第4話 ヒースクリフ少年の思い出2(※ヒースクリフ目線)
ぼくは誕生日を戦場で迎えた。
とはいっても、銃弾や砲撃、遭遇した敵との白兵戦が起きている最前線、ヴァルハラントのすこし手前の町にいるから、まだ、のんびりできている。
兵士への志願を渋った、うちの母は、兵隊なんて鬼のいるところで、3日とたたずにあなたは戻って来るわ、なんて言ってたけれど。
同期で入った同い年のトマもいいやつだし、ぼくら新兵の2等兵を鍛えてくれる、戦場から帰って来ることのできた1等兵、そして何度も戦場をかいくぐって生き残ってきた大ベテランの上等兵のひとたちは、いいひとだ。
「戦場は、いいやつほど早く死ぬ。だから、どんなに汚れてでも生きろよ、少年たち」なんて、ぼくらをまとめる上等兵のグレッグさんは笑った。
「じゃあ、一番先に死ぬのは俺ですね、俺ほどいいやつで命知らずもいないから」ってトマがおどけて言う。
「それはないだろうな。トマ、お前は銃器の扱いも心得が早いし、何より自分をいいやつって言える悪さがある。そういうやつは、だいたい初戦で死ぬことはない」とグレッグさん。
「みんなで、生き残って、成人のお酒をこの町でまた飲もうよ、ね」とぼく。
15才が成人。トマとは誕生日の月も同じで、最前線で生き残ることができたら、お祝いができる。そのくらい、ひそかな楽しみにしていても、いいよね。
「……そうだな……」と、なんだかグレッグさんの瞳がすこし、優しくなった。
遠くから音楽が聞こえてくる。太鼓と、トランペットと、シンバルと。音楽隊だ。
ラララ、うーん、つい口ずさんじゃう、だってうちの故郷のメロディだったから。
「そうか、今日は音楽隊の慰問してくれる日か。運がいいな」とグレッグさん。
音楽隊は、まっすぐ行進をして、なんと、うちの部隊の真ん前で止まってくれた。
「あっ、あのひと。ハイデンレースラインの軍服着てる、あのひと。もしかして高嶺のお花の御姫様じゃね?」と、トマが目ざとく音楽隊の中の、そのひとを見つけた。
ああ! ぼくはそのひと、エーデルワイスを仰ぎ見た。ぼくのほうがもう、背は高くなったのだから、気持ちとして、仰ぎ見た、になるけれど。
親戚のおじさんがハイデンレースラインのそのひとの上官だから……。
何度かお手紙をして、ひとめでも、お会い出来たらうれしいなあ。そんな夢を、ずっと見ていた。
「やあ、元気そうで何より、少年たち。君がヒースクリフ?」
エーデルワイスがぼくを見つめた。どうしよう、どうしよう! うれしすぎて言葉が見つからないや。にっこり笑うエーデルワイス、なんて綺麗な瞳をしているひとなんだろう。
「はい、ぼく、きょう誕生日なんです!」と、テンパったぼくは、うっかりどうでもよさそうなこと、を口走ってしまった。それくらいしか、話題が考えつかなかったんだ。
「おめでとう! マインカイゼルから、君のお手紙はぜんぶもらって。ありがとう、熱い気持ちは届いているよ、……成人だね。君も、そして君を支えてくれるグレッグさんの部隊のみんなも、生き残ってね。必ずだよ。そしてまたこの町で、お祝いをしよう。僕はお酒があまり飲めないけれど、君のために、そして君を支えてくれるグレッグさんや、前線から帰ってきたみんなのために。『エーデルワイスは山に咲く』を歌うよ。待ってる」
それは……音楽隊がさっき奏でてくれていた、故郷の歌だ。そのメロディがふたたび流れ、エーデルワイスの唇から、その歌が重なる。
雪残る山よ
青き森の山よ
岩々のはざまに
その可憐な花は咲く
故郷の歌。エーデルワイスが歌ってくれたメロディは、彼女が部隊の前からいなくなっても、ずっとぼくの耳に残った。彼女、だよね? 魂は男の子だって言って入隊した話は有名だけど?
「ぼく、たとえ帰ってこれなくても、幸せかな?」とトマに言うと。
「バカだな、生き残ってまた聴こうって言えよ」と、グーで軽く、痛くない程度に、小突かれちゃった。
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