第7話 

 テトレー伯爵の屋敷での捜査からようやく解放されたジャスティンは、帰宅への道すがら、自宅のある高層マンションを見上げてみた。


 すると、自宅の部屋に明かりが点いていない事に一抹の不安を感じた。


 まさか――出て行ったのか?


(いや……まさか、そんなはずはない)

 そう思いたかった。


 慌てて自宅へと駆け戻ると、風呂場やトイレ、そして彼女に与えた部屋を次々と確認して回る。

 だが、部屋の何処にも少女の姿は見当たらなかった。


「あの放蕩娘……何処に行ったんだ?」


 リビングの明かりを点けると、テーブルの上に一枚の紙片が置かれていた。

 少女の拙い文字だった。


『俺様のグリムリグを回収してくる。すぐ戻るから心配するなよ♡ ――メルシー』


「グリムリグ?」


 そういえば……三日ほど前――。

 姉のグリムリグの在処ありかを、やたらしつこく訊ねてきたことを思い出した。

 ジャスティンは頭を掻きながらその場にしゃがみ込んでいた。


「メルシーの奴……心配させやがって――。アイツ……本当に行ったのかよ」

 信じられないと思いつつも、少しばかり安堵している自分がいた。


 ピピピピと、アラーム音が鳴り響く。

(まったく……こんな時に……何だよ)

 ジャスティンは舌打ちしつつも携帯端末の画面を確認すると、見覚えのある名前が表示されていた。


 相手は領地捜査局局長――ジャスティンの上司に当たるミシェル・ベノアからだった。



 ――翌朝

 朝靄が立ち込める郊外に、馬の蹄が石畳を叩く音が響く。


 グランディール国立霊園墓地と書かれた立札の前で、馬のいななきと共に一台の四輪馬車キャリッジが停車した。


 馬車の扉を開けて出てきたのは、慌てた様子のジャスティンであった。

 御者にチップを渡しながら、すぐ戻ることを伝え、足早に霊園墓地の入場ゲートへと向かっていく。


 ジャスティンがこの国立霊園墓地を訪れたのは、あくまで私用である。


 昨夜、帰ってこなかった家出娘ことメルシーの向かった先が、おそらくこの霊園墓地なのだ。

 あのバカ娘は、不謹慎にも墓を掘り返そうとしていると、ジャスティンは置き手紙の内容からそう結論づけていた。


 だから早朝にも関わらず、急いで馬車を乗りつけて、ここまで来たワケである。


「あの放蕩娘! 見つけたら説教してやる……!」と毒づきながら、ジャスティンは霊園の入り口を目指す。


 十年前――グランディール国王とその一族、そして配下の重臣たちが王邸宮から忽然と姿を眩ますという、国を揺るがす前代未聞の消失事件が発生した。


 当時、ジャンナッツ家の当主でありジャスティンの母でもあるマリシアと次期当主に内定していた姉のメリシアもまた、この王邸宮で起きた消失事件に巻き込まれる形で消息不明になってしまった。


 突如として、グランディール王国は国王が不在となり王位が空席という異常事態に陥った。

 けれどもこの国難を前にしても、誰しもが王位に就くことを躊躇った。


 本来、王位が空席であれば、我先にと王座に座るために争うものであるのだが、この国の貴族たちは王座を取り囲み、どうぞどうぞと譲り合いを繰り広げていたのだ。


 おそらく貴族たちは皇女神すめがみマリアージュ家の出方を伺った結果なのだろう。

 しかし、平民たちはそんなことお構いなしとばかりに、譲り合っている貴族たちを横目に、その王座を何の躊躇いもなく、奪い去ってしまったのだ。


 名ばかりの、そして形だけの革命ではあった。

 だが、瞬く間に新政府を立ち上げたことによって、歪な形とはいえグランディール王国は、グランディール共和国へと生まれ変わってしまった。


 そして三年前――。

 消失事件から七年の経過により、国王を含めた王邸宮にいたすべての者たちの失踪宣告がなされることとなった。


 これにより、王邸宮にいた者たちが法律上、死亡したとみなされた。


 ジャスティンの母マリシアと姉メリシアも、王邸宮で死亡したものとみなされた。


 二人の葬儀は、ジャスティンと屋敷猫の数名で執り行われることになった。


 棺は安置室に二つ並べられて置かれていた。

 棺に二人の亡骸なきがらは入っていなかった。

 その代わりとして、彼女たちが愛用していたグリムリグ(外骨殻)が、収められることとなった。

 グリムリグの周りを色とりどりの花たちが飾り付けられた。

 その光景を前にしても、ジャスティンは二人が亡くなったという実感が湧いてこなかった。


 何が起きたのか――その真相を確かめることもなく、誰もが禁忌とばかりに顔を背向け、口をつぐんだのだ。


 皇女神すめがみマリアージュの怒りを買ったから消え去ったという噂のみが、まことしやかに囁かれていた。けれども、肝心の原因の究明をする者たちは誰一人としていなかったのである。


 今でも王邸宮は新政府の指示により封鎖され続け、誰の立ち入りも許されない禁域とされてしまった。


 二つの棺を埋め終わると、ようやくジャスティンは現実を受け入れた。


 姉も母も戻っては来ない。

 けれども……生きている可能性はまだ残っている。


 確証は何一つない。

 だが、そう思えるだけの根拠がジャスティンにも、そして屋敷猫たちにもあった。


 それはジャンナッツ家の至宝『幽霊猫』を母マリシアが所持していたからだ。

 幽霊猫が持つ能力を使用していれば、生存の望みはあるはずなのだ。


 ただ、それを証明することは困難であった。

 そのため、女系血族のジャンナッツ家は当主が不在となり、爵位を一時的にではあるが剥奪されることになった。


 それならば……俺が二人を見つけて連れ戻す。

 そうすれば爵位は戻され、ジャンナッツ家は再興できる。


 二人の墓石を前にして、ジャスティンはそう誓った。


 いつしか皇女神すめがみマリアージュ家の領地である王邸宮の捜索をする機会があるかもしれない。

 それだけを微かな希望と心の拠り所にして、ジャスティンは新設されたばかりの領地捜査局に志願することにしたのだった。


 あの誓いから――三年の月日が流れていた。


 やはり霊園を訪れると、少しばかり心苦しくなった。


 二人に誓った決意も虚しく、王邸宮の調査を局長に進言することもできずいる。そして、日々起こる貴族様の事件に追われる毎日に辟易していた。


 もしかして――二人に急かされているのか?

 まさか……と思いつつも、否定できない自分がいた。


 何故なら、当時の姉にそっくりな姿の少女メルシーが、なんの前触れもなく家に転がり込んできたかと思えば、昨日には家猫マルセイユの世話まで押し付けられることになった。


 いくら何でも、急展開が過ぎる――。


 さらに畳み掛けるようにして、今度はどうだ?


 あの放蕩娘メルシーは、俺の生活を引っ掻き回した挙句、突然姿を眩ますとは……。


 次から次へと問題を起こしてくれる……。


 ジャスティンはため息を漏らしてしまう。

 書き置きには、『グリムリグを回収する』という一文が書いてあった。


 ならば、姉が愛用していたノクターン・プロトタイプ・バンシーと呼ばれるグリムリグを回収しようとしているとみて間違いない。


 つまり――あのバカメルシーは、墓を掘り返して棺の中から取り出すつもりでいるのだ。


 まったく! 冗談じゃない!


 いくら当時の姉に似ているからとしても、棺に姉の遺体が入っていないとしても、墓を掘り返す――そんなことが許されてたまるものか。


 ようやく入り口までやってきたジャスティンであったが、霊園墓地入り口の扉は閉ざされたままであった。

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