Ep.01 テトレー伯爵邸の怪事件

第2話 

「ところでマルセイユ――お前は、領地Territorial捜査InvestigationBureauについて、どれくらい知っているんだ?」と、歩きながらジャスティンは訊ねてみた。


「それは発足の経緯についてですか?」


「まあ、そういうのも込みでだよ」


「申し訳ありません。私は世相に疎い状態でしたので……」と、口ごもる。


「革命が起きたことくらいは知っているんだよな?」

 ジャスティンは冗談めかして訊ねてみた。


「そうですね……十年前、グランディールの王邸宮にいた全ての人間が忽然と姿を消した、あの事件が元で革命が起きました。それによって、この国は王国から共和国へと変わったと、聞き及んでいます」


(ん? ――聞き及ぶ?)


「他人事の様な言い方だな。何かあったのか?」


「はい。私は十年前の事件によって、メリシア様がいなくなって以来、屋敷の外へと出ることは禁止されていましたので……」


「ちょっと待て」

 立ち止まり、マルセイユを見つめる。

「他の家猫たちはどうしているんだ?」

 マルセイユはジャスティンを見つめ、首を傾げる。


「私以外、野良になりました」


 野良……だって?

 屋敷猫の連中、どうしてコイツに禁足を命じて、幽閉まがいな事をしていたんだ?


 ジャスティンは、ため息をつく。

 まあ……余計なことを、考えても仕方ない。


「掻い摘んで説明するが……。革命によって政治体制も変わったんだよ。絶対君主制から共和制にね。憲法が制定され、それに伴って新政府が設立された」ポリポリと頭を掻きながら、「けれど、変わったのは、ほとんど建前だったんだよ」


「つまり、いまだに貴族は領地を所有しているので、平民は簡単に領地に手出しはできない、という事ですか?」


「まあ、そんな所だ。細かい話は追い追いしていくとして」そう言って、歩き出す。「形式上、貴族様の領地の捜査にあたる組織――つまりは領地捜査局が、三年前に新設されたんだよ」


 ジャスティンは、「KEEP OUT」と印字されている黄色いバリケードテープを潜って、領地内へと足を踏み入れる。


「一つ疑問に思うことがあるのですが?」と、マルセイユが後ろから声をかけてきた。


 ジャスティンは振り返り、話してみろと合図を送る。


「では、領地捜査局の局員にその土地の領律りょうりつは適用されないのですか?」


「残念なことに適用されるんだよ。だから勝手に領地に足を踏み入れば、殺されても文句は言えないのさ」ジャスティンはそう言って、肩を竦める。「だから、俺の様な貴族出身の捜査官が重宝されるのさ」


「そうですね。ジャンナッツ家の人間を敵に回すような、頭の悪い貴族はおりませんものね」


 え? ちょっと毒舌すぎない? ――と、思ってしまう。


 ジャスティンはマルセイユをその場に待たせて、制服を着た警察官と領地捜査局員の元へと向かう。


「それじゃあ、捜査を開始する」の合図で、皆が一斉に動き始めた。


「俺たちも現場に向かうぞ」

 マルセイユに声をかけて、ジャスティンは歩き始める。



 テトレー伯爵の終の住処は、蔦に覆われた2階建ての屋敷だった。


(庭師がいるとは思えないな……。伯爵とは名ばかりか……)

 そんなことを考えながら、屋敷の裏手に向かうジャスティン。その後ろをマルセイユは黙ってついてくる。


 二人は使用人専用の勝手口から中に入った。


 饐えた匂いが鼻にまとわりつく。


(のっけから不快な気分にさせてくれる……)


「暗いな……」と、ポツリと呟くと、後ろにいたマルセイユが、気を遣ったのか、彼女の横にあった廊下のスイッチを入れてくれた。


 ジャスティンの右横の壁を、黒い影が音もなく動く。


(うわ……あの不快な虫がいるのか?)


 すると――。


 ダン!

 壁を打ちつける音が背後から聞こえた。


 何事だ?

 振り返ると――マルセイユが怯えた子猫のように、涙目になって縋るような眼差しを向けてくる。


「ど、どう……」と、マルセイユの声が震えて、固まっていた。


 ジャスティンは、マルセイユの右手が壁にめり込んでいるのをみて察した。

 そこは黒い影が動いた先だった。


「お前……素手でやったのか……?」アレを……黒い奴を……?


 マルセイユは、どうしようと言わんばかりの表情で、コクコクと頷いた。

「つ、つい……反射で――」


「わ、わかった。そのまま……手のひらは見ないようにしろ。それから……深呼吸は、外に一旦出てからにした方が良い。あと、洗い場はそこを出て、左側にあっただろ? 目を瞑って手を洗ってこい。ここで待っているから」


 マルセイユは左手で右手首を持ちながら、駆け足で外に出ていった。


 ジャスティンは、ふう……と、ため息をついた。


「あの方……変わっていますね?」と、領地捜査局の新人の捜査官であるキャンディが、耳打ちをしてきた。


「ああ、まあな……」と曖昧な返事をする。

「これから領地捜査局の捜査で顔を合わせる機会が増えるから、仲良くしてやってくれ」


「それは構いませんが――。ジャンナッツ警部と、どういう関係なのですか?」メイドの姿をしていますけど……。

 キャンディは上目遣いにジャンナッツを見つめ、訊ねてくる。


「昔の馴染みだよ。ジャンナッツ家に仕える猫だよ」


「猫?」と、キャンディは首を傾げる。


(おっと……暗部組織……なんて説明は出来ないな……)


「警護をする召使いという感じかな……」

 苦笑混じりにそう言って誤魔化すことにした。


 それに、ある意味においてはその表現に間違いはない。


 猫――そう呼ばれる女性だけの暗部組織が、王国時代から密かに存続していた。

 諜報から暗殺までを担い、その首領は王国建国の功績により爵位を授けられた。

 それが、ジャンナッツ家の始まりだ。


 そう……それが何を隠そう――ジャンナッツ家の初代当主だ。


 初代当主が女性であったことと、諜報活動での任務は女性が優位であったことから、代々当主は女性が務めることが、ジャンナッツ家の領律りょうりつにより定められた。


 その結果、母と姉は同時に失踪宣告を受け、死亡したものとみなされてしまい、ジャンナッツ家は当主不在と相成った。

 おかげで現在でも爵位がない、みなし貴族状態となっている。


「いや……やめよう……この話は――」

 ジャスティンは頭を振る。


「ええ~。でも、気になるんですよ。警部を持ち上げたり、壁を壊すほどの、あの怪力……人間とは思えないです」


「リグを着ているだけですよ」

 音も気配もなく、突如としてマルセイユがキャンディの背後で耳打ちをした。


 キャンディは不意のことに驚いて、振り返る。


「別に隠すことではありませんよ。このメイド服の下に、グリムリグを着込んでいるのです」


「リグ……って、外骨殻――」


「マルセイユ! それ以上、余計なことは話すなよ」

 口を閉じろとばかりに、人差し指を口の前に出してサインを送る。

「ほら、行くぞ!」

 ジャスティンは踵を返して、歩き出した。


 マルセイユも、それ以上何も言わずに、ジャスティンの後ろを付いていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る