第3話
応接室に入ると、すでに鑑識チームが現場の検証を始めていた。
皆が無言で写真を撮影したり、指紋の採取を行なっている。
「ご苦労様」と、ジャスティンは皆に挨拶をして、指揮にあたる人物に話しかける。
「で――仏さんは……」と、ジャスティンは、テーブルに突っ伏した状態の老人を観察する。
「アルフォンソ・テトレー伯爵です。年齢は八十五歳。死後五日ほどは経っていると思われます」
「五日? それにしては、腐敗はあまり進んでない様だけど?」
「ここの所、気温が低かったのが影響していると思われます」
「なるほど。続けて――」
「死因はまだ明らかではありませんが、頭部の損傷が激しいですので、おそらくそれが致命傷ではないかと……」
鑑識の説明を聞いていたジャスティンは、うんうんと頷いてみせる。
「どうして発見が遅れたの?」
「使用人たちは一週間ほど休暇を与えられています。発見者は使用人の一人で、休暇明けで、今朝方、発見したそうです」
鑑識から手袋を渡される。ジャスティンはそれをマルセイユに渡し、鑑識に、もう一つ手袋を要求する。
「ここから先は、あまり触らないようにしろよ。すべてが証拠になるからな」と、ジャスティンはマルセイユに注意した。
マルセイユも手袋を受け取ると、静かに首肯いた。
そして、二人は老人の遺体へと近づいていく。
死してなお苦悶が顔に貼り付いた表情をしていた。それを物語るように、老人の後頭部が吹き飛んでいた。
遺体の背中側の床や壁に、脳漿や血液が大量に飛び散っている。
死ぬ間際に苦痛で仰け反り、そして絶命の後に机に突っ伏したのだろう。
「拳銃で撃たれた痕はありませんね」と、マルセイユがジャスティンの背後から身を乗り出すようにして観察をしている。
「口腔内も出血したあとは見当たりませんし」
ジャスティンはペンライトで、老人の口の中を確認してみた。
マルセイユの言う通り、口腔内に弾痕は見られなかった。
「と言うことは……だ。無理矢理、銃を口に突っ込まれた訳ではないということだ」
(正面から拳銃で撃たれたのではないとなると、後頭部が吹き飛ぶ原因は……?)
はてさて……なんだろうな?
首を傾げながら、試しにマルセイユに訊いてみた。
「銃でないとしたら、凶器は何だと思う?」
ジャスティンの問いに、マルセイユは、ふむ……と顎に指を当てて考え込む。
「他殺を疑っているのですか? 抵抗した形跡はありませんよ? かと言って不意に殺害されたにしては硬直箇所も見受けられますし……」と言って、その箇所を指差す。
(なるほど……。そう視るのか……)
ジャスティンはニヤリと笑う。
「いや――他殺だとは断定はしていない。けれどこの老人が死ぬ間際まで、誰かがこの部屋にいたのは確かだろう?」まあ、少なくとも一人は……。
「はい。テーブルを挟んだ向かいの席に座り、この老人が亡くなるのを傍観していた者はいたようですね」マルセイユは、老人の対面の椅子がある所に向かう。「老人が亡くなったのを確かめてから、テーブルの上に置いてあった何かを持ち去っています。ここだけ白いままです」
マルセイユは、老人から見て左側の血飛沫がないテーブルの箇所を指差す。
ジャスティンもそれは気づいていた。
血液の痕跡がない箇所の具合から、そこにあったであろう物体の形状のおおよその見当はついた。
おそらく手のひらサイズの箱のような物体であると推測はできる。
ジャスティンは老人の背後から左へと周り、だらりと下がる左腕を見つめる。マルセイユもまた対面から右へと周り、ジャスティンと同様に老人の左腕を見つめた。
二人が気になったのは、老人の左腕に浮かび上がるミミズ腫れであった。
ジャスティンが慎重に、老人の左腕の長袖を捲し上げる。
「薬指から手の甲…それから腕に向かって……腫れが続いているな」
「これ……首の方まで続いていますよ」
マルセイユが、老人の左の
(左手の薬指から何かが這い上がって、脳を破壊した?)
ふと左薬指にある指輪の痕が気になった。
「司法解剖にまわさないと、詳細な事はわからないな」ジャスティンは近くにいる鑑識を捕まえると、「薬指に指輪を嵌めていたような痕があるけど、証拠品の中に指輪はあったの?」と、訊ねる。
「シグネットリングでしたら、テーブルの近くに落ちていました」確認しますか?
「ああ、持ってきてもらえる」
鑑識にそう言うと、ジャスティンは再び遺体の傍に近づいていく。
「シグネットリングは、封蝋をする際に使用するので、小指に嵌めるのが一般的ですよね?」
マルセイユも遺体に近づいて、右の手を確認する。
「あ……これは指輪の痕ですね……」
マルセイユの言う通り、遺体の右手の小指に指輪の痕が見つかる。
先ほどの鑑識が小さい袋の入れられたシグネットリングを持ってきてくれた。
「ありがと」と礼を言って受け取ると、ジャスティンは指輪の径と幅を確認してみる。
遺体の右の手に近づけて、幅を比較すると一致した。
「床に落ちていたって何処に落ちていたの?」
すると、先ほどの鑑識が「こちらです」と、テーブルの向かいの席の下を指差す。
白線で囲まれ番号札が置かれている。
「随分と離れていますね。落ちて転がったとも考えにくいですよ」
マルセイユの言葉にジャスティンも首肯く。
「他の指輪は見つかっていないの?」
「まだ、そのようなものは見つかっておりません」
「館の調査は?」
「一階はほぼ終了しましたが、二階と地下は、これからです」
「じゃあ、指輪が見つかったら教えてくれないか?」
そう言い残して、ジャスティンは再び、遺体の元に戻ってくる。
(さてさて、どうしたものかな……?)
と、考え込んでいると――。
「ジャスティン様は、凶器は至宝の可能性もあると、お考えですか?」と、マルセイユが訊ねてくる。
至宝――そう呼ばれる
判明している事と言えば、骨董品の価値とは別に、骨董品に備わっている特殊な能力に価値があるということ。
つまり骨董品よりも、その特殊能力こそが至宝なのだ。
だが、この至宝と呼ばれる
たとえ骨董品としての所有者であったり、占有者であったとしても、登記がなされなければ、至宝として使用することはできない。
つまり至宝の真の所有者のみが、その特殊能力を使用することができるのだ。
しかも、当然と言うべきか、登記をする事ができる方法も申請することのできる人物も、既得権益のように守られ、限られている。
ほとんどの場合――貴族様なのだ。
「いや……至宝ではないと思う」と、ジャスティンは頭を振る。「至宝の能力はピンキリだが、攻撃的な能力はないんだよ」
「そうですか……」と、マルセイユは残念そうな表情をする。
「だけど当たらずとも遠からず、
そう……あくまで伝説の中に登場する指輪の話を聞いたことがあった。
「400年以上前の、王国建国前の伝説だよ」と、ジャスティンは前置きをしてから、話を始める。
ある時、ひとりの若者が無実の罪で捕らえられ、裁判にかけられた。
だが、裁判では若者の言い分はまったく聞き入れられず、有罪の判決が下された。
それでも納得できなかった若者は、自らの潔白を証明するために、ある願いを申し出た。
それは「死の婚約指輪」と呼ばれる指輪を嵌めることだった。
その指輪には、古くからこう言い伝えられていた。
――真に罪ある者が指輪を嵌めれば、皇女神マリアージュによって命を奪われ、
無実の者が嵌めれば、皇女神マリアージュの加護を得ることができる、と。
しかし現実には、指輪を嵌めた者のほとんどが命を落としていた。
だからこそ、それは「死の婚約指輪」と呼ばれ、恐れられていた。
それでも若者は迷うことなく指輪を指にはめた。
そして――奇跡が起きた。
若者は死ぬことなく、皇女神マリアージュの加護を受けたのだ。
その後、若者は無実を証明し、ついには王の座に就いたという。
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