第2話『宇宙(ソラ)から来たお姉さん』

「やぁ、おかえり。今日の現場はずいぶん遠くの森林地帯だったね」


 玄関を開けると今日もハズミが出迎えた。


「随分歩いただろう、足が痛むんじゃないか?」


 あなたはただいま、と返しながら頷く。いつも通りの激務だったが、森の中を駆け回った分だけ足腰の疲労が酷かった。ちなみに作戦地域については報道規制中であなたも口にしていないので、ハズミが知りえる情報ではない。


「え? 君の行き先は……その……ほら、初歩的な推理だよ。靴についてる泥の成分がどうだとかそういう……決してボクも現場にいたわけではないからね」


 白々しくごまかしながら、ハズミは強引に話題を逸らす。


「そんなことより足腰の疲労をケアするべきではないかな。つまりお風呂だ。体を温めると疲労回復が促進されるらしい。2秒で沸かそう」


 ハズミがぱちんと指を鳴らす。何らかの常的な力で風呂を沸かしたらしい。


「100度ほどにしておいたぞ。……待て、なぜ怒っている? いや、バラエティ番組? それは参考にしていないが…………あぁそういうことか! すまない。セルシウス温度で言うべきだったか。およそ摂氏38℃だ。安心してくれ」


 若干不安になりつつも、風呂の支度をするあなた。


「地球の言葉は何種類もあって面白いな。今日森の近くで会った人が話す言葉もこの周辺とは若干イントネーションが違って……ン゛ン゛! 森と言えばアレを思い出すなぁ、君もそうだろう?」


 咳払いでごまかしたつもりなのだろうが、ハズミが防衛隊の作戦地域にいたのは明らかだ。だがあなたにはそれを指摘するほどの気力は残っていない。あなたはハズミの話の続きを黙って聞くことにした。


「君にハジメマシテを言った日のことさ。ほら、思い出してごらんよ。今日みたいに君は森を駆け回って帰ってきて──」



─────────────────────



(扉が開く音)


「やぁ、〈オカエリ〉──いや〈ハジメマシテ〉かな。……なぜ銃を向けるんだ。ボクに敵意はないぞ」


 玄関を開けると不審な女が立っている。あなたの身体は昼間の任務で疲労困憊だったが、日頃の訓練で染みついた動作で護身用の銃を抜いていた。


「アイサツをしただけじゃないか。ボクは怪しい者ではないよ。ほら、武器も持っていないだろう」


 相手は人間の女性に似た姿と装いで、緊張感のない口ぶりだが抵抗する様子もない。だがその風貌は異様だった。

 

「おや、この眼と髪が気になるかい? 簡単にだが君の思考は読めるんだ……え、奇抜……?」

 女は君と目を合わせた後、首をかしげる。


「君たちの体の色は個体差があるのだろう? 特に瞳の色と毛髪はバリエーションが多いようだから、銀色をベースにオーロラという現象を真似たアレンジを加えてみたんだ。自信作なんだが……奇抜かぁ……どうも派手過ぎたようだね。少し輝きを抑えてみようか」


 女は自慢げに早口で語るが、その言動から彼女が人間に擬態しているナニカなのは間違いない。だが対話の意思があるのもまた確かなようだ。あなたは油断なく視線を向けたまま彼女に問う。おまえは何者か、自分の部屋に侵入した目的はなにか、と。


「ボクは、そうだな……ハズミとでも名乗ろうか。ボクらの言語には音がないんだが、君たちの使う文字にボクの名前と似た形状のものがあってね、その発音を使わせてもらった。だが侵入というのはよくわからないな……」


 ハズミは本気で分かっていないようなので、あなたは溜息をついて説明する。ここは自分の住む家であり、他人が断りなく立ち入るのは好ましくないのだ、と。


「ふむ、なるほど。この仕切られた空間は君が所有する縄張りで、無断での立ち入りはこのましくない行為なのか……それは申し訳なかった。用が済んだらすぐに立ち去ることを約束しよう」


 思いのほか素直に頭を下げたハズミに戸惑いながら、あなたは銃を下してその用件を聞くことにした。


「君は巨大生物への対処を担っているだろう?地球の単位で言うと9時間前……現在地から167マイルほど先の森林地帯にいたのは間違いないね?」


 あなたは頷く。距離はピンと来ないが、9時間ほど前は任務で森の中にいたのは確かだ。


「ボクもその場にいたんだが、負傷して意識のないキミを見つけてね。手持ちの機材で治療を行ったんだが、果たして地球人の身体に対して適切な処置だったのか確信が持てない。それで様子を見に来たわけだ」


 あなたはぎょっとして自分の頭や胸に触れる。確かに意識を失っていたが、任務の後のメディカルチェックでは異常なく帰宅も許可されていた。しかし急にそんなことを告げられれば不安になるのは当然だった。


「成程、医師の診察を受けたならひとまずは安心だが……ボクも初めてだったからね、特に君たちの脳という器官はかなりデリケートなんだろう? 念のためボクにもチェックをさせてくれ」


 あなたは頷くと、任務中のことを想い返す。隕石の調査と付近のキャンプ場で避難誘導をした。


「君たちは大気圏外からの落下物の調査と、周辺の非戦闘員の避難誘導をしていた。そこに巨大生物──君たちが言うところの〈第6号怪獣〉が出現し、周囲の地形を破壊。君はその崩落に巻き込まれた。おそらくその時に頭部を負傷したと推測しているんだが、〈第6号〉については覚えているかい?」


 あなたは頷き、地割れに飲み込まれる前に見た〈第6号〉の刺々しい顔立ちを思い返す。凶悪そうな目つきだったが、その後の記憶があいまいだった。


「ふむ、一瞬見た程度か。そして目覚めたのは今から2時間ほど前だね。では最後に、僕のこの姿……あぁ、眼と髪は一度元の色にもどそうか……」


 ハズミがぱちんと指を鳴らすと、髪と瞳が瞬時に黒く染まる。


「さ、この顔立ちに見覚えはあるかな」


 あらためてハズミの顔をまじまじと見るあなた。凛とした顔立ちはどこか見覚えがあるような無いような、喉元まで出かかっているが最後の一押しが出てこない。もどかしい沈黙に、ハズミは心配そうにあなたの顔を覗き込む。


「うーむ、不安になってきたな。この体のモデルは君が〈6号〉から避難させた人物だよ。ほら、丁度地面が崩れる寸前に庇っていたじゃないか」


 ハズミの説明にあなたは膝を打つ。そういうえばこんな顔の女性を助けた覚えがあった。他にも救助者がいたせいか、個々人の顔まではよく覚えていなかったのだ。言い訳のようになってしまうが、怪獣の出現頻度が高まっているのもあり、最近多忙な防衛隊員にありがちなことだった。


(ハズミが透視能力を使うSE)


「脳の血流には異常がないようだが……なに? よくあるのか!? 君以外にも?」


 ハズミの口調に初めて戸惑いがあらわれる。


「聞き間違いだと思いたいんだが……君は……君たちは顔もよく覚えていない相手のために自分の生命を危険に晒すことが頻繁にあるというのか? 命令されたわけでも、そう造られた生き物でもないんだろう?」


 あなたは頷く。ハズミは頭を抱えた。


「信じられなない……例えば……そう、この個体と番だったとか、あるいは番になりたいという願望から己の強さをアピールしたとか……いや、それなら顔を覚えていないわけがない! 何なんだ君は!」


 問い詰められても、そういう風に体が動いたとしか言いようがなかった。損得ではなく、ただそうせずにいられなかったからだ、と。


「咄嗟に体が動いた……ね」


 ハズミはやはり理解できていないようだったが、どこか遠くを見るような様子だ。以前にも似たような出来事に直面したのかもしれない。だが、あなたが気になっているのは別のことだった。


「ん? …………あぁ。ボクばかり聞くのは不公平だね。いいだろう、君たちの不条理な生態については保留して、質問に応じようじゃないか」

 理不尽な不法侵入者に言われたくない、という言葉を飲み込んで、あなたがハズミに問いかけたのは〈第7号怪獣〉のことだった。


「ふむ、他の怪獣のことか。分かる範囲で答えよう。……ん? 〈第7号〉だって?」


 後になって記録をみたのだが、〈第6号怪獣〉は、直後に現れた〈第7号怪獣〉──〈銀色の巨人〉によって撃退されたのだという。


「君たちの怪獣の命名は出現した順番によるナンバリングだろう? あの場に他の怪獣がいたのか?」


現場の状況を詳しく知っているハズミなら〈巨人〉のことも知っているはずだと推測したあなただったが、ハズミは意外にもピンと来ていないようだ。


「〈第7号〉は〈6号〉を撃退した巨大生物────待ちたまえ。君たちはボ……あれも怪獣扱いなのか!?」


 ハズミは後ずさり、慌てた声でまくしたてる。


「その驚くべき団結力と向こう見ずな闘争心で打倒すべき対象だと!? 冷静に、冷静に考えたまえよ! いいかい。まず客観的に状況を見てだね──」



─────────────────────



「あの時は本当に驚かされたなぁ……君たちに分別があってよかったよ。〈第8号怪獣〉の時は〈巨人〉ごと爆撃するような命令が出ていたんだろう? 君がどうにかしてくれたみたいだがまったくヒヤヒヤした……んじゃないかな、巨人の彼も。きっとそうだ、うん」


 あの時ハズミは用が済めば立ち去るといったが、結局あなたはこの異星人を引き留めて居候をさせ続けている。喧しいし気まぐれだが怪獣や〈巨人〉について多くの情報を持っているのは確実で、少なくとも自分に対しては友好的だ。なら可能な限り情報を引き出すために現状がベストである、というのがあなたの判断だった。


 とはいえハズミの意思も気になったあなたは彼女に問う。今更追い出す気はないが、このまま居候を続けるつもりなのか、と。


「ん、あぁ。当分ここにいさせてもらおうと思う。まず、君はボクを通報しない程度に信頼してくれているだろう? ボクも現地民である君から地球のことを教えてもらうのは楽しいからね」


 ハズミは恥ずかしげもなくそう言ってニっと笑う。


「もちろんタダとは言わない。怪獣や〈巨人〉についての情報も引き続き提供しよう。ただし、ボクは多少知識があるだけで、怪獣退治の専門家というわけじゃない。現場への伝え方は君の方でうまいことやってくれ」


 あなたの気苦労も知らず気軽に言うハズミだが、しばし沈黙の後、声を低めて付け加える。


「…………それと一応、一応言っておくが……もし君以外の防衛隊員が駆け込んできたら、ボクは本気で逃げるからそのつもりでよろしく」


 そんなつもりはないと答えると、ハズミはパっと明るい笑顔で言う。


「わかってるとも! 万一の話だよ! 前置きが長くなってしまったな。早く風呂に入ろうじゃないか」


 するり、と上着を脱いだハズミはシャツに手をかける。あなたは慌てて制止にかかった。


「なぜ止めるんだい。〈ハダカノツキアイ〉とかいうコミュニケーションがあるのだろう。本来はもっと広い浴場で行うようだが、キミとボクの体格ならここの湯舟でも収まらないこともないはずだ。まず長座の姿勢から互いの足の位置を──」



つづく

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