第5話 ヒースクリフ少年の思い出3(※グレッグ目線)
「救護兵ッ! 何してる、こいつを抱えて撤退しろ!」
傍らでトマが泣いている。仕方がない、すぐ隣でヒースクリフが爆撃にやられたところを見たのだ。男は泣くななんて、内地にいる見送りのやつらは簡単に言うが、戦場なんていう逃げられない地獄で、兵士はクソして飯食って叫んで、時には軍の規律を乱す味方もブン殴って、隣で友の兵が死ねば泣く。
ヒースクリフの裂傷の具合を見れば、即死であることは分かっていたが、救護兵に助けを命じたのはトマのためだ。生き残る兵士のために、友の兵を見捨てた悔恨を残さないために。
救護兵とトマと、俺のグループには激戦地から撤退する大義名分もできた。
負傷兵の救護と、そのための撤退ならば、どれほどの激戦区であろうと本来は死罪のような自主的後退も特例として許される。
トマが生き延びるのも、俺たちのグループがヒースクリフを助けるために動いて、今回の激戦の地から離れられるのも、この15才になったばかりの子どもの即死のおかげだ。
戦争なんてクソだ。小説だとか、なにかで、安全な内地でウソだらけの美しい軍隊のナニカを賛美するやつはマジで死ね。
……それでも。
「トマ。高嶺の花のお姫様のところへ帰るぞ。生き残ったお前が、ヒースクリフの最期をお姫様に伝えるんだ。立派に戦いましたでも、最期まで、お姫様のことを考えて幸せそうでしたでも、なんでもいい。ヒースクリフが、あの世で恥ずかしくない、泣かなくて済む理由ならウソでもなんでもいいんだ。爆撃でウンコたれて死にましたなんて、お前も誰かに告げられたくないだろ?」
死者の尊厳を守るためのウソは俺もつく。
震えるトマの頬を、正気づけるために軽くたたく。トマの涙は終わらないが、それで冷静にはなったようだ。ヒースクリフの次に、その子の同い年のこいつまで、死なせるわけにはいかない。
まずは新兵が生還できない激戦区から、ひとりでも多くの兵士を残す、それがグループの上等兵である俺の役割だ。
そのためにはセオリーは破る。軍功を焦って、全滅するまで戦いに行くグループも多いが、俺のところは誰かがひとりでも負傷したら、撤退する。
撤退のきっかけを逃さない。
それも、きちんと生き残って最終的な軍功を得られる、軍隊というグループの裏側の鉄則だ。
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