エイベルとエリザベス

第25話

 エリザベスの向かった修道院を確認し、即座に馬を走らせたエイベルは、その日のうちにエリザベスの馬車に追いついた。

 公爵令嬢でありながら護衛もつけず馬車一台だけで走行している。エンブレムもつけないお忍び用の馬車とは言え、何かあったらどうするのかとエイベルは心配になったが、追いかけてきたエイベルを盗賊と間違えて捕縛に動いたのはエリザベス自身だった。馬車が止まりきる前に乱暴に扉が開き、飛び出したエリザベスは剣を構えていたが、見覚えのある馬とやたらいい服を着た男が強盗ではなくエイベルだと気がつき、警戒は解いたものの怒りは倍増していた。


「何しに来てんのよ!」

 エリザベスの言葉遣いは、今まで聞いたことがない荒くれぶりだった。しかしエイベルも負けていなかった。

「修道院行きはなしだ! 絶対に許さない」

「許すも許さないも、そっちの知ったことじゃないでしょ! これから王族として汚名返上していかなきゃいけないってのに、女追っかけてる暇なんてないでしょ! 人生なめんなっ」

「そっちこそ、俺なんかのために人生捨てるんじゃない!」

「何で修道院行きが人生捨てることになんのよ。こっちは王家から離れて悠々自適、シスター達の護衛しながらのんびり過ごすんだから」

「わかった! じゃ俺も王族やめて悠々自適する!」

「はぁ? 何言ってんの? 自分の立場わかってないの?」

「いいから、行くな」

「嫌よ、もう決めたんだから邪魔すんな! 一人でとっとと帰れ! ばーかっ!」


 道端で一時間を超える口論の末、このまま道端に馬車を止めて話すのは良くないと馭者から言われた。今から向かっても日のあるうちに着けそうになく、途中に宿もない。顔なじみのエイベルの護衛達にも勧められて、とりあえず王都に戻ることになった。


 エイベルはエリザベスの乗る馬車に併走し、窓越しにエリザベスの様子を覘き見ていたが、エリザベスはずっとふてくされて目も合わせなかった。


 ソレイユ王国に行く時も邪魔された。

 修道院行きも邪魔する。

 自分が楽しみにしていたことはいつもこの男に邪魔される。人生最大の疫病神に違いない。

 エリザベスのエイベルを恨む気持ちは頂点に達していた。


 もし馬が疲れていなかったら、エイベルをぶん殴って馬を奪い、一人で修道院に逃げ込んだだろう。門をくぐってしまえば男子禁制だ。しかしここまで全速で追ってきた馬はまだ疲れていて、無理をさせれば途中で潰れてしまうかもしれない。エイベルの護衛も馬泥棒を放ってはおかないだろう。

 家に着いたら夜更けに一人抜け出す覚悟で、道を覚え、今後の段取りを考えた。



 王都に着くと既に日は落ち、辺りは暗くなっていた。このまま離れては話し合う機会をなくしてしまうと思ったエイベルは、そのままシーウェル公爵家までついて行った。


 今朝出て行ったはずの義娘が戻ってきたのを見て公爵は驚いた。あのまますんなり修道院行きにはならないことも考えになかった訳ではないが、王子までついて来るとは思わず、さてどうしたものかと思わぬ誤算ににやにやしながら考えを巡らせていた。


 エイベルとエリザベスは応接室に呼ばれた。

 ふてくされて腕を組んだままそっぽを向き、誰とも目を合わさないエリザベスに対し、エイベルはエリザベスの修道院行きを撤回するよう必死に公爵に働きかけた。

「今回の件は全て私が責任を問われるものです。エリザベス嬢には全く瑕疵はない。どうか、修道院行きの処分取り消しを」

 普段から感情の揺れを見せないエイベルがエリザベスのために懸命に公爵に訴えかける姿は意外ではあったが、公爵としても今回の事件は納得のいくものではなく、王子相手であろうと甘い顔はしなかった。

「…そもそも殿下にあんな大勢の前で婚約を破棄され、エリザベスは傷物となったのです。そんなあなたが今更口出しされると?」

「私が愚かだったと周知すればいい。私が王太子にならないのは確定しているが、それでも不足するなら王族でなくなっても構わない。彼女のように優秀で行動力のある女性を貴族社会から追放するなんてあってはならないことだ。どうか再考を」


 エイベルの言葉にエリザベスは怒りを忘れ、戸惑いを見せた。

 王命で護衛になったが、王子と釣り合う年頃の女性が任に着いたのが目を引いただけで護衛としての自分は従者Aでも従者Bでもなく従者C以下だった。婚約者もごっこでただの牽制役だったのに、それさえも人前で破棄された。そんな相手からの突然の高評価を受け止められず、固まっているエリザベスを見て、シーウェル公爵はくっと笑った。

「そう。うちの子は優秀なんですよ」

 そしてこっちもエリザベスを褒める言葉。今まで公爵から褒められたことなど一度もなかったエリザベスは鳥肌が立った。…嫌な予感がする。

「王太子にもなれないようなつまらん男の元にやらずに済んだんだ。…そうだな。うむ。やはり修道院行きはやめて、どこかの家に嫁がせるか」


 公爵の言葉に、エリザベスは立ち上がって抗議した。

「おじさま、それはしないって約束したじゃない!」

「気が変わった。殿下の勧めもあることだ。おまえの修道院行きは撤回。追って婚約者を見繕うことにする」

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