マリアージュの銃士隊 -Another Side: Nocturne of the Janat-

ミナモ

第一章

Prologue 家猫マルセイユ

第1話

 ジャスティン・ジャンナッツは、馬車に揺られていた。


 貴族たちの間では馬車での移動が一般的だった。


 優雅さや環境を考慮してとか、上辺だけの口当たりのいい事を言うが、目的地までの移動時間を考慮すれば、文明の利器である自動車を選ぶのが最適解ではあった。


 ジャスティンも本来であれば車で移動していた。

 だが、今日は精神的な疲れもあったせいか、移動時間の長い馬車を選んでいた。


 ここの所どういう訳か……。

 いや……違うな――。


 その理由はわかってはいた。


 あまりその事を日中に考えないようにしている分、夜中にその事を考えてしまい、眠れぬ日々を送っていた。


 それもあって、今日は移動中に仮眠をしてみようと思ったワケなのだが……。


 どうしても自宅にいる少女のことを思い出してしまい、眠れそうになかった。


 まったく……。

(俺は何をやっているんだろうな?)

 ジャスティンはため息をついて、一週間前の出来事を思い返していた。


 シトシトと雨が降る夜だった――。


 仕事が終わり、さてさて夕食はどうしようか?

 などと取り止めのないことを考えながら、自宅のマンション前まで来ると、視界の右隅に人の気配を感じたのだ。


 見て見ぬ振りをすれば良いものを、ふと気になってしまったのだ。

 ついつい足がそっちに向かっていた。


 すると暗がりの向こうもこちらに気がついたのか、ジィッと見つめ返してきた。


 少女だった――。


 少女がうずくまって、こちらをすがる様な眼差しで見つめていたのだ。


 家出少女か……?


 やれやれと嘆息を漏らし頭をかきながら、警察に連絡を入れようと携帯端末を取り出した。

 しかし、少女を見つめていると、いつの間にか取り出した携帯端末をポケットにしまい込んでいる自分がいた。

 しかも……だ。

 少女と言葉も交わさずに手を引っ張り自宅へと連れ込んでいた。


 あれ?

 客観的に自分の行動を振り返ってみると、犯罪じゃないのか……? 犯罪だよな?

 未成年略取……?


 かと言って、あの時は彼女をそのままに放っておくわけにはいかない気がしたのだ。

 冷静に考えれば、マズい行動であったのは確かだが……。


 馬のいななきと共に、馬車の揺れが止まる。


 コンコン――。


 馬車の窓がノックされる。

 目的地に着いたか……。


 コンコン――。


 うるさいな……。もうしばらく放っておいてくれないかな……。

 寝たふりを決め込んでいると、護衛や御者の声が入り混じり、外がやけに騒がしくなってきた。


 ダン! ガガ! ドゴッ!


 ビクッと身体を起こして音のする方を見ると、馬車の扉が強引に外されていた。


 え? な、何事だ?


 車内も車外も騒然とする中、不意に腕が二本伸びてくる。

 何者かがジャスティンに向かって両腕を伸ばし、上半身を掴むと引きずり出そうとしてきた。


 ジャスティンは抵抗を試みるが、無駄だった。

 釣り上げられるようにして、ジャスティンの身体は車外へと出されていた。


「おい! 何なんだ? 俺をどうするつもりだ?! さっさと降ろせ!」

 ジャスティンは足をバタつかせながら、声を荒げる。


「このまま放して、よろしいのですか?」と、女性の声がする。


「良いから、離せ!」


 ジャスティンは体勢を崩したまま地面に落とされた。

 ドサリ……と鈍い音と腰に痛みが走った。


「ジャンナッツ警部、大丈夫ですか?!」

 数名の部下が、ジャスティンの元に駆け寄ってくる。


「…っ痛! くそ! いったい何なんだ?!」

 ジャスティンは立ち上がり、暴力の主を睨みつける。


 するとそこには若い女性がいた。

 歳の頃は、10代後半から20代前半。クラシカルなメイド服を着た女性が、目の前に立っていた。


「お久しぶりです、ジャスティン様」

 メイド服のその女性が、無表情で、お辞儀をする。


「お前は……」ジャスティンは眉根を寄せて見つめる。「もしかして…マルセイユか?」


「憶えてくれていましたか……」


 十年ぶりだった。当時、ジャスティンは十二歳で、彼女はそれよりも二つ下の十歳にも満たなかった幼い少女だった。


 それでも、当時の面影はある。


 面影はあるのだが……懐かしさがあるわけではなかった。


 何というか……彼女との親しい思い出があるわけではないのだ。仮にあったとしても、おそらく片手で数える程しかないし、さらに言えば記憶から抜け落ちていた。


 まあ、それも致し方のない事だった。なぜなら、マルセイユはメリシア姉さんのお気に入りだったからだ。


 まるで姉妹のように楽しげに二人でいることが多かった事だけは、よく憶えている。


 ジャスティンはその中に混ざる事はできずに、二人の姿を遠くから眺めていることが多かった記憶が蘇ってくる。


(今にして思えば……あの時の感情は嫉妬に近いものだったのか?)

 そう思うと肩をすくめてしまう。

(何を今更……)


 ジャスティンは憮然とした表情で、マルセイユに訊ねる。

「で―――お前が何用で、ここに居るんだ?」


 すると、彼女は2通の封書を、ジャスティンに手渡した。

「一週間ほど前に、屋敷猫からジャスティン様宛に電子メールを送ったそうです。ですが、返信がありませんでしたので、これを渡すようにと言伝られました」


 屋敷猫が……?

 一週間前……?


 携帯端末を確認すると、確かに屋敷猫からのメールが届いていた。

 忙しくてメールの確認を忘れていた。

 怪訝に思いながらも、受け取った封書を開けてみる。

 読み進めるうちに、ジャスティンは舌打ちをしてしまう。


(おいおい……どういうつもりだ?)


 手紙の内容を要約すれば、自分に対する不平や不満といった愚痴が羅列されていた。さらに、家猫を余らせておく余裕はないので、ジャンナッツ家の、暫定的ではあるが、正統の血筋であるジャスティンの元で使って欲しいというものだった。


彼奴あいつら……どういうつもりだ?」

 小さく呟いたつもりだったが、マルセイユに聞かれていた。


「その文面の通りだと思います。仕える主人が不在である以上、私のお役目はありませんので、ジャスティン様直属の家猫になれということです」


「で、もう一通は……ベノア局長から?」


 ジャスティンはもう一つの封書を開ける。

 それは、正式な辞令だった。

 マルセイユを、ジャスティンに同行させる許可を与える―――というものだった。

 役職はないが、領地捜査局の局員と同等の権限と給与を与えるものだった。


「なるほど……屋敷猫は俺に黙って根回しを済ませておいたわけだ。局長も俺に内緒で二つ返事で了承したんだな。局長も猫の情報網を欲しがっていたしな」

 つまり、屋敷猫とベノア局長の密約によって、双方にとってWin-Winの関係が築かれたわけだ。

 屋敷猫からすれば、邪魔な家猫を外に追い出せるし、ベノア局長にしてみれば屋敷猫に恩を売れる。

 しかも王国時代の裏の情報網を使用することができるまたとない好機だ。


「そういうことですので、本日から私、マルセイユはジャスティン様直属の家猫として、領地捜査局の捜査に参加することとなりました。不束者ふつつかものですがよろしくお願いいたします」

 マルセイユは、もう一度、お辞儀をする。


「あの~、ジャンナッツ警部? 捜査の方は―――」

 捜査官の一人、キャンディが恐る恐るといった感じで話しかけてくる。


「ああ、これからするよ。とりあえず―――準備を整えておいてくれ」

 ジャスティンは、捜査局員に命令を出して、仕事に取り掛からせた。

 ジャスティンはマルセイユと二人きりになると気まずさから、一つ息を吐いた。


「ま、とりあえず……思い出話は後にしよう。これから捜査を開始するから、俺に着いてきてくれ」


「かしこまりました…にゃん♡」


 ……にゃん?

 え? 何……?


「あら? もしかして……お忘れですか?」

 マルセイユが無表情のままでジャスティンを見つめる。


 正直な話、マルセイユが何を考えているか読めない分、ジャスティンは少し怖かった。


「十年前……メリシア様が不在の折に、ジャスティン様が私に命じたじゃないですか?」


 ジャスティンは背筋が冷たくなるのを感じる。


「お前は猫なんだから、語尾に『にゃん』をつけて話せって」


(うわ…コイツ―――そんな昔のことを?)

「さ、さあ。思い出せないなあ」

 ジャスティンは平然を装いながら首を傾げて惚けて見せる。

 しかし、そんなこと言った覚えはないとは言い切れない自分がいた。当時の自分であれば、姉さんと仲の良かったマルセイユに嫌がらせをしたのかも知れない。


「本当ですか? それは残念です……にゃん」


 あ……これはダメなやつだ。

「ごめん……悪かったから。語尾に…にゃんをつけて話さないでくれ」


 すると、マルセイユはニコリと微笑んだ。

「かしこまりました」と、マルセイユはぺこりと頭を下げるのだった。

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