模擬戦
思い切り足を踏み込み、大地を蹴り、彼女に接近する。俺を近づけまいと彼女が上から振り下ろした剣を、体を横に捻って躱す。バランスが多少崩れたが、すぐに立て直し、再度斬り込む。
彼女はバックステップで躱し、俺の横薙ぎは空を斬った。そして、彼女は俺に斬りかかってくる。その横薙ぎを、剣を縦にして受け止める。やはり、彼女の方が力が強く、受け止めきれない。すぐにバックステップをして、距離をとる。
一旦息を整えてから、〈思考加速〉と〈並列思考〉を発動させて、また飛び込む。俺の雰囲気が変わったのがわかったのか、彼女もさらに力を出してくる。
右、下、上、左と次々に繰り出される斬撃を受け止めたり、いなしたりする。どうしようもない時は【結界】も使う。しかし、攻撃の隙が生まれない。ただ一方的に攻撃されるだけ。
この人熱くなるとすぐに力出しすぎるんだ。稽古なんだから手加減してくれたっていいじゃん。
そんな戦いに関係ないことを考えていると、木剣が思いっきり横っ腹に当たった。
「いっっってえええええ!!!」
そう叫びながら、大地をゴロゴロと転がっていく。あまりの痛みに大地に寝そべったままうずくまっていると、先程まで戦っていた彼女がこちらに焦った様子でやってくる。
「ごめん、ごめん、フリークくん。ちょっと熱くなっちゃって。」
彼女は美しい黒髪を風になびかせる。先程まで力の限りを尽くした戦いの後とは思えないほど平然としている。一滴の汗もかかず、息も切らさない。普段と変わらない様子の彼女は、父の同僚のラスティだ。
父は剣の師匠としてラスティを連れてきた。俺は完全にラスティは魔法専門だと思っていたのでかなり意外だった。
なんていうんだろう……言いにくいんだけど、彼女はすごく女性っぽい体つきをしているからね。
だから、剣を教えてくれる人が彼女だと知った時は大声をあげてしまった。しかも、彼女はかなりの剣の使い手らしい。なんなら魔法は苦手で、剣一筋でやってきたのだという。意外なこともあるもんだって感じだ。ここまで見た目で騙してくる人なんてそうそういないと思う。
だって、綺麗な女性だと思ってたらバチバチに剣を振るってくるんだぞ?熱くなるとどんどん力を出してくるし。
でも、俺に何度目かの同じような仕打ちをしといて、いつも汗一つかいていないというのは少し悔しい。力は出しているけれども、まだまだ全力は出していないということだろうから。まぁ、子供の俺が大人に勝てるとは全くもって思ってないけど、少しくらいは疲れている様子あってもいいじゃんとは思う。
多少時間が経って、やっと喋れるくらいに痛みが引いてきた。思いっきりやられた横腹をさすりながら、立ち上がる。
「師匠、ひでぇよ。いつもこんなんばっかりじゃんか。」
「ちょっと、師匠って呼ぶやめなさいって何度言ったらいいの?お姉ちゃんって言いなさいっていつも言ってるでしょ。」
「はいはい。姉ちゃん、姉ちゃん。」
「キミみたいな歳の子に“師匠”なんて呼ばれたら、こっちがソワソワしちゃうのよ。……でも、今日のは結構いい感じだったわ。避けも受け流しも、ずいぶん様になってきたじゃない。」
「あざーす。」
「でもやっぱり、自分よりも
「力が違いすぎると、ちょっと怖いっていうか……どうしても下がりたくなっちゃうんだよね。」
「追い詰められて逃げ腰になるような剣士は、言葉を選ばずに言えば――ただの未熟者よ。本気で剣士を目指すなら、どんな相手でも立ち向かわないと。まあ、キミはまだ半人前だけど。」
「わかってるけど……勝てないのに立ち向かうのって、やっぱりちょっと怖い。」
「怖いと思うのは悪いことじゃないわ。でも、それでも踏み出せるようになってこそ“強くなる”ってことよ。」
「わかったよ。頑張る。」
「まぁ、気持ちの持ち様ばかりは積み重ねていくしかないものね。頑張りなさい。じゃあ、今日はここまでにするわ。じゃあね、フリークくん。」
そう言って彼女は去っていく。去り際まで絵になる人だ。
少し逃げ腰なことを言ったけど、もちろん本心ではない。そんな当たり前のこととっくの昔にわかっていた。
でも、俺は結局のところ妄想していただけであって、実際に生死をかけた戦いをしていたわけではない。前世で剣道をしていたりはしたけど、それも別に命を懸けて戦っていたわけではないし。
だからこそ、怖い。いろいろと冷静に分析している感じを出しているけど、内心ビビり散らかしてる。たとえ木剣で戦っていても怖い。あったら死ぬほど痛いし、死ぬかもしれないと思ってしまうこともある。
異世界に行きたいと思っていたときから、覚悟をしてきたと思ってた。でも、覚悟をしていたつもりだっただけだった。全然覚悟なんてできていなかった。結局妄想は妄想なんだなって思った。まだ、実際にモンスターとかと戦ったわけではない。ただ、ラスティとずっと模擬戦をしてるだけ。でも、模擬戦ですら怖いなら、実戦はもっと怖いだろう。ラスティは俺を殺すことはないだろう。でも、モンスターは俺を殺す。なんのためらいもなく。
父から散々聞かされた。言い方は悪いが、魔法使いは遠くから魔法を撃ってるだけだから、そうそう死なない。けれど……剣士はすぐ死ぬと。前線で出ているからこそ、どんなに優秀でもちょっとしたことで死んでしまうのだと。それは、父の実体験なのかもしれない。自分の自慢の結界で守れなかった仲間の命があったという悲しい過去。父は俺にそんな道を歩んでほしくないのだろう。だって、子供が死んでしまうのは親にとって最大の悲しみだから。
俺だって別に両親に悲しんでほしいわけじゃない。二年前、八歳のころか、一回本当に真剣に考えてみた。本当に妄想シミュレーション通りに動いていいのかと。結局妄想でしかなかったこのシミュレーションは現実的ではないのではないかと思った。
かなり悩んだ。悩んで、悩んで、悩みまくった。
俺の心はこのままシミュレーション通りに進みたいといっている。でも、現実という枷がそれを引き留める。
理想が現実か。どちらかを選ばなければならなかった。
でもやっぱり、俺は理想を選んだ。俺の異世界オタクとしての心が現実を選ぶことを許さなかった。
真のオタクならば、そこで止まってどうすると。
だって、何をしても嫌がられないのが俺の推しなのだから。他のオタクの推しにはそうそうない俺の推しだけの強みを活かさないなんて勿体ない。
だから、十歳になった今もこうして模擬戦をして経験を積んでいる。
じゃあ、何でそんなことを前から考えていたのに、今日は手を抜いたのか思うだろう。実は、別にそんなことはないのだ。両親にも師匠であるラスティにも言ってあるが、俺の〈思考加速〉と〈並列思考〉にはデメリットがある。魔力消費と頭痛だ。
魔力消費はそんなに大したことはないんだが、頭痛がとにかく酷い。特に〈並列思考〉を使うとやばい。模擬戦の時は〈並列思考〉を使って結界を使わないと攻撃を捌ききれないから、つい使っちゃうんだけど。その頭痛がかなり長く続く。使えば使うほど痛くなるし。
それを他の人には伝えてない。頭痛はあるが大したことはないと言っている。過度な心配をされてスキル使用禁止とかされたらたまったもんじゃないからな。でも、その弊害が出てる。模擬戦の合間合間に休憩は挟んでいるがそんなんで頭痛は治まらない。頭痛があって寝るのも一苦労だが、寝ればほとんど治るのだが、一日の最後の方だと全然集中ができなくなる。だから、今日も段々弱くなってしまって、横っ腹にくらってしまった。
でも、スキルを使い続けていた甲斐あって、スキルが成長してるのが実感できる。〈並列思考〉は魔力消費量が少し少なくなったくらいだが、〈思考加速〉がかなり成長した。今は、普段の一・五倍くらいの速さで思考ができるようになってる。正直これがあるから、頭痛が酷くてもまだ戦えてる感じはある。頭痛で頭がまとまらない分を思考の長さで補ってる感じだな。俺的には上手く組み合わせられていると思ってる。だから、このスキルがどこまで成長するのかが楽しみだな。
でも、〈思考加速〉が成長したことでの弊害もあった。なんかデメリットばかりだよな、俺のスキル。まぁいいか。で、その弊害は体が上手く動かせないということだな。思考速度と体の操れる速度の差が上手く掴めなかったんだ。もちろん過去形だから、今はほとんど慣れたけど、成長し続けるとなると少し心配ではある。一応、思考速度は自分の意思で決められるから、俺のできる範囲で速度は上げていこうと思う。
そう言えば、近日中に実戦をしてみると父が言っていたな。初めてモンスターと対面だから楽しみだ。
さて、一体どんなモンスターと戦うんだろうか。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。至らぬ点も多いかと思いますが、温かくご指摘いただければ幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます