最終回『君からの贈り物』

あなたが何度も繰り返し呼びかけて、ハズミはようやく目を覚ました。


「…………やぁ、おはよう。……戦いの最中の挨拶には、暢気すぎるかな」


 その呼吸は浅く、かすれた声で咳き込みながら、彼女は周囲を見回す。


「ごほっ……地球まで吹き飛ばされてしまったか。月での戦いも見ていたんだろう? なら、いよいよ隠し切れないね……そうさ、〈巨人〉あるいは〈第7号〉の正体は、このボクだ」


 そんな分かり切ったことはいい、とあなたは突っぱね、体の具合を尋ねる。


「えっ……知ってた……だと……? 完璧に隠していたはずなのに一体いつから…………あぁ、身体のことなら見た目以上にボロボロだ。血は出てないがそもそも血液を再現してないだけでね、中身はギリギリ崩れてないといったところかな……それよりもやつの熱線だ。地球に達する前にすべて散らしたつもりだが……被害は出ていないかい?」


 あなたが頷くのを見て、ハズミは力なく笑う。


「……そうか、良かった……すまないね、やつを月に誘い込んで、決着を付けるつもりだったんだが。ボクでは熱線を防ぐので精いっぱいだった」


地球へ接近した〈第18号怪獣〉は迎え撃つように現れた〈第7号〉を追って軌道を変え、月面に着陸。交戦の末、〈第18号〉は地球に向けて巨大なエネルギーを放った。


地球へ到達すれば甚大な被害が予想されたが、〈第7号〉がこれを拡散させたため被害は電波障害程度の軽微に収まった。しかし直後に〈第7号〉は地球へ墜落。落下予測地点へ防衛隊が出動し、現在にいたる。


「やつはまだ月か……動きを止めている……? ふむ……手足を串刺しにしてやったんだが、その程度で大人しくしている筈がない」


 ハズミの分析は防衛隊の見解とも一致している。〈第18号〉は負傷しているものの体内のエネルギー反応は健在、徐々に高まっていた。


「おそらく熱線で消費したエネルギーを補充しているんだろう……じきにまた動き出す。その前に、手を打たなくては……君、肩を貸してくれるかい」


 立てもしないのに何をするつもりだ、と問うあなたにハズミは答える。

「ロケットか……この際ミサイルでもいい。それにボクを載せて、適当なところに打ち上げてくれ。月だと近すぎたから、火星あたりでいいかな。やつの狙いはボクだ。ひとまず距離を置けば、地球に被害が及ぶこともない──なぜ怒るんだ、しかも泣きながら……器用だな君は」

 

 当然のように自分を犠牲にしようとするハズミを怒鳴りつけるあなた。同時に悲しくて、悔しくて、つい涙があふれてくる。


「……よしてくれ。君の鳴き声を聞いていると胸がざわざわする。不愉快とはちがう……カナシイというやつだな、これは。…………なぁ、頼むよ。ボクがバカヤロウなのはわかったから、どうしたら泣き止んでくれるんだ。」


「やはり、ボクには君がわからない。同胞と役割を失って、ただ生き残ったからっぽのボクは、見ず知らずの相手のために命を懸けた君に興味を持った。義務感も復讐心もないのに成り行きで防衛隊で働く君は、宇宙で生まれて使命感も忠誠心も希薄なまま旅をしていたボクと似ていると思ったんだ」


「ただ違うのは毎日疲れ果てるまで奔走する情熱──ボクはそれが知りたかった。ボクはそれが欲しかった。なぜ君はそんなに熱く生きることができるんだ」


 ハズミの心からの問いかけに、あなたは魂の叫びで返す。そんなこと知るか、と。


「知らない……だって? それでよく人にバカヤロウだなんて言えたものだな! だいたい君だって命を捨てて他人を助けたじゃないか! 何が咄嗟に体が動いただ! 本当に死んでたんだぞあの時の君は!」


 うっすらと直感していた事実に、あなたはやっぱりそうか、と己の胸を軽くたたく。

キィィ……とかすかな音がして、蛍のような淡く白い輝きがあなたの胸に灯った。


「……そうだよ。治療したといったのは嘘だ。あの時完全に死亡していた君を、ボクは“修復”した。君の胸で光っているのは、ボクの“魂”にあたるもののカケラだ」


「……治療者ヒーラとして造られたわけでもないボクが、あの時なんでそんなことをしたのかわからない」


 バカ同士だな、と涙を流しながらわらうあなたにハズミも頷く。


「はは、そうだよ。とっさに体が動いたんだ。あの時点ではまだ疑似肉体はなかったけれど……やっぱりキミとボクは似ているらしい。度の過ぎたお人よしだ」


 あなたはハズミに問う。今からでもこの光を戻せば傷をいやせるのではないか、と。


「いや、いい。それは君が持っていたまえ。言っただろう、君に必要なものは残していくと。傷は治ってもボク一人ではやつに勝てない。…………もしロケットを用意してくれないなら、自力で飛んでいくから、少しだけ返してもらうかな。なんて、冗談だよ。その時は疑似肉体を燃料に変換して…………なんだって? またボクのことをバカって言ったか?」


あなたは涙を拭い、ハズミに提案する。一人でダメなら二人で立ち向かおう。ちょうどバカヤロウが二人いるんだから、と。


「それは……その方法は前例がない……いや、そもそも成功するのか? 二人とも死ぬかもしれないぞ。いや、バカは死んでも直らないというのは不死性を意味することわざではないはずだが…………わかった、わかったよ! 1より2の方が大きい。簡単な算数だ! バカヤロウとバカヤロウで最高にくだらない実験をやってみようじゃないか! さぁ、手を!」


 パン、とハズミの手を取るあなた。ハズミの胸からも淡い光と、キィィィンと透き通るような音が溢れ出た。二人の光が重なり、共鳴する音がハーモニーを奏でる。


「イメージするんだ……翼をゆっくりと広げるような……天使を考えたのも人間だろ! 想像力でどうにかしたまえ、あーもう! この際背伸びでもいい! そう、そう! そんな感じだ!」


 ハズミは深く呼吸をして、集中する。


「……君の鼓動が、ボクの中から聞こえてくる……不思議だ。君も感じているか?」


 ああ、と君は力強く頷き答える。ハズミの声が自分の中から響いている奇妙な感覚だが、不思議と心地よい。



「──行こう!」



 眩く、熱い光があたりを白く、赤く染める。そして────

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