それでも背広はかく語る。
喧騒な雰囲気は、初めの乱闘国会をもう一度想起させるものと等しいものに戻っていた。相も変わらず、天に轟きそうな野党議員らの叫び声はこの国会の何処かしこに空気を揺らしていた。
「静粛に!静粛になさい!」
議長が発する言葉でさえも、彼らは耳を塞ぎ自らの信条と感情に支配され動き続けている。
工場の組み立てラインのロボットのように、外の言葉は届かない。
「殺人派兵反対!軍隊は恥を知れ!」
「過去の過ちを繰り返すな!」
これが民主主義の姿であり、彼らの言う自由主義というものだ。民主主義とは、レールの一本が破損しているとこうなるらしい。
「繰り返しますが、此の派兵はあくまで在外邦人及び大使館職員を護るためのものであり、決して侵略戦争に先立つ行為では___」
首相の、少し苛立ちに満ちた声ですら彼らの興奮剤になる。
もはや小規模の内紛と言った方が、便宜上よろしいほど、彼らの暴走は止まる所を知らなかった。
「議会規則14号により、以下の議員を退場とする!名を読み上げ____」
「独裁運営反対!」
「議長は恥を知れ!」
刹那、その不満の矛先は議長へ向いた。議長席、ひいては官僚席に昇ろうと走り駆けてきた議員らは、とっさに防いだ与党議員によって試みは失敗する。
この事態に、流石の議会守衛も議会内に召喚された。しかし彼らは、決して傷をつけたり、彼らに対して強権的な対応をすることはできない。
民主主義とはそういうものである。だからこそ、一番のツケが回ってくるのはこのような現場の人間であり続ける。
今後も、少なくとも未来もきっと。
「ランカス大臣、派兵草案の進度に関してですが...」
「結局進んでいない、だろ?やれやれ、さっきまで極めて静かだったんだが...」
軍事省中央庁舎、中央作戦司令部。地下3階にある掩体壕のようなもので、緊急時以外における作戦調整にも使用される。
ただし、今回は有事に近い状況とあってか、各参謀・管理長が集結していた。
地域安全保障の著しい脅威ともなれば、仕方のないことだ。むしろフェルタスという国は、有事への行動が早いともいえる。政治を除いて、だが。
「軍事情報部によると、国民感情の6割弱は派兵賛成派のようです。ですが、法規から逸脱した行為をするには足りない様子と言えるでしょう。」
「このままじゃ、俺らともども斬首だぞ...速くせんか。」
震える手でブラックコーヒーを一口、連続して二口のみ、机に強く置いた。秘書官から見ても相当な苛立ちが表面に現れているようで、それは彼の保身から来る者だとすぐに推察できた。
本格的な雨も降り始め、外はすぐに暗くなっている。秘書官によってつけられた電気が、ランカスの額に浮かんでいる汗を光らせた。
「...どうすれば。警察軍と国軍は使い物にならん、本軍は派遣できん。状況を打開するのは...」
「少しお休みになられてはいかがですか?相当、張り詰めていらっしゃると思われます。そうすれな、全体の指揮にも響きますし。」
優しい口調で放たれた言葉に、ランカスは少し不思議そうな顔をするも、直ぐに変わらない顔に変わった。
「そうさせていただく。少し仮眠室で休憩を取ってくるよ。」
オフィス用の椅子から立ち上がると、仮眠室の方へ向かっていった。道行く将校は彼に敬礼し、それどころか仮眠室の扉を開けてさえいる。
どうやら、中身以上に一定の尊敬は得ているらしい。
「...しかし、いつまで持つのかね。」
誰かが発したその言葉が、司令部に漂う空気の一部に溶け込んで消えていった。
「伍長、兵たちの消耗が...」
「そろそろ交代だ。少しの辛抱で温室にたどり着ける。」
ゲリラ豪雨は、確実に隊員達の意志や体力を奪い取っている。気候が、救国軍に味方したからなのかは定かではないが、確かに今は敵となって著実に攻撃し始めている。
既に寒さで手に震えを来したバリナ一等兵が、チナカ兵長に助けを求めていた。
「...我慢しろ、あともう少しの辛抱だ。」
「敵、2部隊!」
声と同時に、風切り音が過ぎていった。直後に轟音。続いて、
雨の中に響く銃声はまた、美しさと恐怖を運び出した。バウロナとチナカは銃を銃声の聞こえた方向へ向け、敵を捕捉し射撃を始めた。
精密射撃、単発。弾を節約する行動だ。
その凶弾は、若い民兵の一人に命中する。胴体から血が噴き出し、その場に倒れるものの再び立ち上がった。
しかし、その隣にいた戦友がマークスマンの命を狙った射撃によって倒れていくと、彼もその凶弾の餌食となってその場に伏せる。
しかし、それでは抑制射撃にすらならず、敵の射撃が苛烈なものになっていく。いくら民兵と言えども、大人数での射撃には流石にかなわない。狙った射撃をしようと身を出せば、最悪戦死する。
...どうすれば、この戦況を打開できる?
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