初戦闘

 今日は待ちに待った初戦闘の日。

 この日のために今まで頑張ってきたから、何事もなく無事に終えたい。

 さて、フラグも立て終わったところで、今は俺とファルの家族みんなで街の外の森に向けて歩いている。貴族とか裕福な商人とかなら馬車を使うんだろうが、うちは平民なのでそんな無駄遣いはできないのだろう。父には聞いてないが、まぁ十中八九平民だ。学院の給料がいいのか、普通の平民よりは裕福な感じもするけど。

 そして、ルンルン気分で歩いていると、父が声をかけてきた。


「何度も言っているが、森には危険がたくさんある。今日は森の奥に進みはしないが、何が起こるかわからないことに変わりはないから、十分に気をつけるんだぞ。」


 父がそういうと、すぐにリートものってくる。


「そうそう、俺も昔やんちゃして森の奥に行った時はやばかったぜ。たしか、強えモンスターがうじゃうじゃといやがったんだっけな。」


 俺達が森の奥に行って迷子にならないようにするための嘘かもしれないが、そう言われてしまったら、余計に奥に行きたくなってくるな。

 そう思った俺は隣にいるファルに小声で話しかける。


「なぁ、ファル。」


 ファルも小声で返事をしてくる。


「どうしたの、フリーク。」


「どうにかして一緒に森の奥に行かね?」


「フリーク、今のパパ達の話聞いてなかったの?森の奥はあぶないんだって言ってたじゃん。」


「だからこそ行くんだよ。危険ならそこにお宝があるかもしれないだろ?」


「はぁ〜〜。フリーク、そんなものが森の中にあるわけないじゃん。そんなことしようとするなら、フリークママに言いつけるからね。」


「げっ、それだけは絶対やめてくれよ。母さん怒ると怖えの知ってんだろ?」


「だから、言いつけるんでしょ。行かないって約束するなら、言いつけないであげる。」


「わかった、わかった。ほんとは行きたいけど、行かないって約束するよ。」


 すると、小声で話していた俺達を怪しんだのか、後ろにいるリアが少し威圧する感じで話しかけてくる。


「二人とも、なにをこしょこしょ話しているのかしら。」


「い、いや。何も話してないよ。」


「もし、何か危ないことをしようものなら、こわ〜いお仕置きが待っているのを覚悟してよね。」


「は、はい!」


「わ、わかった!」


 少し間をおいて、ファルがまた小声で話しかけてくる。


「ねぇ!フリークのせいで怒られちゃったじゃん。」


「俺は悪くないだろ!俺も怒られたし。」


「絶対に危ないことしちゃダメだからね。」


「わかったよ。」


 そんなこんなで歩いていると、視界の先に広大な森が広がった。森の端はゆるやかに曲線を描きながら遠くまで続いており、どこが境なのか判別できないほどだ。

 木々は密集して生えており、上部では枝葉が重なり合って厚い層をつくっている。そのため、外からの光はほとんど内部まで届かず、入口付近ですら薄暗い。昼間であるにも関わらず、地面は常に影の中にあるように見えた。

 森の内部は、奥へ進むほど視界が暗さに吸い込まれるようで、どれほど先まで続いているのかは確認できない。ところどころに古い倒木や盛り上がった根があり、地形も一定していない。風が吹けば葉が小さく揺れる音だけが響き、動物の気配はほとんど感じられない。

 ここが──魔の森か。


 魔の森。一見すると魔物の蔓延はびこる森って感じの名前だけど、浅いところはそうでもないらしい。もちろん、ある程度潜るととんでもない奴らがうじゃうじゃいるらしいけどな。

 森の近くまで行くと、父が「少し待ってて」と言って森に入っていく。

 ──ついに魔物との戦いか。不安ももちろんあるが、それをわくわくが上回る。

 ファルと互いに励まし合って、母達からも励まされる。



 しばらくすると、父が戻って来る。リートが「いたか?」と聞くと、父は「あぁ」と返す。『ギャッ、ギャッ』という醜い声が耳に入る。父が俺達の方までやってくると、後ろから、緑の怪物モンスターが二体出てきた。


 その怪物モンスターは一言で言えばゴブリンと呼ぶのが正しいだろう。しかし、醜い。あまりにも醜い。アニメでよく見るようなマイルドな姿なんてものは当たり前のように現実にはない。そんなことを思わせるような見た目だ。


 肌は濁った苔のような暗い緑で、ところどころにただれたような黒ずみが浮かんでいる。体毛はほとんどなく、湿った皮膚がむき出しで、光を受けるとぬめったように鈍く反射した。

 顔はつぶれたように平たく、鼻は潰れた豚のように穴がむき出しになっている。一方で耳だけがやけに長く尖っている。

 黄色く濁った目はギラギラと動き、瞳孔は細く、虫のそれに近い。口を開けば、歯は一本一本が不規則に伸び、欠け、腐り、まるで石を無理やり並べたようだった。

 手足は細いくせに異様に長く、節ばった指先には汚い爪が湾曲して生えている。



 ……なるほど。なるほど。なるほど。これは結構キツイな。キモ過ぎる。想像していたよりも何倍もキモい。これと戦うのか……。戦意がみるみると削がれていく。ゴブリンでも何でも見たら、もっとわくわくすると思ってたんだけどな。俺は異世界オタク失格かもしれない。でも、本当にそれくらい醜い。ファルも横で「うわぁ……」って言ってる。そりゃ誰でもそうなるわな。こんなもんみたら。


 俺達が引いてるのを見て、父がため息を吐きながら、話しかけてくる。


「ほら、二人とも。このゴブリン倒してみて。」


「父さん……これは、、、さすがにキモくない?」


 ファルも俺に同意したのか首を何度も縦に振る。


「たしかに俺も最初は醜いと思ったけど、毎日のように色んな魔物と戦っているうちに慣れたっけか。二人もそのうち慣れるよ、多分。」


「えぇ……」


 まぁ、やるしかないか。よし、折角だし一発かましてやりますか。


「じゃあ、ファルは右のをお願い。俺は左のやるから。」


「わ、わかった。」


 大人たちは邪魔をしないように後ろに下がる。


「俺が一応結界を張っとくから、自分の一体だけに集中しなよ!」


「「わかった!」」


 ゴブリンを眼前に捉える。剣は持ってきてないので、魔法で倒す。

 じゃあ、最近になって覚えた魔法早速実戦してみるか。

『ギャ、ギャヒッ!』などと鳴きながら、こっちにゆっくりと迫ってくる。そんなゴブリンに向けて手を伸ばす。

 目を瞑る。集中し、想像しろ。


「『風よ――我が意に答え。刃となれ。』【風刃ふうじん】!」


 その瞬間、ほぼ不可視の斬撃が放たれた。その斬撃は瞬く間に怪物モンスターへ距離を縮め、――首を刎ねた。


 よしっ!いい感じ。ゴブリンならこのぐらいでやっぱり倒せるか。結構サクッと終わってしまったな。


 ファルの方も見ると、こっちもゴブリンの首を刎ねていた。ファルは多分【氷刃ひょうじん】を使ったのだろう。ファルは氷属性がずば抜けているからな。


「ファル、大丈夫だったか?」


「うん、思ってたよりも弱かったね。ゴブリン。」


「あぁ、こんな見た目の割には結構弱かったな。」


 すると、大人たちもこっちに寄ってくる。


「いやー、やっぱり二人は強いな!そう思わねぇか?アレック。」


「そうだね。年齢に不釣り合いとまではいかないけど、年齢の割にはかなり強いね。」


「ほんと、自慢の息子、娘よね?」


「えぇ、どんな形でもこうして成長を見れるのは嬉しいものね。」


 リート、父、母、リアと各々喋っている。

 やっば、そうだよな。いつも思ってるけど、俺強いほうだよな?ファルが強すぎるだけで。マジで、一生追いつけねぇ。なんで上位属性の技があんなに使えるのか、不思議しょうがない。スキルのお陰って言えばそれまでだけど、ガチで強いんだよな。それに、努力も怠らないし。秀才でもあり、天才でもあるみたいな感じで、二重で最強なんだよな。

 そんなことを思っていると、父が話しかけてくる。


「二人とも、よくやったね。じゃあ、今から、いずれやれるようにならなければならないことをするから、よく見ててね。」


 そういうと父は、首を刎ねられ、地面に倒れたゴブリンの死体に近づき、短刀を懐から取り出す。


 そして、父はグサリとゴブリンの胸を突いた。気色悪い緑の血が跳ね、父は手に付いた血を払うようにして――胸の中から何かを取り出した。

 汚れた手と、取り出したものを水魔法で洗い流し、それを俺達の目の前に持ってくる。


 それはくすんだ緑の、小さな細長い石だった。かなり汚い色をしている。

 これは……魔石か?魔石の話なんて聞いたことないけど、そんな気がする。


「それ、なんて言う石?」


「これはね、魔石って言うんだ。」


「「ませき?」」


「あぁ、魔物が体内で作り出す石だ。基本的に、魔物は大きさの違いはあるけれど、それぞれ自分の魔石を持っているんだ。」


「へぇ〜、それを集めると何かいいことがあるの?あんまり、ゴブリンから取るのは嫌なんだけど。」


「ま、まぁ、少なくともゴブリンから取り出す必要はないよ。この魔石は冒険者登録をしていれば協会で買い取ってくれるんだ。だけど、ゴブリンの魔石なんて、ありふれているからね。小遣い稼ぎにもならないくらいの金額にしかならないんだ。」


「そっか、じゃあよかった。ゴブリンからあんなふうに魔石を取るなんて嫌だよね?ファル。」


「うん。さすがにね……。」


「まぁ、それについても追々教えてあげるよ。じゃあ、帰ろうか!」


「「うん!(そうね)(そうだな!)」」


 フラグを立てたのに何事もなく終わってしまって少し心残りだが、そういう日もあるだろう。

 少し残念に思って俯きながら歩いていたが、気を取り直して、前を見ると………あれ?ここはどこだ?

 さっきまで、みんなと居たのに、気づいたら居なくなってる?それにここは……森か?俺が居るところは開けているが、周りが木に囲まれている。

 どういうことだ?他人の魔力は感じなかったはずだが……。何故だ?

 混乱しながらも、状況を整理するために〈思考加速〉と〈並列思考〉を使っていると、背後の茂みががさりと揺れた。

 すぐに後ろを向き、バックステップで距離をとる。

 なんだ?何が出てくるんだ?


 現れたのは、金にくすんだ灰色を混ぜた、アッシュブロンドの髪に、緑の宝石エメラルドのような眼の10歳ぐらいの少年。



 これは………俺、か?


 ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆

 ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。至らぬ点も多いかと思いますが、温かくご指摘いただければ幸いです。


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