中の戦場

 「___における大使館職員救出作戦において、実力組織を伴わない退避行動は極めて___」

 政治の戦いは、既に波乱万丈としている。こうしている時にもヤジと怒号が飛び、与野党がお互いにいがみ合っている状態だ。

 元々"フェルタス共和国"国民には反戦・反軍備の意識が根付いている。過去の大戦争の傷跡は、そうそう消えるものではない。少なくとも、大戦争から何百年も経たなければ。

 「他国への軍事動員をやめろ!」

 「革新党【野党】議員は直ちにヤジをやめなさい!」

 議長が発した声にすら、彼らは反応しなかった。むしろ紙を議員机にパンパンと叩いたりなど、エスカレートしているようにも見える。

 「だからこそ、軍を限定派遣し救出作戦を実行することのみが、安全に邦人を救出する手段で...」

 「人殺しの組織を解体しろ!」

 「議会規則第14号により、革新党議員7名に退場を____」

 議会警察権を行使する間もなく、この議会に響く怒鳴り声と共に、彼らは狂暴なバッファローのように議会の中でスクラムを組み始めた。

 「派兵...しかし、反軍備にしがみつけるなら造反も___」

 「どうすれば、この問題に解決点が...」

 日和見主義者も、理想に犯された若手の与党議員も皆、この問題に解決策を見出せるものは誰一人としていなかった。


 「軍事大臣、これが"政治"と言うやつですか?」

 「少なくとも、今のこの国ではな。」

 大臣席から見下ろす風景は、些か愚鈍だ。"成熟した民主主義先進国"とは、実際名ばかりのものらしい。

 「反戦反軍、左派ポピュリスト。しまいにはコミュニストか?過去の先人が、クーデターを計画するのも仕方のないような奈落だ。」

 国民新党【与党】は議席の過半数を獲得している。だからと言って、造反議員が断言はできない。反戦反軍派は、もしかしたら党の内部に潜んでいるのだろう。

 「...こりゃ、大仕事になりそうですね。」





 「連隊長...政治の方は上手く進んでいないようです。」

 通信参謀は、悲しげにそう告げた。彼らの墓場が大使館になるという確率が、一気に上がったということを。

 「クソが、このままじゃ孤立するぞ...本隊の派遣に関して、事後承認されれば直ぐにでも...」

 『こちら軍事省参謀本部。聞こえるか?どうぞ。』

 「こちら連隊司令部、感度良好。」

 『先遣隊は出撃したか?』

 「連隊より先遣隊は既に出撃しています。どうぞ」

 天幕の中、腕に浮かぶ汗水を拭いつつ、少ないノイズで聞こえる彼らの音声に耳を傾けている。我々の上位組織であり、エリートのたまり場「参謀本部」から直々のお電話が掛かっているからだ。

 流石にこうも大忙しな時にも、こういう応対は抜かりなくやらなければならない。少なくとも、この連隊長【ブリート・グヴァヘル】はかつての上官からの教えを覚えている。

 『本隊の派遣まで時間がかかるそうだ。今の議会は言葉じゃ表現できないほどの状態。最長で明後日までかかる。』

 ...そうなると、補給切れの可能性がある。それどころか、救国軍が首都に入城することだってあり得ない話ではない。

 「...足早に出動する準備は整っています。では、幸運を。」

 荒く無線機を遮断する。瞬間、彼らは脱力した。

 「ったく...あの葬儀社風情め。速くしないと、コンボイが霊柩車になっちまうぞ。」

 参謀本部、引いては政治に対する怒りが少しずつ放流されている。それは、率直に部下への思いがつづられているからこそ、吐き出せているようなものだった。

 天幕は、予想外の安堵を迎えた。今後の作戦がどう運ばれようとも、きっと大丈夫だという安心感が、彼らをそうさせたのかもしれない。

 「連隊長、我々は我々にできることをするのみです。彼らを素早く助け上げるために。」

 最初に口を開けたのは"補給参謀"。勤続25年のベテラン。ブリートですら勤続10年だと言うのだから、驚きだ。だからこそ、この連隊長を素早く別の人物にすることだって容易だ。

 「...よし、各員に伝達。政治の進展に対応するため、4交代制で即時出動態勢を構築してくれ。配置部隊は____」

 再び将校としての顔に戻った彼に、もう他の声など入る隙間もなかった。ただ、今後に備えた計画を造り上げて。

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