第5話 

 ジャスティンとマルセイユは捜査官の後を追って、2階の書斎へと入る。

 すでに三人の鑑識が作業を止めて、ジャスティンが来るのを待っていた。

 書斎の机の周りには、撮影用に設置された複数のライトで明るく照らされていた。


 そして机の中央に、問題の領律書が広げられていた。


「この状態だったのか?」

 机の上に広げられている領律書を見ながら、ジャスティンは、捜査官に訊ねた。


「はい。私たちが書斎に入った時には、すでに領律書は広げられていました」まだ、どこにも手をつけていません。と、付け加える。


 ジャスティンは、領律書に書かれた文面を上から順番に確認していく。

 筆跡も内容もテトレー伯爵のものだった。届けられているテトレー家の領律書に間違いはない。

 けれども……最後の一文、それだけは異質であり異様であった。

 日付は五日前――10月5日。

 明らかに、テトレー伯爵本人が付け加えて書いたものではなかった。

 なぜなら、筆跡も文体も、そして……署名までもが異なっていた。

 その一文はこう書かれていた。


「領地内において、復讐を成し遂げた者は何人たりとも罪を問われることはない。たとえ復讐の相手が、領主或いは当主であったとしても、これを適用する。――監獄王」


(……監獄王だと?)


「この領律は適用されるのですか?」と、マルセイユ。


「無効だよ。これは領主の署名ではないだろ?」ジャスティンは、トントンと『監獄王』と書かれている文字を指で叩く。「たとえ、伯爵が王を自称していたとしても、公的な書面では無効だ。もっとも、上にある伯爵の筆跡とは、まったくと言っていいほど異なっているから、別人の仕業だ。やってくれたよ……コイツは」


「無効だと知った上で、わざわざ書き込んだんですか?」


「だろうな。犯行声明文のつもりじゃないのか?」


(法を破るためではなく、法を嘲るための文章だ)


「それで目につきやすい所に、わざわざ領律書を広げて置いたと?」

 マルセイユの疑問に対し、ジャスティンは舌打ちをしながら、首肯いた。

「そういうこと。領地捜査局という新組織がこの事件をどう扱うのか、その動向を伺っている様にも思えてくるよ」


 ジャスティンは鑑識に指示を与えると踵を返して、書斎を後にした。

 再び一階の応接室へ戻ろうと階段に差し掛かった時のことだった。捜査官たちがいないタイミングで、マルセイユが先を歩くジャスティンに声をかけた。


「ジャスティン様は、あの領律書に書き込んだのが、伯爵を殺害する前なのか、後なのかについては、あまり気にしていないのですか?」


「気にしていないわけじゃない」と言って、マルセイユの方に向き直る。「ただ、監獄王を名乗る人物が領律書に書き込んだ日付は、伯爵の死亡日以後か同日。そう考えると五日前になる。そして137番目の養子を迎え入れたのが五日前だ。どちらも10月5日だ。これをどう見る?」


「監獄王と名乗る人物と養子の二人が共謀していたと?」


「確証は何もない。ないが……そう考えた方が自然な気がする」


 ジャスティンは、階段を降りて、再び応接室へと戻る。そして、テーブルを挟んだ向かいから遺体の老人を見つめる。


「この椅子に座った監獄王と名乗る人物は、伯爵が『死の婚約指輪』を使って、自らがこの国の王になるための人体実験をしていることを知っていた。だから、指輪を利用して復讐を企てた」


「けれども伯爵だってバカではありませんよ。指輪を所有していて、さらに人体実験をしていたのなら、尚更のこと――自ら指輪を嵌めるとは思えないのですが?」


「まあ、それは至極当然だな。余程の確信確証がなければ、自ら指輪を嵌めようとはしないだろう。だからこそ養子になったクリストファーという少年が、狂言まわしになったとは考えられないか?」


「狂言まわし?」

「タイミングよく、養子にしてくれるように少年がこの屋敷を訪れたんだよ」

 マルセイユは黙って、ジャスティンを見つめる。


「伯爵は少年を別室へと通す。そして監獄王と名乗る男は、自ら提案をしたわけだ。少年にこの指輪を嵌めさせてみれば、本物か偽物かもハッキリすると――」


「少年は指輪を嵌めても、問題はなかった……と?」


「まあ、確証は何一つない。けれども伯爵の養子として申請は受理され、クリストファー少年は晴れて爵位を手に入れることができたわけだ。しかもそのまま、行方が知れない状態だ。怪しい事この上ない。もっとも監獄王と名乗る人物の狙いが、少年への誘導ミスリードという可能性は大いにあり得る事だとは思うが」


「先ほど言われた、領地捜査局の動向を伺っているということですか?」


「ああ、我々のお手並み拝見といったところかな。初動捜査において、監獄王=養子のクリストファーという同一人物の可能性もあるし、二人が共謀した可能性もある、さらに言えば、本当に偶然に、養子にしてほしいと訪れたクリストファー少年を利用した可能性さえある。どういう推測を立てて俺たちが動くのかを、近くから伺っているのかもしれない。ま…それは冗談として――」

 ジャスティンは肩を竦めると、マルセイユに着いてこいと合図を送る。


 屋敷の外へと二人が出ると、ジャスティンはあたりに人がいないのを確認する。


「あの場では、冗談と言ったが、ある意味……冗談でもないんだよ」


「近くから伺っている……という話ですか?」


「ああ。領地捜査局は新設したばかりでね……人手が足りてないんだよ。本当に猫の手を借りたいほどでね」


「もしかして、ジャスティン様が私を呼んだのですか?」

 マルセイユは、嬉しそうな表情を見せる。


「いや……お前のことについては、ベノア局長と屋敷猫が秘密裏に取引をしたんだろうよ。俺のたっての願いではないよ」


「そう……ですか?」と、マルセイユは、今度は残念そうな表情に変わる。 


「どちらの意味にしても、猫の手を借りたいというのは本当だ。領地捜査局の情報網だけでは、はっきり言って捜査にならない。というか……悪質なデマだらけで使いものにならない。その理由も分かってはいるんだが……」と、ジャスティンはため息をつく。


「そこまで情報に正確性がないのですか?」

「当たり前だ。貴族様からすると、自分の領地という聖域を平民たちに荒らされるのが、我慢ならないというのもあるのさ。だから、証言も当てにならない。さらに言えば、隙あらば領地捜査局を潰せるネタを探していると思っていた方がいい」


諜報員スパイがいる……と? 我々の会話も聞かれている恐れがあるから、この場所に?」


 ジャスティンはコクリと頷いた。

「職員全員の経歴を事細かく調べてはいないんだよ。だから、監獄王と名乗る人物の仲間が、ここに紛れ込んでいることもあり得ない話ではないのさ」


「状況はわかりました。それで、ジャスティン様は私に何をしろと?」


「クリストファーという少年の居場所と監獄王と自称する男に関することを調べてほしい。猫には簡単な仕事だろ?」


「当然です。ですが家猫の私の主任務はジャスティン様の警護ですが……お一人で大丈夫ですか?」


「別に……それは問題ない。俺の方も忙しいんだよ。この件とは別に、三件の連続殺人事件の捜査も担当しているんだ。できれば、そっちも頼みたいくらいだ。まあ、一先ずはマルセイユ、お前のお手なみを拝見だ」


 するとマルセイユは微笑む。

「おまかせください……にゃん」

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