たっぷりに言ってやろうと心に誓ったのだ。


 そうすると……だ。

 マルセイユよりも早く落ち合う場所に向かうためには、移動時間を考慮して逆算してみると、あと数分が限界であった。


 霊園が開園していれば、母と姉の墓を確認するくらいの時間はあったが、休園とされていたらどうすることもできない。


 まいったな…どうしようか……。

 塀を乗り越えて、中に入ってしまおうか?

 見上げた先の赤煉瓦の塀の高さは、優に三メートルはありそうだった。

 流石に無理そうだな……。


 上ることを諦めて頭を抱えていると、背後から足音が聞こえてきた。

 振り返ると朝靄の中から、こちらに近づいてくる人影が見えた。

 もしや関係者かと思い、呼び止めてみた。


「ちょっとそこの君……?」


 すると相手もこちらに気がついたのか、不意に身構えた。

 ジャスティンの目の前に現れたのは、少年だった。

 歳のころは、自分よりも四つか五つくらい若い印象を受けた。


「ああ、わるい。驚かせるつもりはなかったんだ。キミ……この霊園の関係者かい?」


 敵対行為がないと分かると、少年はこちらを観察するようにしながらも身構えるのやめてくれた。


「いいえ。俺は……知人を追って。ここに入るのが見えたので……」


 ん?

 入って行った……?

 おかしなことを言う。


「この入口は閉まっているよ」

「え?」

 少年は霊園入り口の扉を確認しにいく。

 扉に鍵が掛けられいると分かると、扉を叩き始めた。


 ジャスティンは少年を観察するように見つめていた。

 不審というほどではない。

 だが、三つばかり違和感を覚えた。


 少年は薄緑色のゆったりとした上下のスウェットを着ていた。首都グランディールにいるティーンたちの流行とは少し趣きの異なる服装だった。それが一つめであった。

 二つめは彼の頭部と頸部に比べてわずかではあるが体格が、がっしりとした印象があったからだ。


 もしや……リグを着込んでいる?

 リグを隠すために一回り大きめのサイズのスウェットを着ている?


 そう推測すると、違和感の説明もつく。

 けれども…どうしてこの少年がリグを着込んでいるのか、という疑問が生まれてしまう。


 そして三つめ——。

 これが一番気になる事だった。

 それは彼の左薬指には——指輪が嵌められていた。


「そんなに叩いても無駄だよ」


 ジャスティンの言葉に、少年は霊園の扉を叩くのをやめた。


「墓参りに来たんだけど、今日は休園という張り紙があるんだ……」ジャスティンは掲示板を指さす。「俺は、その理由を知りたくてね」


 少年はしばらく黙ったまま考え込んでいるようだった。


「君も霊園に用事があったのかい?」


 しかし、少年はジャスティンの言葉が聞こえていない様子で、黙ったまま塀を見上げていた。距離を測っているように首を上下している。


 まさか…考えあぐねた結果――。

「塀を上って、中に入ろうなんて考えていないよな?」


 ジャスティンの鋭い言葉に、少年は振り返り身構えた。


 塀を乗り越えるのは、やめた方がいい……。

 そう少年に忠告しようとした、その時だった――。

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