第26話
公爵の決定に、エイベルは自分が間違えたことに気付いた。修道院行きを阻めば、エリザベスに別の縁談が持ち込まれるのは当たり前だ。にもかかわらず、何の策もなく修道院行きを阻止する事だけを考えていた。
エリザベスが他の誰かのものになる…
「イーーーヤーーーーーッ!!」
その状況を打ち破ったのは、エリザベスの絶叫だった。
「絶対、イヤ! 修道院に行く! もう護衛じゃなくていい! 修道院に入る! 二度と出てこない! おじさまの嘘つき! 王様も嘘つき! 殿下も嘘つき! みんな嫌い! もう誰も信じない! ばかぁ!」
エリザベスは号泣しながらドアに走り、それを止めようとする公爵家の護衛をひらりと除けると向こう脛を蹴り、反対の護衛を蹴り飛ばし、みぞおちに拳をめり込ませた。令嬢への遠慮もあるだろうが、あっという間に二人が倒された。残る二人が逃がすまいと必死に捕らえたエリザベスを、脱走を阻止すべくエイベルも一緒になって抑え、抱きとめた。ここで離すわけにはいかない。護衛が抑えきれず、振り上げた手が顔に当たり、エイベルが
「つっ」
と思わず声を漏らすと、それだけでエリザベスの力は弱まり、拳の力は爪も立てない猫パンチ並みになってしまった。
「…リズ、…リズ、悪かった。…ごめん」
エリザベスはぐじゅぐじゅと鼻水をすすりながら、ずっと我慢してきた怒りをエイベルに向けた。
「婚約破棄したんだからもう構わないでよ! 私は自由になるんだから」
「悪かった。本当に…、あれは俺の本心じゃないんだ」
「自分で決めた通りロザリー様と結婚すればいいのよ。聖女じゃなくったって、そっちも王子じゃなくなるんなら誰と結婚しようと自由よ。もう邪魔しないし」
「心を操られていただけだ。別にロザリーが好きだったわけじゃない。おまえだってわかってるだろ」
「何度も『ロザリー』って呼んでたくせに。起きてる時も、寝てる時だって」
「夢の中でも呪われてたんだ。ロザリーを守れって、ずっと念を押すように、何度も何度も…」
「ずっと言うこと聞いていればいいのよ。それで幸せだったんでしょ!」
「幸せなもんか。捻じ曲げられた想いで幸せになれる訳がない」
エリザベス自身が呪いから解放しておいて今更な発言だが、これほどまでにエリザベスがヒステリックになるのをエイベルはもちろん、公爵も見たことがなかった。それなのに公爵は笑って見ているだけだ。
エリザベスは父親に代わり育ててくれた公爵に恩を感じ、時に不平を漏らしても最終的には公爵の意向に従ってきた。そして公爵家は王家に忠誠を誓いその意向に従う。それが貴族の生き方だ。
公爵の弟であるエリザベスの父はそんな生き方ができなかった。父の勧めた近衛師団ではなく実戦の多い騎士団に入団し、騎士団では上官の機嫌取りを嫌ってきつい仕事に回され、騎士団をやめた後も堅苦しい家に戻ることはなかった。
そんな弟に育てられたエリザベスは公爵家で引き取った後も令嬢にはなり切れず、護衛として生きることを望んだ。できることなら望み通りにさせてやりたかった。しかし王族に気に入られてしまってはどうしようもない。
やらかした王子だからこそ言える恨みの数々。ずっとたまりにたまっていた恨み言を、この機会に全て吐き出してしまえばいい。
「殿下、私は失敗を取り返しもせず王族を降りるようなつまらない男に、弟から預かった大事な娘を預ける気はないんですよ」
公爵はエイベルの肩を軽く叩き、応接室から出て行った。
護衛がエリザベスから離れ、エリザベスに投げ飛ばされた護衛達も公爵に続いて部屋から引き上げた。
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