第3話 月が奏でるホログラム


高柳たかやなぎさん……」

じゅんぼっちゃま……」

「高柳君……」

「高柳ー……」

 ウーン、僕を呼ぶ声がする……ウーン? ハッ!。

「姫、姫は何処いずこぞ?……」

 僕は、目を開き小夜姫を、眼で捜した……・っが、僕の目の前にはおさむじいに、大学の友たちの京本きょうもと京平きょうへいと大学のミスコンNO、1の沢口さわぐちあや、それに看護婦さんが、僕の寝ているベットに心配そうに眼をやっていて、僕はその八つの瞳たちとあった。

「オオー、ぼっちゃま。心配しましたぞ……」

「オオウ、高柳。心配したぞ。急にお前がいなくなって……」

「もう、高柳君。心配しちゃったわ……」

「皆さん、お静かに。高柳さんは、安静あんせいにしていないといけません。高柳さん、これから検診けんしんを行ないます。いいですね。このままでいて。今、先生を呼んできますから……」

 と、言って、ポケットから携帯電話を取り出し、電話をし始めた。

 しかし、その看護婦の制止せいし無視むしして、僕の知り合いたちはまた勝手かってに話を始めた。

「お坊ちゃま、もうこのじいは心配で、心配で死にそうでした。しかし、お坊ちゃまを残し死ぬ訳にもいかず、ただ、ただ心配で、心配でもう……」

「高柳、お前が山で遭難そうなんして、俺はもう心配で一晩中、村の捜索隊そうさくたいの人たちと一緒に捜し廻ったぞ。この、心配掛けやがって、この……」

「もう、高柳君のバカー。私を独り置いてくなんて、ゆるせないから……高柳君が目を覚ますまでずっと私、貴方の手をつかんで、何処どこにも逝かせないようにしていたんだからね。もし、貴方が死んだら……」

 そうだ、僕は、彩に卒業間際に交際こうさいをして欲しいと告白され、付き合うことになり。彩との思い出作りと、京本から卒業記念に山へ行こうと誘われて、三人であの山へ行き。そして……僕は遭難遭ったんだ。

「オイ、高柳、聞いているのか? 何だよ、姫って。けてんのか?」

「ネエ、姫って、私のこと? もし、他の人なら私、高柳君許さないからね」

 アッ! そうだ、小夜姫はどうしたんだ? もしかして、あれは僕が遭難に遭い病院に担ぎ込まれて……そう、その間にうなされ勝手に見ていた夢ってこと? どうやらそんな感じのようだ。

 そこへ、僕の主治医しゅじいらしき人が来て、簡単かんたんな検診をして行った。その間みんなは病室の外に出されて、主治医がいなくなったら、治じいだけが戻って来た。

「じい、心配を掛けて仕舞い、悪かったね……ごめんなさい」

「いいえ、いいんですよ。私はお坊ちゃまが、元気でいて下されば。唯、それだけで……」

 治じいは目に涙を溜めて、肩を震わせた。

 僕は、じいにまでこんなに要らない心配を掛けてしまったんだ。本当に、僕は周りのみんなに心配を……!?。

「じい、京本に彩ちゃんは、どうしたの?」

「アッ、お二人は、検診に時間が掛かるだろうからと、帰って行かれましたけど?」

嗚呼ああ、そうか、京本の方も学業だけでなく、自身の会社の五代目としていそがしいやつだからな。それに、彩ちゃんの方だって何かと忙しいんだろうな。もう、卒業だからな」

「はい、お坊ちゃま。そのことで、お坊ちゃまはお父上の後をおぎなることは、考えてはおられないのですか?」

「ウッ、ウ~ン、やっぱり、その件なら僕よりつよしの方がいいんじゃあないのかなー?」

「何をおっしゃいます。純一坊ちゃまの方が私は一番てきしていると思います。それに、お坊ちゃまは、今や長男の代わりに頑張らないといけないお立場なのではないですか?」

「ウッ、ウ~ン」

 そうなのだ。僕には兄がいた。しかし、兄はる法をおかす事件を起してしまい。とても厳格げんかくな父はそれが許せず、兄を勘当かんどうしてしまった。兄の刑期けいきはもうとっくに終えているはずなのに、僕の所には何も連絡をして来ない。今、兄は何をしているんだろう? 元気でいるのだろうか?。

 治じいは、僕のベッドの側で林檎りんごの皮をナイフでいている。下手へたに話し掛けると、また父の会社の後を継いでくれ、の話をむし返してしまうことになるのだろう。それを思うと、じいには話し掛けられない。仕方ないので、僕は天井を見るしかなかった。

 しかし、とてもリアルな夢を僕は見たものだ。小夜姫か、何故だろう? 不思議だ。彼女のことを考えると胸のドキドキで、やはり夢の中で感じた、あのときめき感が今も残っていて、妙に落ち着かない……。

 もっと、現実的なことを考えなくちゃあいけないって、ことなのだろうか?。

 僕は、先月、沢口彩に告白されたのと、京本からの山登りって言うより、トレッキングとか云っていたっけ? そのトレッキングに行って、午前中に山の頂上ちょうじょうに着き。そこでランチをって、帰りの下山げざんちゅうに、急に山の天候てんこうが変わったんだ。

 山に登るために、僕たちは事前にネットで、そこの山の天気はスポット予報で調べていたのに。何故かその山の周辺だけに、黒々とした雲が集まって来て……そうだ、夢で見た、小夜さやひめの手を引いて、山へと向かった時とまるで同じ感じの天気の変りようだった。

 僕たちは、そんな雷雨らいうの中、山の中を二時間近く彷徨さまよっていて。その上、途中一緒にいたはずの京本たちとまで僕ははぐれてしまい……僕はその時、何処に向かって歩いているのかさえもさっぱり判らないままで、視界は暗く大粒の雨のせいで何も見得はしない。地も、ぬかるんで足をられ歩も思うに進まず何度も転んで、服は泥だらけだった……その後、その後が、僕の記憶はかすみが掛かったように曖昧あいまいだ。

 人は、自分の中で把握はあく出来許容きょよう範囲はんいえたり、余りにも恐怖きょうふが大き過ぎたりすると記憶から消してしまうとか云うものな。それに、戦国の時代に行っていた時にだって、何故か僕には居心地いごこちが好くて違和感いわかんはなかったし……ウン、そうだ! 気が付いたら、僕は戦国の時代にいた。そして、小夜姫と逢い……って、駄目だめだ。ダメだ。思考しこうを夢の中まで持って行くと、又あのときめき感が、ドキドキ感が……嗚呼、たまらない……たかが、夢なのに。

 もう少し、落ち着いて考えてみよう、もっと現実的なことを……先ずは、僕の今後のことを考えなければ……。

 ウーン、僕には、やっぱり父の会社を継ぐには……ウーン、僕の性格せいかくには合わないだろうな? でも、夢の中では何故か、途中から僕の性格がわったような。しのびのまさすけに逢った時には、如何いかにもそこのあるじのような態度たいどで命令をしたり、小夜姫の手を取った時にだって……嗚呼、駄目だ、ダメだ、小夜姫のことをまた考えて……又、胸のドキドキが始まった。

 ハッ!? 気が付いたら、僕のことを、不思議そうに治じいが林檎の皮剥きの手を止めて見ている。

「坊ちゃま、どうしました? 何処か、まだ痛いのですか? 先生をお呼びましょうか?」

「ウッ、ウーン、嫌、何でもないよ。大丈夫だよ……大丈夫なんだって」

 じいは、心配なのか、やたらと僕のひたいや顔をさわってくる……じいは、僕が生まれた時にはもう傍にいて、僕の面倒めんどうをずっと看て来た人だから、僕にとっても、本当のお祖父じいさんのような人だ。


 僕は、病院を退院して。時は忙しく過ぎて往き、一年が経った。僕は、もうすぐ父親になる。子供の母親は沢口彩……嫌、今は高柳彩だ。

 大学を卒業して、父の経営するいくつかの子会社の中でも一番小さな所へ就職をしたのだけれど、半年した頃に彩に子供が出来たと云われ、僕は会社を辞め、彩の母親が経営していた酒屋の手伝いをすることにして、彼女の産まれた地へと来たのだが、これも何かのえんなのか、僕が遭難をした山の在る所だった。

 さらに、月日は二年が経って。僕には、男の子が出来ていた。もう、彼はもうすぐ二才になる。

 そんな、春も過ぎようとしているる日、僕は、夜の酒の配達を終え帰って着て、食卓に着くと、日頃の何でもない会話の中に、彩の母が気になる話をしてくれた。

 何でも、僕が遭難をした山のふもとの昔ほこらが在った処に、最近和服を着た長い髪の幽霊ゆうれいが出るといううわさがあるそうだという話だった。

 その話を、彩は子供の京一きょういちを抱っこしながら、僕に「そこに行くと、逢いたかったわ。と、云われて、あの世に連れて逝かれるかも」と冗談じょうだんを言っていたが、彩は思い出したかのように「そう云えば、貴方が遭難をして、発見された場所も其処そこだったのよね?」と云っていた。

 そして、彩もまたもうひとつ面白おもしろそうに話をし出した。

 内容とは、彩の母は酒屋の他にアパートも幾つか持っていて、そこの借りている人たちの中に母親と高校生の女の子の二人だけで住んでいる親子がいるらしいのだが、何でも、その幽霊の噂が発った頃から娘の方が奇病きびょうなのか、夕方を過ぎ月が昇る頃に処構わずに寝てしまうらしい、と云うのだが、そこで彩が話の締めくくりに言ったことは、多分その幽霊のたたりなのかもしれないと言うのだ。

 そんな話を聞いて、一週間程して。僕は、配達の仕事を粗方あらかたえて、店に帰ろうと山の麓の道を配達用のワゴン車を走らせていた。

 空には大きな満月が煌々こうこうと明るく、車のヘッドライトに映し出される以外の景色さえも明るく照らし出していた。

 きれいに舗装ほそうされた道路を真っ直ぐ行くと、木々にはさまれていた道は突然視界が広がったかのようになった。それは、道を挟んでいた木々が途切とぎれたからだ。僕の目に映る景色は、月の光で全体に蒼白あおじろくて明るい。

 この山の麓の広く開けた平地を、もう少し行くと、僕が遭難をして発見された所だ。そこは、あの噂の幽霊が出ると云われている昔祠が在った場所だ。

 僕は、そのままこの場を走り過ぎようとしていたら、風に乗って何やら、声らしきものが聴こえてきた。僕は、まさかラジオの筈はないと思いヴォリュームをしぼってみると、先程の声らしきものが少しハッキリと聴こえてきた。微かではあるが「ショウタロウサマ」と……その声を聴いた僕の全身の毛という毛が総立ちとなり、まさかと思い、ラジオのスイッチを切った。

 そして、今度の声も小さいものの、確かに「正太郎しょうたろう様……」と耳ではなく、頭の中に直接聴こえて着た。

 僕は、舗装された道路から一気に脇道わきみちへとハンドルをきり、昔祠が在ったという場所に向かいアクセルを踏み込んだ。

 その時、明るかった景色は暗くなった。月が雲間にかくれてしまったからだ。

 ヘッドライトだけで車を走らせ、祠の在ったという場所まで来たが、其処には何も見えない。

 僕が期待していたものは、何もなかった。車のエンジンを切り、僕は車から降りて周囲を見渡した。車のエンジンを止めた時にライトも切ってしまったからか、今は月が雲に隠れてあたりは真っ暗だった。

 僕は、何を期待していたのか、自分でも訳は判らず、ただ本能に任せいきおいにまかせ車から出てしまっていて、車から少し離れていたようだ。

 もう一度、車の方に戻りライトを点けようと車の方へ振り向いた時、月が雲間から顔を出し周囲を明るく照らし出した。

 その刹那せつな、僕の前に髪の長い女の人の姿が現れた。

 僕は、突然とつぜんの姿におどろき、思わず後ろへと思い切り身をくず尻餅しりもちいてしまった。

 しかし、僕の目の前に立っているのは、まぎれもなく、あの夢の中の小夜姫だ。

 嫌、あれは夢なんじゃあなかったんだ。

 あれが、もし夢だとするのなら、今僕が見ている姫は幻? 今、僕はまた夢の中ということになるのだろう。

 僕は、尻餅をついたまま、自分のほほたたいてみた。痛い!?……神経しんけいがある。

 これは、夢なんかじゃあないんだ。

 その時、目の前の小夜姫がまた声を掛けてきた。

 「正太郎様……正太郎様。正太郎……」

 僕は「姫ーー!」と叫び、言葉と共に姫に向かい立ち上がり、び込むように抱き締めた……締めた筈だったが、僕の体は小夜姫の体を衝き抜けくうを腕の中に抱き締めたまま地へと転がった。

 いっ、一体、これは、どういうことなんだ? 苦悩くのうする僕の背中に、また声が聴こえて着た。

 「正太郎様……正太郎様は、何処におられるので御座いましょうや? 正太郎様……」

 振り向く僕の眼に見えたものは、月に映し出されたホログラムのような小夜姫の姿だった。

 やはり、僕の見ていた姫の姿はまぼろし? 僕が前に見たものはやはり夢で、もう一度見たいからと云う僕の願望がんぼうが今、眼の前に幻として作り出したとでもいうのか? しかし、僕は打ち消すように強くかぶりを振った。

 嫌、違う。あれは夢なんかじゃあない。僕は、あの時、ハッキリと小夜姫に強いときめきを感じたし、姫をこの腕に抱き締めて、その時の感触かんしょくは今も時はっても僕の中にあるのだから……だが、どんなに僕の想いを並べてみても、目の前に見える小夜姫のホログラムのようなものはやはり幻と云うしかなかった。


 あれ以来、僕は仕事を早めに終わらせ、出来るだけの時間を幻かも知れない小夜姫の許へと通い続けた。

 それが、如何にむなしいことだと、僕には判ってはいても、僕には行かずにはいられないでいた。それは、彼女にたいしての想いが消えないで、僕の中にくすぶっていたものが前より更に大きくなっているのが僕には分かった。

 そして、この幻のような姫のホログラムについて少しかったことは、月の光りに大きく左右されるようだ。

 満月の夜には、ハッキリと姿を現すのだが、新月の夜にはほとんど姿は見えない。っというより見れないし、半月の夜にはやはり薄っすらと半分しか見れない。

 僕が、山の祠跡に来るようになって、半年が過ぎた或る日のこと、昼間、僕は店の倉庫の中を掃除そうじをして、整理していた時に古そうな木の箱の中に布に包まれていたものを見つけた。布から取り出してみて、僕の手にあるものを視て震えが止まらなかった。

 それは、小夜姫が片時も離さないでいた。あの笛だった。

 その笛を、彩の母に見せると、あの古い箱の中のものは全部がガラクタのたぐいで、要らないものだから僕の好きなように処分して、と云ってきた。お蔭で、僕は難なく、その笛を自分のものにすることが出来た。そして、その晩、僕は、小夜姫の幻の許へと来た。

 今夜は見事な程に、さても天晴あっぱれな満月の夜だ。

 僕が、車で祠跡に行くと、小夜姫は丁度ちょうど祠が在った場所にいて、僕は姫の側にあった座るにはよさそうな大きさの石の上に腰掛け、持って来た笛を吹いてみた。

 以前、姫の前でかなでた調しらべが、また今度も不思議と音を奏でたた。

 その時、奇跡きせきが起こった。小夜姫の幻が、笛に反応はんのうをした。

「嗚呼、その笛のは、正太郎様……その調べは、まさしく正太郎様の奏でるもの……正太郎様、何処いずこに……」

 小夜姫は、僕の笛の音をたよりに、両手を前に出し、探るように近づいてきた。

 そして、姫は僕の手に触れようとした瞬間しゅんかん、姫の手ははじかれたようにし、姫の体は後ろに倒れた。それでも、半身を起し手を突き出し、僕に触れようともがいた。

「正太郎様、何故に、私は貴方様を視ることも触れることさえも出来ないのでしょうや? あぁ~正太郎様……」

 僕は、姫が触れようとしていた手を見て、もしやと思った。

 それは、僕の左手で。その手には、彩との結婚指輪が薬指に在った。

 僕は、急いで指輪ゆびわを外し、車の中へと投げ込み入れた。すると、小夜姫が僕の顔を見ている……まさか、姫は僕が見えるのか?。

「嗚呼、正太郎様……やっと、私を見つけにやって参られたのですね。うれしい……嬉しゅう御座います。正太郎様」

 小夜姫は立ち上がり、僕に駆け寄って来て、僕の胸の中に飛び込んできた。

 僕は、又も姫は僕の体をすり抜けてしまうのだろうと思った。っが、その刹那、僕の胸に思いもかけず嬉しい衝撃しょうげきがあった。

 小夜姫の体は、僕の腕の中に……姫は、僕の胸にすがり泣いている。

「正太郎様、もう、小夜を……小夜を、正太郎様の手から離さないで下さいませ」

「嗚呼、小夜姫、もう誰が姫を離すものですか……小夜姫、この時をどんなに待ちわびたことか。もう、離しません。姫は僕の傍にずっといるのです」




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