第4話
「そんな話を聞いたことないか?」
「初代グランディール国王の誕生譚ですか?」
マルセイユはどこか懐疑的に付け加えた。
「……眉唾物の伝説ですよ」
そう言われてしまうと、身も蓋もない。
ジャスティンは肩を竦める。
言った手前もあるが、ジャスティンでさえ、その伝説を信じている訳ではない。
初代グランディール国王に纏わる装飾品の数々は、国立博物館に展示されている。
だが、この伝説に登場する指輪だけは、展示されていないのだ。
つまり、実在そのものが疑わしいのだ。
その可能性は否定できない。
けれども、オカルトや都市伝説として研究者の間ですら、この指輪の伝説は語られることはないのだ。
おそらく民間伝承としての昔話と、グランディール国王の権威を組み合わせて作った創作話なのだろう。
だから、その手の話が好きな人たちから見ても、この伝説は神秘性や秘匿性に乏しく、強い訴求力を持つものではないのだ。
(くだらないことを考えている場合じゃないな。捜査を進めないと日が暮れてしまう)
ふと顔を上げると、物静かに考え込むマルセイユがいた。
「どうした? マルセイユ」
「あの……仮にですよ、ジャスティン様」と、真剣な眼差しを向けてくる。「仮に……その死の婚約指輪が実在するとして」
(眉唾物の伝説と言ってたくせに、何を気にしているんだ?)
「都市伝説の類なんだから、そんな気にするなよ」と、ジャスティンが一蹴するがマルセイユは食い下がる。
「いえ、少し気になった事があるので、話を聞いてください」マルセイユはジャスティンの側へと近づいてくる。そして、誰にも聞こえないように耳元で囁く。「その指輪を、このご遺体の老人が嵌めたとするのであれば……」
(指輪を……嵌めたとするのであれば……?)
「
(まさか……?)
マルセイユの顔をまじまじと見つめてしまう。
国王とそれに連なる重臣たち、それはジャスティンの母親も姉も含まれる訳だが……。
彼らは忽然と姿を消した。
そして王位が不在の中で起きた革命によって、王国は共和国へと切り替わった。
(新政府に不満を抱いたこの老人が、伝説を信じて……?)
「待て待て――飛躍がすぎる」自分を言い聞かせるように、声のトーンを抑える。「俺が言ったことだが、そんな冗談みたいなことありえないだろ?」
「本当に、そう思いますか?」
「いや――だって……。あ……そうだ。普通に考えてみれば、結婚指輪の痕の可能性がある」
(そうそう……。現実的にあり得る可能性があったじゃないか)
ジャスティンは、近くを通りかけたキャンディ捜査官を捕まえる。
「ねえ、ちょっと教えて欲しいんだけど、テトレー伯爵って結婚していたの?」
「いえ、結婚はされていなかったようですね」
(え……? 結婚していない?)
意外な答えが返ってくる。
訊ねられたキャンディ捜査官は、持っていたファイルを手渡してくれた。
ジャスティンは、ファイルを捲りながら、伯爵の経歴を確認していく。
婚姻歴――なし
実子――なし
養子――137人
(137人?!)
(なんだよ? 養子137人って……?)
思わず目を疑ってしまう。
顔を上げると、マルセイユもファイルを覗き込んでいた。
異様に思える数だった。
「この数字、間違いないのか?」
養子の項目を、指差しながら、キャンディ捜査官に訊ねる。
「異様な数ですよね。ですが間違いではありません」
(だとすると――この人数は何だ?)
ジャスティンが捲った次の頁から数頁に渡り、さらに驚く内容が記載されていた。
その内容というのが、養子の名前・出自・性別・年齢・死亡年月日・死因が記されていた。しかも、それが136人に及んでいるのだ。
絶句してしまう。
「136人も……すでに死亡しているのか?」
(このジジイ……いったい何をしていたんだ? まさか……本当に、指輪で人体実験を……?)
ジャスティンは振り返り、遺体を睨みつけてしまう。
(いかんいかん……)
ジャスティンは頭を振る。そして、一つ深呼吸をする。
(よくない、よくない。思い込みで捜査をするものじゃない)
あくまで推測の一つに過ぎない。
さらに言えば、伯爵の死と養子の死に因果関係は、まだ見つかっていない。
まずは養子たちの死因を確認していこう。
さてさて、死因は何だ?
頁を指でなぞっていく。
病死や事故死が並んでいる。不審死は一つもない。けれども……ここは領地内だ。
おそらく司法解剖は行われていない。
領主であるテトレー伯爵からの申告という名の命令で、すべて片付けられる。
「養子の方は、全員、男性のようですね」と、マルセイユが口にする。
伯爵の養子になった者たちは、10代後半から20代前半の若い男に限定されている。女性は一人もいなかった。
と、なれば伯爵に婚姻歴がないことから、男色家である可能性も考えられる。
「伯爵は、男色家だったのでしょうか?」
マルセイユも同じことを考えたようだ。
伯爵が男色家だと仮定したとしても、だ。
彼らは――養子になってから、短くて三日、長くて一ヶ月ほどで、他界している。
「かなりハードなプレイがお好みだったのでしょうか?」
真剣な眼差し……いや……違う。興味津々な眼差しじゃないか。
(おいおい、冗談でも変な想像するなよ。こっちもそういう想像をしてしまう)
「養子にしているんだぞ。そんなワケがないだろう」
(まあ…ないワケではない…けど――)
爵位をチラつかせて、若い男をおびき寄せた可能性は……ありそうな話だな。
「137人目の養子だけ、生存しているようだ。日付は五日前の10月5日に養子として正式に迎え入れているな……」
名前は、クリストファー。年齢は十六歳。出自は……フォルトスラーバ。
ジャスティンは、近くにいた男性の捜査官と警察官に、その養子の行方を訪ねてみたが、消息は不明とのことだった。
そこに別の捜査官が慌てた様子で応接室に入ってくると、ジャスティンに駆け寄ってくる。
「ジャンナッツ警部、二階の書斎まで来てもらえますか?」見てもらいたいものがあるのですが……。
戸惑った様子の捜査官に、ジャスティンは頷く。そして、捜査官の後ろをついて行く。マルセイユもジャスティンに同行する。
「何か見つかったのか?」
応接室を出て、階段を上がりながら、ジャスティンは捜査官に訊ねる。
「領律書に、新しい記載がありました」
(ああ……なるほど――よくあることだ)
振り返ると、マルセイユが不思議そうな面持ちで見つめてくるので、説明することにした。
「三年前に領地捜査局が新設されるタイミングで、領地を持つ貴族を対象に、領律の写しの提出を呼びかけたんだよ」
「領律書の写しですか……?」
「ああ。提出は義務ではないけど、八割くらいの貴族から真面目にも送られてきたんだよ。だからそれを利用して、領地捜査局が捜査にあたることが出来るかを事前に確認しているんだ」
「そう言うことですか。けれども、その領律書に新しく記述がされていたことで、捜査を打ち切ることもあると?」
「場合によっては、ね」
「はい、そうなんですが……」と、捜査官は言葉を濁す。
「ん? 違うのか」
「見てもらった方が早いと思います」と、言って、捜査官は早足で書斎に向かう。
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