命令発出
戒厳態勢、出動準備。
ここ"即応空中連隊"駐屯地の第3兵舎では、せわしなく動き続ける兵士達の姿があった。かく言う俺もその一人である。
「必要な荷物のみ纏めろ!装具武器類を着用したら各員ヘリポートに走れ!」
俺の声が営内に響くが、それ以上にバタバタとした兵士の足音などが掻き消そうとする勢いで聞こえてくる。それどころか、聞く気なのかすら不明だ。
「軍曹殿!分隊員全員の装具点検完了!弾薬庫より受け取り次第急行します!」
【グレン・カタピューラ】兵長の声が聞こえた。装具着装も、その点検に至ってもすべてが早い。
「了解した、直ぐに向かってくれ。」
先ほどのバラバラな足音とは違い、今度は洗練され整った足音を聞く。こういう細かな統制が取れるのが、この分隊の良いところだろうな。誇りに思う。
...しかし、それとはまた別の足音が聞こえた。おそらく他分隊の通りすがりか、はたまた___
「ゲレーズ・アシュケナージ軍曹!居るか!居るならそこで返事をしてくれ!」
誰が呼んだのかは知らない俺の名前と階級。こんな忙しいときに...この声を発した者が誰なのか探す余裕などなかったが、無意識的に口から声が出た。
「サー!用は!」
おそらく階級上位者だ。こんな状況でも的確に対処しなければならない。下士官としての試練であり任務だ。それを容易に裏切るような者には、部下を率いる資格などない。
しかしこう止まっていると、今まで酷使していた足などが氷水に付けたかのように冷たく、そしてしびれてくる。早く命令なら命令で出してほしいものだ。
「第2大隊長より、第3中隊第2分隊長ゲレーズ・アシュケナージ軍曹は準備完了次第、先遣隊として大使館防衛を行うように!」
...ああ、"貧乏くじ"か。
軍隊にいるとはいえ____厳しい状況に置かれるというのは重々承知だったが、いざこういうときになると何か、変な感じになってくる。形容しがたい、無名の感情が。
「サー!準備後可及的速やかに向かいます!」
それを置き去りにして、俺は準備を進める。
これから向かう、地獄の為に。
装具の金属同士がぶつかり合う音、荒い息。向かっているのは、ヘリポートだ。
もう一人同行している【グレスト・バウロナ】伍長も、俺に負けじと走り続けている。
「軍曹殿、我々第二分隊がもし現地に派遣されたとして、状況をコントロールできると思いますか?」
突然そんなことを聞いてくるとは、度胸のある下士官だ。しかし、そういうのは嫌いじゃない。むしろ、物事の本質をついてくるのは良いことだ。
「救国軍が、どの程度市街地に投入してくるかによるだろうな。それに、本隊の到着時刻も。」
「政治の進度も、ですよね?」
結局のところ、ここからは政府と政治の戦いも混じってくるのだ。国民への説明なしで、1400人程度の部隊を投入するのは政治的不信を引き起こしかねない。この国では、議会の調整と承認を得てから大規模部隊を派遣するのが法規上規定されている。
「我々が勝てる可能性って言うのは、希望があればあるだけ高まるものさ。」
だが、いくら希望を持とうとしても、その先遣隊に我々が選ばれることそれ自体が希望を創り出しにくいことだった。普段アグレッサー役の一部隊として立ちまわっていたのが仇になったか。
まぁ、そんなことを悔やんでいるほど余裕はない。ヘルメットのずれた顎ひもを直しつつも、ブレードが回りきっているヘリコプターへ一目散に駆けていく。
「おぉ......い!おそい......前に乗れ!」
ヘリコプターの轟音でほとんど聞き取れないが、とにかく乗るために全力で駆け抜けていく。風の重圧が体を押し、その流れに抗う。余計な思考はこれで消えていく。だから、走るのが好きだ。
強い風にあおられるも、既に搭乗した分隊員より視線で迎えられたため、無事間に合った。
「12171、テイクオフする!」
キャビンドアからの景色が、どんどん遠ざかっていった。昼近く、太陽の陽射しが強くなって、"俺たち"に襲い掛かってくる。
装具、武器類は異常なし。隊員に"欠けはなし"。
戻る時にも、同じことを言えたら良い。むしろ、それが俺の責務なのだ。出来る限り、守らなければ。
そんな想いが俺の頭に創り出された。さあ、作戦を無事に遂行しよう。
そんな想いを寄せていた一方。伍長はペンダントを強く握り、若い兵士達はヘルメットで隠されながら、唇を震えさせていた。
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