日常は揺らぐ

 「えー、現地のフィルタ記者の中継に繋げます。今、現場はどういう状況でしょうか?」

 街中に響くアナウンサーの淡々とした声へ呼応するかのように、視線をモニターに移す民衆の一団。最初のニュースから42分しか経過していないため、混乱は収束しきっていないものの、そこには小さき統制が生み出されている。

 「...はい、えー首都フレームの状況ですが。現在でも激しい銃撃戦が繰り広げられているようです。またフレンチナ国軍の声明によれば、救国軍が民間人に対し発砲したということも報告されていると伺いま___」

  刹那、映像から大きな風切り音。荒れるカメラマンの息遣い、マイクを叩くような破裂音。白煙と人々の黄色い悲鳴がそこに、視聴者に

 「ああっ...いま現場に銃声が!銃声が響いて!」

 スタジオのアナウンサーは言葉を失い、中継映像はすぐに遮断された。終始を見た民衆の一団は、また忙しくも心配が専念の声を轟かせて騒ぎ立て始めた。

 「...大変失礼いたしました。フレーム市内では激しい戦闘が継続しているようです。」

 一方のアナウンサーは普遍的な冷静さを保っている。そう、表面上だけは。微かに震えている手と定まらない目の動きから、とはいえどれほどの恐怖だったのかを知らせていた。



 「...また紛争か。年取ってもう聞かないことを祈ってたんだが...」

 ティーポットとマグカップを机に並べ、澄んだ目にはテレビの画面と遺跡と化した軍服が映し出されている。この老齢に見える男は、かつての防人としてこの事態を憂いているようだった。

 「あら、ダーリン。テレビを見るなんて珍しいこと。」

 「ああ...ハニー、こんなことが起きたのなら流石に見てしまうよ。」

 一歩でも何かが起きてしまえばこの国にも影響を及ぼしかねない、ハッキリ言えばかなりマズい状態なのは間違いない。

 「そういえば買い出しの帰りにもこれで騒ぎになってたわねぇ。それに、ご近所さんの息子、あそこに出張してたみたいよ?」

 フレンチナには在外邦人も多い。こんな混乱下、無事逃げかえれるかどうか運次第と言うところであろう。最悪、殺害される可能性だって無きにしも非ずだ。

 救国軍の無差別な発砲ジェノサイドがいつ踏みとどまられるか...

 「一方、議会では即応空中連隊の派兵反対派議員らによる"暴動"によって、野党議員が退場させられるという事態になったと情報が入っております。国会前にも中継が___」

 「偉い連中はまた机を叩くだけかね。今も昔も変わらないな。」

 「...こうしている間も、あの子はあの地に降り立っているのかしらね。」

 彼と同じ道を進んだ息子、彼は自信を誇れる防人として無事に帰ってこられるのだろうか、という不安を微かに浮かぶ冷汗が体現しているだけだった。




 銃声、爆発。狼煙のように上がる黒煙。下を見てみれば、逃げ惑う民衆。

 大使館まであと60秒、到着後大使及び諜報員をヘリに搭乗させ、本隊到着まで大使館を防衛___

 「全隊員!装具及び武器点検!」

 隊員の士気、最低。

 補給も援軍の可能性も、生きているうちに見込めない。

 「到着まで20秒!心の準備をしておけ!」

 ヘリコプターパイロットの声が機内にこだました。若い隊員達がより一層、ペンダントや銃を強く握る。彼らの恐れは、その声が雄弁に語っている。

 ここまで来れば、もう後戻りなんて無理だ。最後まで戦い、援軍到着まで生き残ることに注力しなければらない。

 政治がそこまで上手く進めば、だが。

 「着陸地点LZに大使と諜報員を視認した!着陸後すぐに降機しろ!」

 地面が近い、銃声はもちろん、悲鳴や警報用サイレンも唸るように響いている。

 祖国の街は、この現況をどう思っているのだろうか____

 「着陸するぞ!行け行け行け!」

 粗く打ち付けられた衝撃を受け止め、慣れた動作で降機する。屋上はまだ平和なようにも見えなくはないが、ここもすぐに戦場の一部と溶け込むのだろう。

 「バウロナ伍長!第2火力班を率いて屋上に防衛ラインを構築しろ!こちらは大使館内部の安全を確保する!」

 「了解!全員幹線道路方面に防衛ラインを展開しろ!」

 階段につながる扉に視線を移すと、既に扉は開放済み。中から銃声が聞こえないことを鑑みれば、まだ占領はされていないか。

 「大使殿、急ぎご搭乗ください。救国軍が迫っておりますので。」

 「...色々申し訳ない。」

 悔しそうに唇を震わせている大使、それを故意的に無視して乗せようとする諜報員の姿が、とても異様に見えた。

 「搭乗確認、離陸する!ご武運を祈るぞ!」

 空気を上へ上へと呼び寄せて、機体が宙に浮かぶ。その後は俺たちに目を向けることもなく、機体の方向が祖国行きのレールに向く。

 ...助け舟は、遠くへ行ってしまった。

 「カタピューラ兵長、突入班は全員そろっているか?」

 「異常なし、いつでも行けます。」

 そこまで言い、兵長は軍曹に先を取られまいと先頭に着いた。敵愾心など全くない、純粋な兵士の姿。

 「...では、行こうか。」

 

 銃口を向けた、大使館の外では味方などほとんど存在しない。

 ...政治は、味方としてかく語るだろうか。

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