平穏

「よ、はるか

下駄箱に靴を押し込んでいたら、力強く肩を組まれた。

「おはよー、鈴鹿すずか

そう返しながら肩に掛けられた腕を払い除ける。

水上鈴鹿みなかみすずか。中学からの友達である。最も、友達と呼べる友達は今もこいつくらいのものではあるが。

「なんだぁ?今日元気ないな、さては、何かあったな、恋か?恋だろ」

「何も無いよ、お前が元気すぎるんだ。そして、僕に異性の友人が居ないこと知ってるだろ」

適当な軽口を交わしながら教室へと向かう。


僕らの2年2組の教室は、入る前から騒がしかった。普段から騒がしいクラスではある。ただ、今日は一段と騒がしいような気がした。

鈴鹿が扉を開け、「はよー」と軽い挨拶で教室に入っていく。明朗快活、元気溌剌、豪放磊落。そんな言葉が尽く似合う男なのだ。こいつは。そういった理由から、クラスでも中心的な人間である彼に、「おはよー」と言った声がいくつも返される。僕はその後ろから静かに教室に入り、席に着いた。窓際最後列、人数の関係上唯一隣に人がおらず、席替えにて得た最高の位置。この席に座れるなら、友達は多くなくていいだろう、僕にとってはそれほどにこの席はお気に入りの場所なのだ。


先に登校し、数人で固まって話していたクラスメイトの中に荷物を置いた鈴鹿が入っていく。

「おい聞けよ水上、いい話があるんだ」

クラスメイトの一人がいつになくハイテンションで鈴鹿に話しかける。まぁ、僕には関係ないことではあるのだが、少し気になるので窓の外を眺めながら、耳を澄ませてみる。

「転校生だよ、転校生!このクラスに、しかも女子!」

なるほど、それが理由か。普段より騒がしかったのは、このクラスは朝からその転校生とやらの話題で盛り上がっていたってことだ。

「へぇ、なんでそんな話知ってるんだ?」

鈴鹿が問いかける。たしかに。この教室には見知らぬ人影は無かった。なぜ、どこで、その情報を入手したのだろうか。

木崎きざきが見たんだって、にらちゃんが職員室に知らない女子と話してるの」

木崎と言うのは、その会話に混ざっている女子生徒のこと。韮ちゃんは、韮川巧にらがわたくみ。このクラスの担任で現代文の教師のこと。黒縁の眼鏡をかけ、真面目な雰囲気だが、よく笑う先生で、生徒思いで親しみやすく、ときには相談役になったりとみんなが大好きな良い先生だ。いや、それにしても、

「この時期に転校生って珍しいんじゃないか?」

どうやら鈴鹿も僕と同じことを考えたようだ。学期初めでもないこの時期に転校生が来るのかと疑問に思ったがそういうこともあるのだろう。


それから少しして朝のHRの時間を知らせるチャイムが鳴った。少しして韮川が1人の女子生徒と共に教室に入ってきた、噂の転校生だろう。教室のボルテージが見るからに上がる。特に男子。「おー」とか「かわいいじゃん」とか。その声の大きさは相手に聞こえるだろ。

ただ、たしかに長く綺麗な黒髪、こちらを真っ直ぐに見据える大きく瞳、背筋の伸びたスラッとした体型はモデルか何かやっているのではないだろうかと言った感じで、学年、いやこの学校トップクラスに綺麗でかわいいと言ってしまっても過言では無いのではないだろうかといった具合である。

「はいはい、静かに。席つけお前ら」

韮川がクラスを宥め、続ける。

「こちら、今日からクラスメイトになる、」

榛名初夏はるなういかです。よろしくお願いします。」

韮川が名前を言うよりも早く、少女はそう名乗った。

「そういうことで仲良くな。じゃあ席は、」

そういうと僕の隣の席を指さした。

赤城あかぎの隣のあの空いてる席ね」

……まじか。少し考えればわかる事だった。今日から追加された僕の隣の空席。今までそこになかった机と椅子、転校生。それだけで気がつくはずだった。いつものルーティーンで席につき、窓から外を眺めていたせいで全然思考に入っていなかった。この後、おそらく今日1日は、その席に人が群がることを考えると、それだけでやるせない気持ちになった。この席特有の平穏が崩れ去ったのだ。


予想通り、HRから一限の間の休み時間で既に隣の席には人が群がっていた。なんなら、どこからか噂を聞き付けた他クラスの生徒が教室のドアの外からこちらを覗いている。そんなことで、一時教室から撤退しようとした僕はたくさんの人の壁を突破できず、泣く泣く席へと戻ってきた。隣では転校生が質問攻めにあっているが、僕には関係ないので、また窓の外へ目を戻した。まぁ、しばらくすれば落ち着くのだからそれまでの辛抱だと、自分に言い聞かせて。

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魔法使いの夢 朝淵アサ @Intr0

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