異星間☆コミュニケーション~毎日労ってくれるお姉さんが十割異星人だけど街は怪獣騒ぎでそれどころじゃない~
マカロ2号
第1話『遠慮なき同居人』
ガチャリと玄関のカギを開けるあなた。ぎぃ……と少し軋みながら扉が開く。
ペタペタとスリッパの足音がして、その女はあなたを出迎えた。
「やぁ、おかえり。今日も大変だったようだね。ご飯にするかい? お風呂にするかい? それとも────っておーい」
あなたは無言で彼女の横を通り過ぎる。後ろから追いすがる声を遮るようにカバンをどさっと床に放り、あなたはソファに寝転がった。
「タダイマは言わないのか?」
ソファが溜息をつくように軋むが、あなたは依然として無言。その態度に対して、ソファの前までやってきた彼女は興味深そうに腕組をした。
「ふーむ……」
怒っている様子もなく、呆れている風でもない。未だ視線すら合わせないあなたに対して、彼女は考察を述べる。
「〈オカエリ〉に対しては〈タダイマ〉と返すものだと思っていたのだが……無言でソファに寝転がることで返答とする場合がある? いや、顔まで背けるのは別の意図があるのでは……うん、ボクの不勉強という可能性もあるが、ここ三日間の会話記録による推測と主観で断定するぞ」
彼女はそっぽを向いたままのあなたに近づくと、自信ありげに仮説を述べた。
「君……ボクに対して無視、あるいはシカトとかいうやつをしているな。それによって何らかの不満を表明している。そうだろう?」
嫌味を言っているようだが、その口調に悪感情はない。さぁどうだ正解だろう、と誇らしげですらある。彼女は純粋に〈オカエリ〉に〈タダイマ〉が返ってこなかったという状況に対する答え合わせがしたいのだ。
図星を突かれたあなたはようやく口を開き、うるさいな、と突き放す。だがその反応も彼女にとっては仮説の正しさを証明するだけだった。
「やはりそうか、だったらその不満を言いたまえ! かなりの疲労状態とはいえ、発声器官に異常はないだろう?」
叱責のようだが、その口調は予想が的中した喜びに満ちたものだ。その明るさに辟易しながらあなたは言い返す。そんなこといちいち聞かなくても、また心を読めば済むだろ、と。
「うん、成程。確かに僕がテレパシーを使えばこんな問答は不要だ。時間もかからない。合理的だろう。だが……君にとっては煩わしいやりとりかもしれないがね、こんなに十分な空気がある星は珍しいんだ。この音という道具を使ったコミュニケーションはたいへん興味深い。ボクに対するハズミという呼び名も気に入っているし…………もっとシンプルに言おうか、ボクはもっと君と話したいんだよ」
彼女──ハズミは恥ずかしげもなくあなたにそう告げる。
「君の機嫌が悪いならクチゲンカというやつでもいい。フリースタイルとも言ったかな? 望むならマイクも用意しよう。……なんだ、いらないのか」
無視を続けても一層面倒な状況になることを察したあなたは意地を張るのをやめてソファから起き上がる。
そしてようやくその言葉を口にした。ただいま、と。
「……うん、おかえり。ふふ、なんだか気に言ったよ。このアイサツという行為は単純な意思伝達においては意味が希薄だが、コミュニケーション全体においては実際重要な役割を──いや、まぁこの話はまた次の機会にしよう」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら早口でブツブツと語るハズミだったが、はっとして話題を戻す。
「本題なんだが、君のために食事というものを作ってみたんだ。……そう不安そうな顔をするな。ちゃんと地球の材料と地球のレシピだよ。君が登録していた宅配サービスで取り寄せたからきちんと代金は支払ってある、安心したまえ。……なんだいその顔は。すぐに用意するからテレビでも見て待っていてくれ」
ハズミの言葉の通りなら勝手に自分のカードが使われているのだが、そのことを指摘する前にテレビがついた。ニュース番組でコメンテーターが今日起きた怪獣災害について意見している。
『今回出現した〈第9号怪獣〉はレーダーでも目視でも捉えられず、一種のステルス状態で追跡が困難だった。そのため都市部での被害を拡大させてしまった……というのが防衛隊の公式発表ですがね。いくら透明で巨大とはいえ生き物なんですから、例えば餌で山奥におびき寄せるとか、とにかく都市部で暴れさせない方法はあったと思います』
『しかし住民の緊急避難は間に合ったわけですし、〈第9号〉も例の〈巨人〉がすぐ退治してくれて……』
『あの程度の避難で済んだのも結果論です。お忘れでしょうがあの巨人だって〈第7号怪獣〉ですよ。今回で三度目の出現……他の怪獣を積極的に攻撃する性質があるのは確かなようですが、毎回やつらの仲間割れに期待するつもりですか? 〈第7号〉の矛先がいつ人類に向くかもわからないというのに、それに頼り切りでは防衛隊の存在意義が問われますよ。それにですね、巨人の発した電磁パルスによる広範囲の停電被害は──』
ハズミの足音が近づいて、ぶつりとテレビの電源が消された
「熱の入った弁舌だ……彼もおしゃべりが大好きなんだろう。強いて言えば〈第7号〉については杞憂だと思うけれど、彼の知見では断定できないだろうし仕方がないね。──さて、君も自分たちの活動に対する第三者の評価を聞きたいだろうが、今は食事に集中してもらうよ」
コトリ、といくつかの皿が置かれる。見た目は普通の料理と同じに見えるそれらを眺めながら、あなたは件のコメンテーターはただケチをつけているだけだと一蹴する。
「何? 彼の意見を参考にしようとしていたわけじゃないのか。それなら勤務中でもあるまいし、わざわざストレスになるようなことを聞かなくてもいいと思うが……チャンネルを変える気力もなかったかい? それならなおさら食事をして英気を養うべきだ。さぁ召し上がれ」
箸を手に取るあなたに、ハズミが料理について語る。
「さっきは地球のレシピを使ったと言ったが、そもそもボクの文明に料理にあたるものはなくてね、調理というのは非常に新鮮な体験だった……なぜ手を止めるんだい。いいから食べたまえ、忌憚のない意見がほしいんだ」
ハズミの圧に負け、料理を口に運ぶあなた。果たしてその味は──悲しいほどに薄かった。
「どうかな…………味がしない……だって? ふむ、疲労で味覚が鈍化している可能性は──いや、君の舌の神経に異常はない。なるほど、ではボクの調理のせいだな」
何らかの方法であなたの舌の状態を確かめたらしいハズミは、あっさりと自分の不手際を認めた。
「だが、ボクが説明するまでためらわず食べようとしていたということは、形状や色合いについて平均的なラインをクリアしている。そう判断してよさそうだ」
開き直るようなハズミの態度に、流石に文句を言うあなた。しかしハズミは首を傾げる。
「いや? 開き直っているわけではないよ。味付けに失敗があったのは認めるし、それは今後改善していくとも。だが料理の見た目がよかったのは事実だ。そうだろう?」
あなたは言い包められているような気もしていたが、確かにハズミの主張には一理ある。
「さっきのニュースの件もそうさ。君たちのおかげで住民の避難はできたんだろう? 透明な怪獣も退治されてひとまず解決じゃないか。都市機能への被害が想定より大きかったみたいだが、次はもっとうまくやれるさ。前向きに考えていこうじゃないか」
料理の話がいつの間にかあなたの仕事の話になっていたが、ハズミが自分を労おうとしていることは理解できる。しかし、あなたにはもう一つ気になる点があった。〈第7号怪獣〉──通称〈巨人〉のことだ。ニュースで言われていたように、本能的に暴れているように見える他の怪獣に対して〈巨人〉はそれを制止するような挙動を見せている。だがその大きな身体の一挙一動が周囲に及ぼす影響は当然ながら小さくないのだ。
「あー……巨人の戦いの被害ね。うん、それも今後改善する……されていくはずさ」
急に歯切れが悪くなるハズミ。その口調は、打って変わって言い訳じみた調子になる。
「いやいや、これは根拠ある予測だよ。ほら、今回は停電こそ起きてしまったが、以前より建物への被害は減っているだろう? ……減っているよね」
ハズミの態度は怪しいが、〈巨人〉の戦い方に配慮が現れ、周辺被害が減っているのは事実だった。あなたは渋々頷く。
「そうか、良かった……。いや、これも君たち防衛隊の活躍あってこそだ。感謝す……感謝しているんじゃないかな、あの巨人も。ほら、あの大きさだと細かいところまで目が届かないだろうし」
しどろもどろになる彼女を無言でみつめるあなた。ハズミは視線を逸らし、強引に話題を変える。
「……あぁそうだ、せっかくだからボクも一緒に食事をとっていいかな。いいよね? この体の維持に食事は必要ないのだけれど、一緒に食事をするのも君たちのコミュニケーションの一つなのだろう? おっと、味が薄いんだったな。こういうときは調味料を足せばいいはず……」
ハズミはぱたぱたと逃げるように台所へ行く。あなたはそれ以上の追及を諦め、このごく薄味の料理を救うにふさわしい万能調味料をリクエストした。
「え? メンツユ? この紡錘形の生物の絵が描かれたボトルだね? 了解」
ハズミが戻り、とんと机にボトルが置かれる。エヘンと咳払いをした彼女は箸を取った。
「そうだ、食事の時のアイサツもあるんだったね」
ぱん
ハズミが両手を合わせる。
「いただきます」
つづく
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