第22話
自分が蹴り倒した手前、目が覚めるところは見ておかないと。
夜会を抜け出したエリザベスは公爵家に戻らず、王城の侍女のお仕着せを借りて動きにくいドレスを脱ぎ、数人の衛兵と共にエイベルの眠る北の塔の一室にいた。
エリザベスにはこの後、修道院での生活が待っている。
女子修道院での護衛の仕事を見つけ、今回の事件を解決したら「褒美」に「修道院行き」と称して職を変えることを王と公爵に認めてもらっている。王子との婚約からも王子の護衛からも解放され、自分のやりたいことをして悠々自適に生きていくのだ。
盛られた薬が効いている間は絶対に言うことを聞かないだろうあの王子に、あのまずい薬を飲ませなければいけない。王子に対して怯むことなく動けるのはエリザベスだけだ。どうせ自分は間もなく王子の護衛ではなくなり、城からいなくなるのだ。他の者が罰せられないよう、最後まで嫌われ役を買って出てやろうじゃない。エリザベスの覚悟は決まっていた。
「さあ、とっとと正気に戻ってもらわないとね」
気絶している間は大人しかったが、夜中になって意識が戻ったエイベルはひどく暴れだした。すぐにエイベルを拘束し、あのまずい解毒薬をスプーンで少しづつ飲まそうとしたが、飲むより吐き出す方が多い。
「押さえつけて」
エリザベスはエイベルの前髪をつかみ、口を開けさせると無理矢理薬を流し込んだ。何口か含むと徐々に大人しくなり、飲み切った後、やがて眠りについた。口や首についた薬は拭ったが、服はそのままにした。
しばらくすると今度は夢の中でうなされていた。
「ロザリー、…ロザ」
愛しい人の名を呼ぶ割には悪夢を見ているかのようにうなされ、苦しげにしている。
エイベルの付けた腕輪が小さく振動しているのに気付き、エリザベスは腕輪を外したが、つかんだ腕輪に痛みを感じて思わず放り投げた。代わって拾おうと手を伸ばした衛兵に
「触るな!」
と寸前のところで止め、持っていたハンカチを使って直接触れないように拾い上げ、トレイの上に置いた。
腕輪はトレイの上でも小刻みに震え、呪いの呪文を思わせる低く不快な音が聞こえてきた。腕輪の内側には怪しげな呪文のような文字が彫り込まれていて、エイベルの腕には押し付けられた文字が読めるほどくっきりと痕がついていた。むやみに触れないよう指示し、魔道具研究所に引き渡すよう伝えた。
毎晩こんな風に呪いを重ねがけされていたのだろうか。これほどまで薬やら呪いやら受けながら、よく壊れずにいられたものだ。
エイベルは大人しく真面目で、感情表現も豊かではない方だが、意志は強い。こういう人間が洗脳されるとやっかいだが、本来の自分を取り戻せるかどうかはエイベル次第だ。
翌日は目が覚めるとロザリーを求めて暴れ、薬で眠らせる、その繰り返しだった。急に薬を止めた反動だろう。失った者を求める目は狂気を帯びていた。
腕輪がないのが気になるのか、腕をかきむしろうとする手を抑えるとその手をつかまれ、そのまま眠りに落ちた。大人しくなったならいいか、と手が緩まるまでそのままにして、子守歌代わりに鼻歌を歌った。
もう読めなくなった呪文の名残がまだ赤く残っていて、かゆみ止めに虫刺されの薬を塗っておくと翌朝には綺麗になくなっていた。虫の毒も呪いの毒も大差ないようだ。
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