第4話『チラカリ・ゾーン』

「ごちそうさまでした」


 ハズミは手を合わせると、席を立とうとするあなたを制し、テーブルの食器をまとめる。


「君の食器も持っていくよ。君が調理をしたんだ。洗い物はボクがしよう」


 そう言って席を立ったハズミ。しばし、食器を洗うかちゃかちゃという音だけが響く。やがて洗い物を終えたハズミはおもむろに言った。


「しかし、この部屋も物が増えたね。以前はいわゆるミニマリストというような人々の部屋に近い内装だったが……」


 質素倹約を掲げているわけではないが、実際あなたは家具の類にこだわる方ではなかった。正確には今もそうで、物が増えたのはハズミの仕業だった。


「うむ、ほとんど僕が取り寄せたものや拾ってきたものだが、散らかしてはいないだろう。……なんだい、最近はちゃんと事前に許可を取っているじゃないか。そもそも地球が物質的に豊か過ぎるんだ。ボクの興味を引くようなものがたくさんあるのがいけない……というのは言いすぎか」


 あなたはさすがに責任転嫁が過ぎるだろうと言い返す。


「まぁまぁ、最後まで聞きたまえ。だから整理をしよう、というのが本題さ。用途の限定的な調理器具、この体には作用しないトレーニング機材、雰囲気が合わないオブジェ……整頓すべきものがこの部屋にはたくさんある。それらを片付けるから手伝ってほしいんだ」


 あなたは呆れつつ頷くと、まず手近なところにあったハンバーガーメーカーを手に取った。


「えっ一つ目がそれかい? そのハンバーガーメーカーは効率的で割と気に入ってるんだが…………確かにフライパンで事足りるといえばそうだ。メンテナンス性も劣る。しかしサンドイッチも…………わかった、ホットサンドメーカーに一元化しよう。だがポップアップトースターは残してくれないか? ベルの音もそうだが、カシャっとしたバネの動作音は風情があっていい。その点ケトルベルはけしからんね。振っても音がしないし、ぶつけてもゴンとかダンとか渋い響きしかしない。おなじケトルだろうに笛付きのヤカンとなぜここまで差がついたのか…………えっ? ビブラスラップは必要だろう?! フレクサトーンも絶対にあったほうが────」



─────────────────────



 あなたはハズミと取り留めない議論を交わしながら、ガサゴソと掃除を続ける。


「だいぶ片付いたね……名残惜しいものもあるが、生活のための場所であって倉庫じゃないからね。やはり取捨選択は必要か」


 やがてハズミがおもむろに語り始めたのは、彼女の以前の暮らしについてだった。


「…………ボクらの文明には個人でモノを所有するという概念がほとんどなくてね。ボクも自室……に近い空間こそ割り当てられていたが、以前の君の部屋とよりも殺風景な場所だったよ。地球人の目線では違った面白みがあったかもしれないけどね」


 あなたはハズミの故郷の景色を想像する。やはり機能的でシンプルな建物が並んでいて、空気がない空は宇宙と同じ黒なのだろうか。


「ボクらの星の景色か……そうだね。以前閲覧した映像記録だと面白みがない風景だった。空は黒ではなかったけど、単調な色彩だったようだよ………………実は、直接見たことはないんだ」


 あなたは驚かず、黙って続きを促す。


「ボクは宇宙船の中で生まれた。移住に適した星を探すための超長距離調査船でね、母星と直接通信できないくらい離れた宇宙の真っただ中で産声をあげたんだ。…………産声は冗談だよ。ボクらの船の中は空気がないからね」


 センシティブな話題に触れてしまったかと思い黙るあなただったが、ハズミはそう気にしていない様子でジョークを交えつつ話しを続ける。


「宇宙船の乗組員が寿命を迎える前に後任を産み、育て、役目を引き継いで遠い遠い星まで旅をする……そういう計画だったらしい。だから、ボクは故郷を直に見たことはないんだ。正直、故郷だという実感もないから悲しくもないんだが」


 ハズミは自嘲気味に笑いながら、雑誌の付録の小さな天体望遠鏡を手に取る。


「そう思ってはいるんだが、こんなミニ望遠鏡を買ってしまうあたり、どこか意識しているのかもしれない。ま、見えやしないから、必要ないか」


 ハズミは望遠鏡を不用品の箱に入れる。


「もともとボクらは役割に応じて遺伝子をデザインされて産まれ、それを果たすため生きる社会を形成していたんだ。といっても出自と役割が明確化されていただけで、娯楽やある程度の自由はあったらしい。このSF小説は少し似ていたかな……英語版だがいるかい? そうか。面白いから翻訳版を読んでみるといいよ」


 ハズミは上下巻のSF本を不用品の箱へ入れる。 


「だが宇宙船の中は場所も資源もあらゆるものが限られているからね。管理の度合いは母星よりも厳しかった……これも伝聞さ。教導官インストラクタ──地球でいう育ての親、いや教師の方が近いかな。彼から聞いた話だ」


 ハズミが初めて挙げた同族の名前。あるいは役職名だろうか。彼女にとって義理の父のようなものなのだろう。いつもより柔らかな口調に親しみが滲んでいるようだった。


「生まれた時から船の中だったからね、特に疑問も不満も抱かなかった。地球のにぎやかさに慣れた今では、大人しく従順だった頃の自分が信じられないけどね。今あの状況に置かれたら5分で退屈に苛まれて悲鳴を上げる自信がある」


 ハズミはカメラを手に取る。アナログ式の、小さなカメラだ。


「ボクの役割は観測官オブザーバ。ゆく先々の星の情報を観測し、記録を取るのが任務だった。このトイカメラみたいな記録装置を持たされていたんだ。レンズが二つあるのが特に近いね」


 その二眼のトイカメラはチープなつくりで現像も難しく、しかもフィルムが切れていた。


「精度は比べるまでもないけれど、実物と違う写真が撮れるこっちの方が面白かったな……記録装置は見たままを残すものだったからね。まぁ、フィルムも切らしたし、君にはスマホのカメラがあるから不要かな」


 ハズミはやはりそのカメラも不用品の箱へ移す。


「よいしょっと……さて、ずいぶんすっきりしたね。前ほど殺風景じゃないが、ほとんど片付いたんじゃないか?」


 ハズミは不要品の箱を部屋の隅へ押しやると、手の埃をパンパンと払う。ハズミの視線はがらんとした部屋に向いていたが、あなたは不用品の箱に詰まれた雑貨の方に目を惹かれていた。


「なんだい。欲しいものがあるなら持って行って構わないよ。というかそもそも君の稼ぎで買ったものか、拾い物ばかりだ。遠慮することはない」


 それは本当にそうなのだが、あなたが言いたいのはそこではなかった。


「何だい口ごもって……はっきりいいたまえよ」


 意を決してあなたは問う。どうして急にこんな店仕舞いのようなことをするのか、と。


「はは、荷物を散らかすことをさして“店を広げる“なんて表現もするんだったね。なら確かにコレは店仕舞いだ。言いえて妙だよ」


 どこかわざとらしい笑いのあと、ハズミは言う。


「……君のことだ、言い淀んだのはボクがどう答えるか察しがついているからじゃないのかい? その返事を聞きたくないならボクは黙って──わかった、わかった言うよ!」


 そこまで気を使われるほどヤワじゃない、と怒るあなたにハズミは告げる。


「間もなく地球に〈第18号怪獣〉にあたる敵性存在がやってくる。やつはボクらの宇宙船を壊し、同胞を殺した。さらに脱出したボクを追って〈第6号〉を差し向けた悪意の塊だ」


 ハズミの銀の瞳に、炎めいた光が揺らめく。その声に決意と怒りが満ちていく。


「やつがボクを追ってくることはわかっていた。戦士ファイタの同胞ですら敵わなかった相手だ。勝ち目はないが、ボクは戦わなくてはならない」


 キィィィィン、と鋭い音を放ちながら、ハズミの体が輝きを放つ。輝きが増すにつれて、ハズミの声に不思議な反響がかかっていく。


「そう造られたわけでも、命じられたわけでもない。ボクが逃げることを、ボクは許せないし許さない。結局この感情の正体はわからなかったが、時が来てしまった。だから、君に必要なものだけ残して、ボクは行くよ」


 あなたの部屋はまばゆい光で満ち、もはやハズミの姿は見えない。ただその声だけが響いているが、あなたの呼びかけには答えない。


「あぁ、最後にあいさつをしなければ」


 ハズミは最後まで勝手で、気まぐれで、一方的だった。


「さよなら」


ギュン、とひと際強烈なフラッシュ。


 白く飛んだあなたの視界が戻った時、ハズミの姿どこにもなかった。



つづく

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