第3話 ヒースクリフ少年の思い出1~戦場で、お誕生日のお祝いに~

「一週間後。あの子は、ちょうど誕生日を迎えるんだ」と、ぽつりとマインカイゼルがおっしゃった。


どの子ですか? とも聞けない。マインカイゼルには王の眷属としてのお立場から、食うにあぶれた貴族や騎士の次男三男を引き取って兵士として育てる責務があるから、誰もを家族のように見ておられるかもしれない。


王のお城の職務室、質素な木造のおうちが大好きなマインカイゼルからすればゴージャスすぎるところ。シャンデリアの明かりの下で、窓の外を眺める上官。


「ヒースクリフ。高嶺の花である君に会いたがっていた男の子を覚えているかい?」


あ、と僕は思い出す。マインカイゼルの親戚で、商家の何番目か、の少年だ。確か今年の、その誕生日で15才。熱心な僕への尊敬の想いを、何度か手紙に書いていて、マインカイゼルに渡していただいたことがある。


「ヒースクリフ君、もう15才ですか。早いですね」と、僕の顔もすこしゆるむ。


「……彼が赴く予定の戦地はヴァルハラントだ」と、上官は苦味を嚙み潰したような表情でおっしゃった。ヴァルハラント。現在の戦況から、実戦部隊のグングニル・グループでは、前線は、ほぼ帰還兵のない激戦区だ。侵略戦としてクローズド帝国が始めた戦地だから、敵の士気は非常に高く、そして防衛方法も心得ている。


基本、攻める方が現地のことは分からないから不利になる。そのことは僕からも何度も上官と、王や戦争の是非を司る貴族の方々にお話しているけれど、どうしてもヴァルハラントが欲しいという。


「戦況を分からないはずもないのに、どうしてヴァルハラントを望まれるのですかね、王や貴族の方々は」と、僕はつい、愚痴をマインカイゼルに言ってしまう。


「航空戦を試したいのだそうだよ」と、マインカイゼル。


「航空戦……最近開発されたという、空を飛ぶ機械を使っての戦争が、知りたいのですか?」

「そうだ。地上戦が壊滅的でも、航空戦を取り入れることが出来れば、勝つかもしれない。そこに望みをかけてみたいと、王は思われている」

「死ぬのはどちらの陣営も、2等兵や新兵です。新しい戦術の実験のために、誰かの息子が多く死ぬ戦況を続けるのですね」

「勝てば、敵の土地を手に入れられる。痩せた土地に増えた人間を支えるために、人類はずっと戦争をしてきた。多数としての生存本能こそ、もしかすると戦争という殺し合いなのかもしれないよ、ヒースクリフも次の誕生日で15才、家族のためにグングニル・グループに入りたいという望みを止めることはフェアではない」


マインカイゼルも止めたい気持ちは山々なのだろう、戦況を一番分かったひとだもの。これ以上、愚痴で上官をなじることは出来ないと、僕は判断した。


「了解しました。僕の予定に、ヴァルハラントの手前の内地で、ヒースクリフ君に『偶然』お誕生日をお祝いする日を作っておきますね、マインカイゼル」

「ありがとう。きっとあの子も喜ぶよ」


こうして、僕はヒースクリフ君の15才のお誕生日を、戦場でお祝いすることになったんだ。

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